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狭山事件真犯人の結論

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狭山事件真犯人の推理とは何か。それをやるのはなに者なのか。

狭山事件真犯人とは

真犯人に関する狭山事件の都市伝説を最終的に解決し、今後の方針を明示しました。本件の背景には所謂部落差別がありましたが、爾後、あらゆる真犯人理論とそれを吹聴する輩に対する差別を背景なんてナマヤサしいもんじゃなく全面に押し出すことを宣言し、実行します。よってこれ以降、ナニもありゃせんものに尾ひれを付けて、狭山事件と真相の謎だのトリックだの猟奇だのと世迷いごとを一生続けるつもりのヤク中患者には問答無用のプロパガンダを施し、矯正不能なものは追放し、当サイトのあらゆる頁に関し、真犯人推理を目的とするあらゆる場所に、馴れ馴れしくリンクを張ることは一切、お断り致します。今どき狭山事件石川真犯人説のうわごとをボヤく差別者を含む推理マニヤや真犯人ヲタクに理解可能なコンテンツは此所には全然ありません。國賊や売国奴には、死、あるのみだ。

狭山事件真犯人説はもういい

視聴者各位には長らく「狭山事件を推理する」とかの名前で親しんで頂いていたと思いますが、当サイトの題名をご覧の通りに変更致しました。発足当初とは、初期の頁を除けば内容及び主旨・目的が変質し現在では名前と実態が完全に乖離した為です。実際には執筆している内容や行なっている活動は既に久しい以前から当初のものとは変貌しておりましたので、むしろもっと早く変更して然るべきであった程です。名前と実態が乖離したまま放置する事は有害でさえあります。

この間の経緯や「推理」及び本件に対する取り組み方一般論と真犯人説に対する当サイトの姿勢に就いて、いずれ厳密を期した一頁を記しておきたいとは思いますが=完了、それより手っ取り早く表題変更で端的に表した次第です。無論、証拠や材料の多くが隠されている現実の事件に於いては、事柄の性質上どうしても「推理」という行為をせざるを得ない場面もありましたが、乏しい材料を膨張させてする行為である「推理」は完全に排除し、より厳密な字義を持つ「検証」を行なう事を旨として来たサイト実態に、題名からして即する事を期したものです。

題名については、いっそのこと「狭山事件を推理しない」とかも面白いかなとか、思ったりもしておりましたが、結局今ご覧の通りの名前が一番合っているかなと言う結論になりました。(で此のサイトの当該の場所に、真犯人の推理一般論を書きましたしサイトの目的自体はトップ頁に書いてある通りです)まあサイト名なんてものは、やりたくない事よりもやりたい事又はやるべき事を書いたほうが良いに決っております。

ともかく遅くとも2005年中頃にはとっくに、狭山事件の真犯人推理の棄却決定を出しててそいつを読んでりゃあ今どきわたくしも、こんな文面を書く必要もなかったんですけどね。。しかし早く見積もれば実はもっと早く、仮説の余地無き法医学鑑定を調べ始めた2003年の秋ごろ、結局此処を開設したその年から既に、真犯人の説なぞを口で云々していてももう、心こゝにあらずな精神状態ではありましたね。

あの当時のことは兎も角、それから急速に、狭山事件の裁判資料即ち公判調書などに記載された確実な証明力を持つ事実のみを基礎としていろんな頁をつくって来ていることは、継続的な視聴者の方にはもう既に良くおわかりでしょう。但し、この如く中身と表題が乖離している状況を今日まで放置しておりました。

で、あのまんまに放っとくと質の低い推理ヲタクが集まって来て特にこの2、3年とっても迷惑したので、こうなりました。しかしこと此処に至る間、自分にしちゃあ驚異的な寛大さで大目に見て来ましたけどね。

