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狭山事件と判例

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狭山事件と再審請求に関係する判例と、証拠開示で得られた新証拠をまとめて解説した頁を作成しましたから、此処でもそれらについて簡単に取り上げておきます。

狭山事件判例と新証拠

狭山事件の再審請求と判例の頁がそれです。

狭山事件の裁判、特に2006年に申立てられ現在も三者協議を通じて継続中の第三次再審請求で開示された証拠と、弁護団提出の新証拠、それに再審請求それ自体の一般論と法理、再審開始事由についての判例を示しました。

刑訴法435条の再審開始事由について、過去の判例をふまえてまず解説してあります。次に狭山事件の第三次再審で開始された三者協議の法的根拠と、今迄に新たに開示された証拠一覧、それに基づく弁護側・検察官双方の意見書や鑑定書など新証拠の一覧、主な新証拠の個別解説の頁です。

有罪の確定判決が出た後に、何故再審請求の制度が必要なのか?再審開始の理由としてはどのようなことが条件となっているのか?再審開始に求められる新規明白な証拠とは何か?そして狭山事件では現在迄に、どのような新証拠があるのか?それらを随時加筆して明かにします。

狭山事件に関わる判例

狭山事件の判決や今後の再審にも関係する一般的な判例を提示しておきます。まず、刑事裁判に於ける事実認定一般に関する判例は次の通りです。

最判昭和48年11月20日第190号
刑事裁判において「犯罪の証明がある」ということは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解される。しかし、「蓋然性」は、反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから、思考上の単なる蓋然性に安住するならば、思わぬ誤判におちいる危険のあることに戒心しなければならない。したがつて、右にいう「高度の蓋然性」とは、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。

つまり、有罪や無罪の認定には、単なる可能性はもとより蓋然性の提示のみではなし得ず、これ以外の反対事実の可能性を排除可能な程度の確実性を「高度の蓋然性」と定義しています。次に再審開始要件については、刑訴法四三五条第六項で「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」と規定されています。これを六号事由と言います。これに基づいた判例が以下。

最決昭和50・5・20刑集29巻5号
同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

こちらは刑訴法435条に規定された再審を開始する要件としての「新規明白な証拠」とは何であるかを定義したものです。これは「白鳥決定」と言われる有名な判例です。どの程度のものを新規明白な証拠とするかを規定したのが次の判例です。

昭和51年11月12日刑集30巻9号1673頁
そしてこの原則を具体的に適用するにあたっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則があてはまるのである。

これを簡単に言えば、例えばアリバイがあったとか或いは真犯人がほかに見つかったとかの明確な反証でなくとも、有罪を認定した元の証拠の中に、合理的な疑わしさが存在する事が確認出来れば、再審を開始する理由になり得る事を示したものです。この判例は、これも冤罪事件として有名な財田川事件の判決です。

狭山事件の新証拠

そして、請求審に於ける三者協議そのものの根拠法と、三者協議を通じて開示された各証拠の記録と弁護団提出の新証拠についてそれぞれ解説しました。新たに開示された証拠若しくは新証拠としては、筆跡・殺害方法・腕時計・手拭い・被害者方付近の車・万年筆とインク・自白、などの関係証拠があります。それぞれ、簡単に説明をしておく。

狭山事件の重要証拠

一般的に言って証拠は、直接証拠と間接証拠があります。直接証拠は被疑者=被告人と真犯人とを直接結びつける証拠、間接証拠は情況証拠とも言われるがそのほかの直接的でない証拠で、自白による「秘密の暴露」なども間接証拠のひとつです。

狭山事件には言葉本来の直接証拠は存在せず、有罪の証拠は全部、間接=情況証拠で、血液型の一致、スコップ・手拭い・タオルを入手可能だったこと、自白によって被害者の鞄・万年筆・腕時計が発見されたこと、など全部が含まれます。

