狭山事件真相と近況

狹山事件を檢證する

狭山事件無罪の真相の従属物として、どなたでも参加出来る現地調査や時節柄のいろんなお知らせを掲載する頁です。中身の説明は狭山事件目次と内容にあります。そもそもこの事件を知りません、と仰る方の為に「狭山事件とは」の頁があります。このサイトは引っ越しました。 We are currently doing server relocation.

狭山事件最新情報

狭山事件の最新情報を簡単に記しました。

狭山事件再審活動と三者協議

狭山事件第三次再審請求での三者協議・証拠開示の最新情報と、一般参加可能な会合や現地調査のお知らせです。現地調査・集会・映画上映の日程を記します。

狭山事件三者協議と証拠開示

秘密の暴露は完全崩壊

狭山事件で「秘密の暴露」とされるものの中に、三大物証のひとつである万年筆と、脅迫状を届ける途中で三輪車に追い越されたとする自白があった。2015年7月24日、これらについての新証拠を提出。このうち万年筆は、自白の際に石川一雄氏が書いた図面をもとに家宅捜索をした結果、被害者のものとされる万年筆が発見された事になっている。捜索時に石川宅に置き忘れ、後で検事を通じて弁護士に届けてもらったという曰く付きのメモである。

このメモを赤外線撮影して検査したところ、石川一雄氏が書いた部分は自宅の間取りのりんかくと「をかてのいりぐち」等の文字だけで、万年筆を置いた場所については何ら書かれておらずそれについては捜査官のペン書きのみであることが発覚。

三輪車の自白があったので調べてみると、脅迫状を届けるルートとされる鎌倉街道を通った車があった、とされた。ところが、手拭い関係の捜査に関連して、この三輪車に同乗していた人の5月1日の行動が記録されており、捜査当局が三輪車の存在を既に5月7日に知っていた事実が判明した。つまり今やこの三輪車も、秘密でも何でも無くなった。

狭山事件の「秘密の暴露」として、鞄・万年筆・腕時計の三物証と、通行中の三輪車と駐車していた車が挙げられる。これら全てが、有罪の証拠としては完膚無き迄に崩壊し、むしろ現在では、狭山事件無罪の証拠となった。

第24回三者協議はこれらの新証拠提出の後、7月27日に行なわれ、植村裁判長は証拠開示につき従来の姿勢を受け継ぐ旨を明かにした。

第23回三者協議と裁判長交代

2015年5月28日、第23回三者協議。三者協議前の5月23日、手拭い関係の捜査報告書2通が開示され、第三次再審での開示証拠総計は180点となった。検察官は弁護団が求めている証拠や浦和地検・埼玉県警などの証拠リスト開示について、引き続き不見当とか、筆跡はプライバシーに関わるとか、リスト開示の不必要を唱えているが、東京高裁としては開示せよとの立場を示している。既に確定判決の事実認定に合理的な疑いを容れるに足る十分な新証拠が出揃っているが、上告審以来の過去の裁判所の決定で如何なる新証拠も、事実調べを行わず裁判官室での素人判断で棄却して来たこれまでの経緯を鑑みれば、絶対の上に絶対を重ねるべく、一層の証拠開示は必須であり、これは狭山事件の実体的真実の解明にも繋がる。よって裁判所の開示勧告や更には開示命令の発付を実現すべく、三者協議及び世論の場での一層の取り組みが求められる。

6月29日、第三次再審請求審を担当する第四刑事部の裁判長に植村稔判事が就任。

航空写真を開示

3月24日、第22回三者協議の場で検察官は、捜査当時に撮影された航空写真を開示。犯行現場が広範囲に渡ると考えられたため、平面的かつ広範囲に写される航空写真によることが適切と考え警視庁所有のヘリコプターから撮影されたもの。開示された枚数は112枚。これらの写真は、遺体や各物証の発見地点や自白で供述された狭山事件の各犯行現場は時代の変化によって現在では大きく変わってしまっている場所が多いから、自白及び確定判決の事実認定と、事件発生当時の実際の現場状況を確認する為に重要な証拠となる。次回三者協議は5月下旬。

証拠リスト開示

1月23日、第21回三者協議が行われたがその前日、東京高等検察庁にある物的証拠の証拠リスト=領置票が開示された。リストに記載された証拠点数は279点。これによって、従来問題となっていた証拠物の番号飛びの問題が解消し、未開示の証拠にどんな物があるのかが明かとなった。捜査によって押収・領置された証拠物は高検だけでなく、地検や狭山警察署にも残っている可能性もあり、又、「証拠」とは押収物に限らず、例えば弁護団が従来から求めている自白殺害現場の血痕検査等に関わる各種の捜査資料も含まれることから、更なる証拠開示が求められる。

