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狭山事件と電話や自転車の件

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We are currently doing server relocation.狭山事件電話と自転車

狭山事件電話と自転車

かつて此の場所がまだ「狭山事件を推理する」だった時代に、推理とか真犯人説とかではなくもっと客観的に、証拠のみに基づいた事実の検証を出来ぬものかと開始したのが、独自調査による検討と専門家への聞き取りを含む法医学問題の追求でした。この初期のものを今読むと、厳密な検討を求めたと言え、やはりまだまだ推理グセが抜けきらぬものがあります。だからそれ風な頁はじょじょに、だんだんぼちぼち、整理して別枠に収めました。

そうしたひとつとして調べていた事に漸く一応の結論が出たので頁を立ち上げる事が出来た。但しこれもある推理を前提としそれを動機として調べた結果ではあります。

狭山事件と電話の関係

この基礎事実の検討として、狭山事件当時の有線電話について調査した結果を掲載しました。かつて、真犯人が脅迫状とは別に電話を使用した通告があったのではないかという推理もありました。その電話について、事件当時の狭山市堀兼・上赤坂付近の農家に入っていた有線放送電話を詳細に調査したものです。

有線放送電話についてはほとんど一年を要した。専門サイトの方への度重なる質疑応答と、膨大な文献調査への取組みについて、まずこの場に於いて御礼申し上げたい。且つ、極めつけの仕上げとして当時市内柏原に住んでいた元大工さんにお会いして人的聴取による確認とした。その方は当時、主に市内での増改築、補修などをされており、その関係上堀兼地区の有線電話も使用したとの事で、専門的な質疑応答と文献による調査の裏付けとさせて頂いた。

此の件は、発覚時刻に関する狭山事件脅迫状の謎、所謂「細田証言」の採用を大前提とする。その場合必然的に、時間的に公式に言われている午後7時40分より前に何らかの形で犯行通告(若しくは予告)があったと言う事になる。そしてその通告には「電話」が使われたと言う仮定を設ける。その際、電話通告を当初発表しなかったのは当サイトの別の頁にも考察してあるが「電話の事実は後で犯人を逮捕した時に、犯人にしか知り得ない事実として利用する」と言うこれもそう言う前提である。結果的には被差別部落を集中捜査した揚句に石川氏を逮捕したので、他の「狭山事件の目撃証言」なるものと同様その為に都合の悪い事実は利用どころか隠蔽されたと考える。その上で、当時掘兼地区に入っていたと言う有線放送電話がどのような仕組みのものであったのか、それを調べたかったわけだ。

仮定(に過ぎないもの)の上に更に仮定を設定して行くと、その後の考察は次第に推論と言うよりも想像に陥らざるを得ない。更にそもそも細田証言が間違っていれば、それらの仮定を導いた元々の前提が崩れるわけであるから、このような調査をする事はその場合大げさに言えば人生の無駄になるのでは無いかと言う懸念と躊躇も一年前にはあったけども、兎も角電話の問題を突き詰めて調べたかった事及び主たる主題は真犯人推理に無く、当時の堀兼に於ける電話の実態と言う淡々とした基礎事実の検討にある事を考え、実施した結果である。もっとはっきり言えば当サイトは狭山事件の推理とかにはもう無関係なので、その点、勘違いをせぬようにして欲しい。

狭山事件と自転車

狭山事件での被害者の自転車の項目も事件発覚に関わる重要事項として、改めて公判調書を精査した結果として記した。自転車については今迄にもあれこれと、Yさんが一度帰宅しただの長男がどこぞから回収して来ただの、思いつく限りに推理し放題にされて来た。とにかく、自転車はどこから誰がどうして持って来たのか、どうしてそこへ置いたのか、疑問に思うあまりにありもせぬホラ話が延々と生産されていた。

証拠さえなければ、何とでも話を作れる。証拠があれば、それはもう推理ではなくなる。何しろ、狭山事件は、証拠によって有罪なのだから、証拠の存在さえなくば、どこの誰でも犯人にするのが可能だ。こういうことを考えつつ、狭山事件についての野方図な空想譚を排しつつ、一個一個の事柄について、とことん突き詰めてみたいと申すのが、どうも筆者個人の性格かも知れない。そう思って読んで頂ければ之幸い。

狭山事件の死体現象の勉強

死体に現れた客観的事実を自分なりに少し勉強して見ようと思ったのが、そもそもの始まりでした。これが2003年の秋ごろで、今思えばこの時もう、推理とかに興味がなかったわけです。

それでも最初は、当時の推理の話題とかに合わせて、死亡推定日時を中心に考えておったが、そうしたことは素人の自分ではなくたとえ法医学の専門家であっても、正確な部分まで割り出すのは今となっては不可能である事を知り、次第に、二審から現在に至る死体現象上の争点に重点を移しました。其の結果が被害者の遺体に関する狭山事件鑑定についての頁です。基礎事実の検討項目としては群を抜く専門性のある話となった次第で、可也の時間と手間がかかっております。

狭山事件の背景に出生の秘密?