従って、第三次再審請求で開示され新証拠とされたものの中で、最も重要なものはやはり狭山事件の脅迫状と筆跡にかかわる証拠でしょう。しかし同時に、確定判決は、自白に現れた事実が客観的事実と一致していると判断していますから、自白によって発見された証拠品に関する反対証拠と、自白そのものの任意性に関する証拠も重要となります。

狭山事件殺害方法の新証拠

殺害方法については、二審当時から扼殺か絞殺かが争点になっていました。第三次再審では新たな法医学鑑定が作成提出され、被害者の遺体の首にあった痕跡を詳細に鑑定した結果、殺害方法が自白や確定判決の事実認定と異なる絞殺であったことが明かにされました。同時に死斑そのほかの各死体現象を総合的に鑑定して、法医学の観点から無罪の立証を行っています。

狭山事件手拭いの新証拠

遺体の両手を縛っていた手拭いは石川一雄氏が犯行に使った後、近所の家に工作して入手可能でそれを警察に提出したとされていますが、石川宅の手拭いは任意提出されており、手拭いの報道がテレビであった時間と刑事が石川宅を訪問した時刻とはほんの数分の間しかなく、この間によそから手拭いを調達するような工作は事実上不可能であることが明かとなりました。

しかも開示された捜査報告書を観察した結果、近所の家から任意提出された手拭いはもともと1本だったのを「2」と改竄した痕跡が見つかり、配布数を2本とすることで、そのうち1本を石川氏が工作調達して警察に任意提出して、あたかも狭山事件の犯行には無関係なように工作していたように証拠を偽造していたことが明かです。

手拭いについては警察の任意提出記録の番号がとびとびになっており、それによれば米屋からの手拭いの配布数とされていた165本より多い数が配布されていた可能性もあります。そうであればますます、配布された中の石川一雄宅の一本が狭山事件に使われたとの認定は出来ぬこととなる。

狭山事件腕時計の新証拠

腕時計の革バンドを詳細に鑑定した結果、被害者はもちろん、被害者の姉すらも使っていなかった位置に、使用頻度の高い穴があることが明かとなり、姉よりも腕の細い人物が最も頻繁に時計を使用していた痕跡が発見されたのです。このことは、発見された腕時計が被害者のものではなく、証拠偽造にあたることを示している。

開示された腕時計の捜査報告書によって、発見前に行われた腕時計捜索で、発見された場所も既に捜索されていたことが明かであり、腕時計の発見が虚偽であることが明かである。

狭山事件万年筆の新証拠

万年筆については、4月27日にインク補充がされたことが被害者の日記から解っていましたが、書写実験を行った結果、狭山事件当日までインクを補充しなくとも十分書くことが出来、それならもう授業も終って万年筆を使わぬ放課後にインクを補充する必要はなく、補充するにしても家に帰宅したからでも良いわけです。それに、被害者の万年筆のインク残量では脅迫状にあるようなインクのかすれは発生せぬことが明かとなった。これは、判決認定の「被害者が放課後に郵便局か級友からインクを補充した」との判断が誤りであることを示している。

狭山事件鞄発見の新証拠

鞄の自白調書と捜査報告書などを精査した結果、鞄発見当日の自白調書中の鞄の位置と、発見地点とが異なっており、秘密の暴露には当たらぬことを明かにした。

もともと、狭山事件の三大物証のひとつ=秘密の暴露とされ被害者のものとされる鞄は、自白によって発見されたとされる当日の調書で教科書と一緒に捨てたと供述されていたから、そもそも自白と発見場所が一致しなかった。新証拠によって、これが更に明かになる。

狭山事件車両の新証拠

脅迫状を届けた時に、三輪車とすれ違ったことと、被害者方付近に駐車していた車があったと自白したのが秘密の暴露とされたが、走行事件と視認実験を行った結果、そうした体験は出来ぬことを明かとし、更に、開示された捜査資料によって、駐車車両は当日午後5時前後だったことが判明し、脅迫状を届けたとされる午後7時半ごろには車の存在を立証不可であることが判明した。