証拠領置票の概要
番号証拠物の内容
1-4足跡関係
5被害者のインク瓶—2013/7 開示
6被害者の日記—1976/8 上告審で開示
7被害者の手帳—  〃  
8級友のインク瓶—2013/7 開示
9郵便局のインク—2013/7 開示
10-18公判提出済=玉石、捜索時の写真ネガ等
19逮捕当日の上申書—2010/5/13 開示
20-33筆跡資料=バイクの注文書等
34領収書—2012/4/23 開示
35木綿細引き紐
37請求人自書の紙片—1976/8 開示
42-46石川宅からの押収物—2015/4/24 請求人に還付
47借用証—2010/5/13 開示
48領収書—2012/5/13 開示
49-54石川宅からの押収物—2015/4/24 請求人に還付
55借用書—2010/5/13 開示
56-60手拭い捜査関係 配布メモ等
89-274回収された手拭現物
275-276写真原板
277-278ポリグラフチャート
279写真原板・航空写真ネガ112枚分—2015/3/18 開示
狭山事件証拠開示の経過
特別抗告棄却

2005年3月16日、第二次再審請求の特別抗告棄却決定。これが狭山事件に於ける裁判所の直近の判断となっている。

第三次再審請求

2006年5月23日、第三次再審請求の申立。

新鑑定書提出

2008年5月23日、殺害方法に関し新たな狭山事件遺体鑑定を提出。8月13日、筆跡鑑定書・目撃証言に関する心理学鑑定書・犯人の音声識別に関する鑑定書を提出。

第1回三者協議

2009年9月10日、門野博裁判長により第1回三者協議が開かれた。裁判所は弁護団の証拠開示勧告申立に対し、検察官の意見を10月末までに出すよう求め、証拠開示の検討対象としては東京高検手持ちの証拠以外に、捜査機関全体から入手可能な証拠をも含むとした。検察官は10月30日の意見書で証拠開示について「あるかないかにかかわらず、開示は不必要」自白殺害現場のルミノール検査報告書は「不見当」と回答した。

証拠開示勧告

2009年12月16日、第2回三者協議に於いて門野裁判長より証拠開示勧告が行なわれた。開示勧告の対象となったのは殺害現場関係・死体関係・筆跡関係・取調べ関係など8項目。

36点の証拠開示

2010年5月13日、第3回三者協議。岡田雄一裁判長。検察官は開示勧告に含まれる証拠のうち36点を開示。逮捕当日の上申書・取調べ録音テープ・取調べ報告書等、確定判決の事実認定を揺るがす重要証拠を含む。これによって後日、新たな筆跡鑑定と自白に関する新証拠が提出された。

第4回三者協議

2010年9月13日。前回、検察官が不見当とした殺害現場の血痕検査と8ミリフィルム、死体の写真の3項目につき求釈明。検察官は検討中として回答を保留。

第5回三者協議

2010年12月15日。検察官は筆跡関係資料と録音テープに関連して追加の証拠開示。犯行現場を特定する捜査書類と石川一雄さんの着衣の血痕検査に関する捜査書類は「不見当」とした。

殺害現場のルミノール反応

2011年3月23日、第6回三者協議。検察官は新たに、鑑識課員と検事の報告書3通を開示。これによると、殺害現場で血痕反応検査を実施し結果は陰性。鑑識課員の報告書の方は第二次再審請求中の1988年、検察官が狭山事件の捜査を担当した鑑識課員から聴取したもので、現場でルミノール試薬を噴霧した、とある。血痕検査を行なって陰性だったのであれば、殺害現場に関する自白と判決の事実認定に合理的疑いが生じる事になる。

第7回三者協議

2011年7月13日。小川正持裁判長。担当検察官も交替し、証拠開示勧告に示されたものを含む全証拠について、開示は不必要との意見を述べた。

第8回三者協議

2011年9月28日。検察官はスコップの指紋検査報告書を「不見当」と回答。裁判所は万年筆、カバン、時計の三大物証に関する証拠開示を検討するよう求めた。

第9回三者協議

2011年12月14日。三大物証にかかる捜査資料と関係者の供述調書、スコップ鑑定に関する証拠開示。単独犯行自白以前の犯行現場を特定する捜査書類や万年筆の置き場所の「自白」図面は不見当の回答。

第10回三者協議

2012年4月23日。スコップの捜査資料と筆跡資料19点が開示された。これに先立つ3月30日、検察官は弁護側鑑定書に対抗する意見書三通を提出。筆跡鑑定につき科学警察研究所技官、法医学鑑定につき帝京大学石山教授の意見書二通。狭山事件では、第二次再審時に検察側独自の鑑定書として石山鑑定書が提出されており、検察側にとっては確定判決が維持されている再審段階で、検察側自らが新たに鑑定を依頼して提出する事は、弁護側の所論が無視出来ぬものである事を意味する。