狭山事件の推理には、被害者方に何かの秘密があり、これをネタに真犯人から脅されていたんだとか、被害者自身の出生にまつわる秘密があったとか、どうも出所不明のたわ言が沢山あります。ト言いますかたぶんこのテの話は荻原佑介氏の談話に元があるのでしょう。

このテの話に乗ればたしかに色んな推理が出来ておおいに楽しめます。ですが、この際、この件も、基礎事実の一部としてちゃんと調べたところ、狭山事件中田家の秘密なんてものはどこにもありませんでした。あるわけがありません。此のテの噺は、推理の結果だからです。推理とは、つくり話のことですからね。こうした過去の推理に出て来た話に対しても、所詮つくり話と知りつつも一応きちんと裏を取る作業を為したのも、この基礎事実の検討頁の目的でした。

自殺者と狭山事件の関係

狭山事件では自殺した人が多かったことも、あらぬ噂やそれを元にしたフィクションが量産される原因になっていました。自殺者=真犯人、これが一般的な構図です。死人に口無しってとこでしょう。

こうした娯楽が営まれるのも、きちんと関係する証拠関係を自分の力で読まず、また仮に読んだとしても斜め読みで要するに自力で読みこなして更にそこから裏を取る作業がとても伴わぬままに、イージーな推理に走るからです。たんにお楽しみのためだけならそれでもいいですが、正確な記載を提供しようとするのならそれじゃあ当然ダメです。

従って此のサイトではこれら自殺者の秘密について、結局秘密でもなんでもナィことを明かにしました。いわば狭山事件推理ファンのお楽しみを奪う結果ですがまあ生姜アリマセンな。

別件逮捕と狭山事件

被疑者ノート」というのを御存知だろうか。既に2004年に日弁連が正式導入したものなので、知っている人も多いかも知れない。捜査の適正化を図り、違法な取り調べや虚偽の供述調書作成を防ぐため弁護人が容疑者に差し入れるもので、容疑者はこれに取調の情況を記しあとで弁護人に渡して捜査過程や公判過程で利用するというもの。9月21日にそれの外国語版も出来たというお知らせが筆者が受信している司法関係のメルマガに書いてあった。

常日頃、世の中に恐いものなどもう在りはしない等、嘯いている筆者だけど、狭山事件を知り、知れば知るほど、どうも別件逮捕はひとごとと思えない。なにしろ叩けばホコリが出て来る身体であるから、たとえば居住している近辺で何か事件が起こった時にアリバイが無かったりその他不利な状況に居た場合、たちまち逮捕拘禁されても別段不思議でない。

何年か前、地元のパチンコ景品交換所で働いていた女性が何者かに殺害されるという強盗殺人事件が発生した。ちょっと詳細は忘れてしまったが、此の時は真犯人の男が現場に身元の割れるノートだか住所録だかを間抜けにも落とし物してそれが証拠となって検挙された。そのとき筆者はその現場から二百メートル位しか離れていない店で酒を飲んでいたが、ともかくアリバイは完全にあったのだ。ただ、このような近所であのような殺人が起こるとは思わなかったのでちょっと吃驚した。ちなみにその景品交換所というのが、やはり地元の「やくざ」の人が経営してるので、筆者等としては「よくやるねえ」とか言って暢気にしていた。しかしもしも此の時アリバイが無く、おまけに何か不審の行動をしていたら、筆者にもでっちあげ逮捕はひとごとではなかったわけである。(オマケにその「やくざ」の人からターゲットにされた。いくらなんでも警察とやくざに同時に睨まれたらば到底自力では太刀打ち出来ない)筆者はなにしろ、昔のことをほじくり返せば狭山事件と同じく別件逮捕の材料など山ほどある人間だ。

被疑者ノートというのは勿論、取調の可視化を促進するためのひとつの手段として導入されたものだ。しかし狭山事件に関わっていると、万が一にも字を知らないという人が逮捕された場合、ノートに記入すら出来ないということになるから、やはり取調というものは全面可視化が必要だと非常に思う。

狭山事件では一般に、昭和38年6月23日から自供が始まったということになっているが、河本検事(当時)は6月11日に、つまり17日の第二次逮捕の前に、狭山署で供述調書を作成し、その内容は三人共犯説。捜査当局、特に検察庁は狭山事件は複数犯との見方を可也長い間持っていた。しかし石川さんはこれへの署名押印を拒否している。上の被疑者ノートのアドバイスにも、ちょっとでも調書が可笑しかったら署名押印は拒否できますと書いてあったので、今丁度調べている6月11日のこのくだりを思ひ出したのであった。

狭山事件現地調査実施要項11月5日

現地見分を11月5日(土曜日)に実施致します。

受付終了11/4 21:50
☆参加御希望の方はメールで申込んで下さい。
☆申込時の氏名(仮名でも可)で参加者の到着確認後に出発。
☆メール記載の時刻厳守をお願いします。
☆雨天決行(激甚災害発生等非常時を除く)
☆今回の行程は入間川分校跡、第一第二ガード、そのほか狭山市内の駅東口各主要地点です。徒歩終了後、狭山現地事務所で石川一雄氏と懇談。
☆その他の事項について「狭山事件現地見分一般要項」に記してありますので事前に是非ようく読んでおいて下さい。

☆現在のお申込状況は六名様です。

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2011/09/24
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