証拠としての狭山事件自白

狭山事件の自白の任意性そのものについても重要な進展が見られた。

自白は、それが任意になされた場合に於いて証拠とされ、公判期日に於いて被告人が犯行を認めた供述も自白と看做され証拠のひとつとなります。本件では一審中迄自白が維持され、維持される事の意味は、捜査段階での自白調書の内容を被告人自らが認め、又、自白内容の供述を公判に於いても行った事実になります。この自白調書と公判での自白が証拠となっている為に、現在迄の裁判所の判断では自白に高度の任意性が認定されてこれが再審を困難なものにしていますが、狭山事件の自白についての新証拠によって、自白の証拠能力は否定されつつあります。

自白に関する新証拠の内容は、新たに開示された取り調べ中の捜査報告書・取り調べを録音したテープ・二審公判に証人として出廷予定の捜査官から一審検察官が録取した取り調べに関する供述調書、等と、これらを元にした弁護人提出の意見書・鑑定書です。

血痕検査関係の狭山事件新証拠

具合が余り良く無かったのと現地調査準備にかまけて当サイトでは記載が遅れましたが、本年3月23日の第六回三者協議に於いて、自白殺害現場でルミノール反応検査を実施しその結果が陰性であったと言う事実を含む、いくつかの重要事実が開示されています。

これについては昭和60年(1985年)2月25日付(当時最高裁判所への異議申立中)で検察官が現場検証を行なった検査技師に電話聴取したところ、殺害現場のルミノール検査は実施した記憶は無いとの回答であったが、その電話聴取を記載した文書の横に2名の検察官の署名とともに、後にルミノール検査を実施したが陰性であった旨の書込みがあり、今回それらの事実が開示されたと言うものです。

ルミノール反応検査は極微量の血液で月日が経過した場合にも鋭敏に反応し、被害者は後頭部に傷を負っており、もし自白殺害現場に血痕反応が無かったのであれば、そこは本当の殺害現場では無かった事になります。狭山事件の遺体発見場所では、風呂敷と棍棒が発見された芋穴の血痕検査は実施された事実が判明しており、芋穴で行った検査を肝心の殺害現場では行わなかったとは通常の捜査では考えられません。

狭山事件再審に於ける証拠の扱いについて

開示証拠については、昨年5月13日の36点開示も含め「再審(裁判)以外の用途に使用してはならない」旨が刑訴法二八一条に罰則付きで定められており、開示された証拠の詳細を更に広く社会に開示する事そのものに制約があり、野方図な記載・発信その他をするとその時点で証拠開示されなくなる怖れがあります。よって昨年のものも含め公にされている事実以上の事柄があったとしてもそれは容赦願いたいとの弁護団の声明もあります。(於星陵会館3月24日「狭山事件の再審を求める市民集会」)

且つ、このように微妙な段階に於いて、およそ石川一雄氏の再審と無罪を願う者であるならば、軽挙妄動は厳に慎まなければならないと言う方針が再審弁護団を中心とする活動者会議でも述べられております。尚この事には、薄弱な根拠で「狭山事件の真犯人」を探すことなんかも含まれているものと筆者は解釈しております。そのへんは真犯人長兄説の検証などに書きました。

よって当サイトに於いても、今後とも公にいわば認可された情報のみを公開及び検証対象とする所存です。視聴者の皆さまに於かれましてもその点ご承知おき下さい。ま、もっとも、機密保持が必要となるような重大情報はそもそも筆者などが知る由もありませんが、万が一そう言う事柄を知っておったとしても、此処に記す事は駄目と言う事です。

しかし公になっている情報の中にも、今まで筆者自身も見落としていた重大な事実が幾つか存在し、それらが先の現地見分を通じて筆者自身に判明して参りましたので、それらについてはそれなりの手間と日数を要すると思いますが検証する所存です。