腕時計の新証拠

2012年10月3日、第11回三者協議。スコップ関係の証拠3点と捜査報告書1点を開示。9月26日、自白によって発見されたとされ被害者のものとされる腕時計(特に革バンドの穴)を鑑定した結果、被害者や被害者の姉以外の人物が使用した痕跡が判明し、狭山事件の腕時計なるものが、被害者のものではなかった事を明かとした新証拠を提出。

秘密の暴露の崩壊

2013年1月30日、第12回三者協議。東京高検は19点の証拠開示。「秘密の暴露」のひとつとして確定判決に於ける事実認定の理由のひとつである被害者方近隣に駐車していた車両について、開示された捜査報告書では、運転手が同所に車を停めていたのは、午後5時半から6時頃とあり、犯行時刻の午後7時半前後とは大幅に異なる。犯行時に車は存在せず、秘密の暴露では無かった事実が明かとなった。同運転手は既に一審法廷でこの時「雨はいくらか降っていたように思う」と証言していて、土砂降りであった状況とは異なっていた。

第13回三者協議

2013年5月8日、三者協議が行われ、犯行に使用したとされる手拭い関係、前回協議で開示された証拠に照らし、秘密の暴露関係の捜査資料の開示を求めた。

万年筆とインク瓶

2013年7月26日、第14回三者協議に於て被害者が使っていたインク瓶、被害者の級友のインク瓶、郵便局にあったインク瓶が開示された。発見万年筆のインクと被害者のインクが異なる事は、既に捜査段階で起訴前に鑑定結果が出ていた。

第15回三者協議

2013年10月28日午後4時、第15回三者協議が開かれ、再審弁護団は手拭の捜査報告書、筆跡資料等の更なる証拠開示を求め、東京高裁河合裁判長は検察官に対し、開示方向での検討を促した。弁護団はこれに先立つ10月17日に、手拭いに関する新証拠を提出した。遺体と一緒に発掘された手拭いは石川一雄宅にあって警察に任意提出されており、犯行に使用し得なかった事と、犯行に使った後に任提用の手拭いを調達したとされた親戚宅への配布数が調達工作説に都合の良いように改竄されていた事実を明かにしたもの。

万年筆の新証拠

2014年1月31日午後4時から約1時間、第16回三者協議が開かれた。弁護団は12月25日、万年筆の新証拠を提出。被害者が使用した時と同じ条件で書写実験を行い、狭山事件の被害に遭うまでインク補充が不必要だった事を立証するもの。1月24日、検察官は2点の証拠を開示したがその内容は不明。

第17回三者協議

2014年3月28日、第17回三者協議。高検は1点の証拠を開示。前日の袴田事件の再審開始決定に関連して狭山事件を担当し証拠開示勧告を出した門野博元東京高裁裁判長は「百人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を救済すべき」と述べた。

インカメラ審理

2014年6月13日、第18回三者協議。高検は未開示の筆跡資料について、開示の方向で検討していると述べたようだ。検察官が主張するプライバシーの懸念がある筆跡関係証拠の開示方法につきインカメラが実施された模様。

第19回三者協議

2014年8月20日、第19回三者協議。検察官は、前回速やかに確認するとした手拭い関係証拠につき不見当乃至開示の必要性なしとする意見書を提出。裁判所に提出されていた筆跡資料50数点中のいくつかを開示。9月17日、先にインカメラに付されていた筆跡証拠28点の全部を開示。狭山事件で捜査された再審請求に無関係な人の筆跡も含まれている。

第20回三者協議

2014年10月31日、第20回の三者協議が行われた。28点の証拠が開示され第三次再審での開示証拠点数は164点となったが、検察官は先に証拠リスト開示は不可とする意見書を提出し従前の姿勢を引き続き堅持。

狭山事件無罪の真相目次

此のサイトの目的は、狭山事件を全く或いは良く御存じ無い方に知って頂き、再審請求に関わる活動を具体的に実行し、実行した事柄を報告し、且つその過程で自分なりに知り得た事実を公開することにあります。この目的に従って、一旦制作を完了してサーバーにアップロードした頁でも、必要と思い付きに応じコンテンツを随時予告無く更新します。記述に重大な変更をした場合にはその旨告知します。制作年月日が旧い頁に於いても同様です。開設当初は、自らの備忘録保存的な位置づけを持ち、且つ狭山事件について可也の程度の知識を持っている人を対象として制作しておりましたが、制作者自身の再審活動参加の後、運動の進展に資することと、本件を余り御存知なき視聴者の為に、資料と情報の提供に重点を置くよう方針を転換して現在に至りました。次に此のサイトの小目次を示します。