狭山事件調査告知

7日の現地調査は無事終了致しました。御参加各位には御礼申し上げます。映画上映や集会所での勉強会に熱中した為、予定時刻をオーバー致しましたが、終了後帰路につかれた方、終了後の懇親会迄御参加の方含め、お疲れさまでした。

高裁の裁判長交代のニゥスは、石川さんもあの日迄知らなかったとの事で、たまたま当サイトが見分に伺った故、筆者自身も知った次第です。本年は更なる証拠開示を少しは期待し、再審は勿論ですが事件の真相究明・検証に於いても、可也確度の高い情報が得られるかも知れないと思っておりました。裁判長交代によって、昨年迄の流れが止まる事の無きよう、兎も角ささやかながらも当サイトとして出来る事をするしかないとあらためて思った次第です。

その為にも、次回現地調査は秋に実施する所存です。今後考えている実施内容については狭山事件現地調査2011年の頁に少し記しました。

狭山事件現地2011年

今月は此の後、10日に現地事務所へ参りますがこれは取り敢えず超個人的な見分となります。他に28日(土曜日)に「徳島の会」の現地調査に相乗りさせて頂く予定です。筆者にとりましては数年前からサイトを通じてお付合いがあり、今では年中行事の一環となりましたが、この28日当日に一般視聴者の方で参加希望がありましたら、メールでお申込み下さい。当サイトのは今回は映画を観る事がありましたので徒歩調査はいつもよりだいぶ短いものとなりましたが、28日のはそれより詳細なものになると思います。今回の見分で少しもの足りなかったと思われる方または今回来れなかった方など、よろしければご検討下さい。

もし一般のお申込みがある場合には途中で一旦徳島の会のコースから別れて、第一第二ガードのほうへ足を伸ばして見たいと思います。

現在のお申込みは2名様です。5/21

狭山事件再審裁判長交替

追伸:次の裁判長は小川正持(おがわしょうじ)氏。前・前橋地方裁判所長。5/10

狭山事件当時の薬研坂

サイト更新履歴:狭山事件現地の事件関係箇所の変遷を記録する現地変遷写真集の一環として、狭山事件当時の薬研坂と現在を比較した頁を作成しました。

狭山事件直近報告

体のあちこちが痛いという症状でして、実は日曜の朝から入院しておりました。と申しても大それた容態とかではなく七日に差し障りがありますと困るので念の為と言う事で朝八時から救急外来に押しかけて無理矢理入院させてもらいました。ご心配には及びません。

急でしたのでなんらの告知もしませんでしたが、とりあえず現時点でのお申込みは八名様で変わりありません。晴れたら昼間暑く更に夜はけっこう冷えたり、雨なら足もと不如意となりますので、服装その他万全の準備をお願い致します。

ちょっと間抜けというか笑える話をしますと、入院したので此の狭山事件サイトと仕事関係のサイトのメンテナンスを地元知り合いのあるプログラマー=「団体」職員にもちろん給金も渡して頼んだら、当サイトのトップ頁がおかしなことになっていたようで帰ってきて気がつきました。慌てて直しましたが苦心して原因を究明したところ、筆者が入院直前に用意してそのプログラマーにコピペさせたある種のプログラムが元凶。つまり自分のせいです。筆者に代わって仕事をした若人はハッキングなんかも出来てしまうほどのプログラミングの達人ですが「さすがにHTMLとCSSとスクリプトの組み合わせをやらせるのは間違っていたか」と思い、指でも切ってもらうとこでしたがまあその、とりあえず正月以来不要の者は切ったばかりですから当分は切りたくないとこですが、指に関しては切るのは筆者のほうでしたと申すオチ(笑)。

追伸:実は来週に、明日の(と申すかもう今日ですが)の見分のほかに超個人的に現地事務所へ伺うので、そのぶん本日仕事となっておりました。やっと帰宅しましたがさあもう寝なければ、です。明日は充実した見分となりますよう、努力する所存です。5/5 0:16頃。

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2011/05/10
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