冤罪自白の真相

狭山事件冤罪と自白の関係に特化し、寺尾判決の証拠評価方法と自白の位置付けを示し、自白の証拠能力=任意性、証明力=信用性の観点から検証。自白の一般論を関係法規と判例を基に解説し、法廷証言と供述調書、捜査資料と取調べ録音テープの新証拠から、石川さんの冤罪を論証した頁です。

狭山事件鑑定

狭山事件遺体鑑定の頁で、遺体解剖に関する二審証言と法医学鑑定書に基づき、主として殺害方法の論点を整理して検証しました。まず、殺害方法についての判決の事実認定を示し、次に、再審段階の裁判所の各決定の事実認定の変遷を示し、次いで第二次再審中に検察側から提出された法医学鑑定の論点を示し、更に、第三次再審で弁護側が提出した鑑定書の論点を示し、現在までの争点を整理してあります。最後に、二審公判に出廷した捜査段階の鑑定人尋問を検討しました。これのほか、科学鑑定関係としては次の頁があります。

足跡鑑定

狭山事件の真犯人の足跡と言われるものが3個採取されて、石川さん宅から押収した兄の地下足袋と比較した結果、長さと地下足袋の破損部分が一致したと鑑定され、これも有罪の有力な証拠とされています。しかし確定判決後に地下足袋と足跡の長さ、そして特徴の一致とされた破損痕の鑑定によって、これらは全く不一致なことが明らかとなりました。この足跡についての狭山事件鑑定に特化した頁です。

筆跡鑑定

狭山事件の脅迫状は、被害者の遺体とともに、犯人が直接手を下したことが確実な、最も重要な証拠で、有罪の確定判決も「自白を離れて客観的に存在する証拠」の筆頭に挙げて論じています。脅迫状に関しては、一審までは全部ボールペンで書いたことになっていましたが、二審の途中で裁判所が急に、石川宅で発見された被害者のものとされる万年筆との関連性を言い出し、裁判所の鑑定命令によるインク鑑定の結果、訂正部分の色自体は発見された万年筆とほゞ同じと判定されました。この結果、訂正部分は被害者から奪った万年筆で書いた、と、言うのが現在の事実認定です。よって脅迫状は、筆記具の問題とも密接に関わる証拠になっていますが、特に筆跡鑑定に特化して検討してみた頁です。

現地見分

2004年に有志で現地を回り、2005年に石川一雄さんに現地でお会いし、2006年から参加を募って行なって来た狭山事件の現地調査をまとめた頁です。現地調査は年に2、3回ぐらい、日程は毎回「現地見分実施要項」として近況告知板に於いて告知し更新情報欄にリンクします。この日程以外でも御希望があれば実施します。実施希望日の最短二ヶ月前にメールにて御相談下さい。メールリンクは此の頁の上に示した「狭山事件目的と内容」の現地調査項目の所にあります。

公判調書

「公判調書」は主として一審と二審の狭山事件裁判で事実取調を受けた証拠関係に基づき本件の個別論点について詳細な検討を試みた頁です。原則として公判期日の順番に作ってありますが、たとえば物証とか自白とか鑑定事項とか、個別の主題に沿ってまとめた頁もあります。公判調書のトップ頁に、良く使う用語のいくつかを簡単に解説してあります。刑事訴訟用語は何の気無しに使ったり読んだりしていると、意味を全く取り違えるからです。

資料編

狭山事件の資料として証拠に準ずる価値があると認められるものを掲載し、石川一雄さん冤罪の理解に資する頁への内部リンクです。もっとも、此のサイト全体が、作っているうちにそれ自体だんだん資料化して参りましたので、今さら特に「資料編」としてカテゴライズするのもどうかと思う処もありましたが、他の範疇に当てはめにくい頁、と、言うことで分類してあります。

狭山事件経過と詳細

狭山事件年表詳細に於いて、登場する関係者のリストを示し、事件の流れを多少詳しく書きました。脅迫状の発見、佐野屋の張込みと犯人逃走、捜査・逮捕・裁判・再審請求までを年表形式でまとめてあります。

狭山事件リンク頁

もとリンク項目にあった外部リンクを狭山事件サイトとして置いてあります。憚りながら、人に頼らず自分で作った独自コンテンツを有すること、たんなるネットオンリーの発言、すなわち世間で言うところの「ネット〇〇」ではなく実効性のある実地活動を体を張って継続して行っていること、内容が狭山事件に特化していること、この全部か、一つか二つでも他に抜きん出た中身がそのサイトかそれを作っている人にあること、を掲載の基準とさせて頂きました。

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