そして之は単に此のサイトに於いてだけに適用された事態では無く此の世に於いて、今や完全に、真犯人を推理することそのものが、終った、ト言うことです。否、良くよく考えて見れば自明のことでしたが、本件真犯人推理の創始者である亀井トム氏の論説が、最初にして最後の、本件に関する推理です。何故なら亀井氏の説やそれの根拠となったもろもろを、こちょコチョと変えてみたり、ごにょゴニョとソレに反論して別説を唱えたり、これが後世に於ける真犯人説の実態でした。つまりはやってる内容、方法論としては五十歩百歩といぅことです。要するに全然進歩が無かったってことですね。

これは真犯人仮説自体の進歩なんてシロモノのことを、言ってるんじゃあ、アリマセンよ。いつまでもそぅいぅことをやッていることそのものがもう、進歩なしってことです。西暦二千十三年で狭山事件から半世紀となりますが、50年あるいは人によっちゃ30年でもいいですが、そんな長年月もの間、強迫神経症みたいにおんなじことを繰返している者は、むしろ進歩どころか、そいつが歳食ったぶんだけ、退歩でござんすヨ。

このような「都市伝説」を再生産し続けているようでは、成長は到底望めません。

狭山事件の真犯人捜査の呆れた実態

じゃ取り敢えず此の推理捜査とそれをやる人たちを排除するようになった理由やら原因を此処でざっくりと教えてあげますよ。

狭山事件の真犯人は知能が低い?

脅迫状を読んだ感想として、犯人は知能が低いそうだね。ナルホド、捜査当局も最終判決を書いた寺尾裁判長も、石川一雄氏は事件当時は学力が低かったので(学力が低いことと知能が低いこととは全く異なる)脅迫状を執筆するのは無理と見た。だから脅迫文を執筆するには雑誌「りぼん」を見て書いたと事実認定している。

でも「学力」と「知能」とを混同している点で、素人真犯人捜査員の全員が、真犯人よりもよほど知能が低いと私は事実認定するに至りました。特に国語力が驚くホド劣っていることは、かつての掲示板などでの書き込みを見れば証明される。例えば「引用」の意味が解らんらしいし「文盲」の意味もそれをどう読むかも知らんらしいし、「冤罪」の意味も、「証言」も、「伝聞証拠」も、もうナニもカモ。こういう者がやる脅迫文の分析や真犯人の動機の推理などに、話を合わせるのには全く苦労した。

そうしたムダなおつきあいに、ぼちぼち眠気がさしておった2005年、狭山事件の特別抗告が棄却された頃、石川さんに現地でお会いして、それの記事もアゲておったのに、全員、ソコに書いてある意味が全然解っておらず、一人残らず知的文盲だったことが少し後になってはっきりした。

だから、私の書いたものの意味が解らんし、それどころか、そもそも字をどう読むのかも解らん有様だった。これがずっとシャバに居て、一応ちゃんと学校も出た連中のレベルであった。よって、此処に書いてあることの意味も恐らく理解不能であらう。

真犯人「捜査官」のつるみ癖

刑事事件の捜査で刑事さんたちは、たいがい二人一組で「相棒」を組んで聞込みそのほかの捜査をやります。それのマネをしたいのかどうか、此の事件の「真犯人捜査員」達も、複数人でツルみたがるクセがあるようです。この私も、アレと組んでいるとかコレとナニしてるとか、いろいろアリもせぬ風聞が流されておッたようですネ。

これについてひと言申しておきますが、わたくしは今日まで、本件に限らず人生に於いて、なに者ともこういったタグイの徒党を組んだ覚えは、全然アリマセンね。あったとすればソレは、時たま狭山現地や何らかの行事で会ったひとが勝手にそのように勘違いしただけでしょう。そういうのは迷惑です。

狭山事件に於ける人と人との繋がりは、同じ目的に向って各々で努力を傾ける同志的関係ではあっても、お友達づきあいではありません。だから、その目的にとって役立たずだったりすればリストラされるだろうし、ましてや迷惑をかけるようになればクビになって当たり前です。わたくし自身、もしそうと自覚したら自分みずからとっとと自主的に「退職」しますけどね。

一方でわたくしは本件に関し、別に何かの組織に入ったり、自ら組織的活動をやっているわけではなく、全くの個人でやっている者です。たまさか組織の方やほかの個人から協力をして頂くことはあっても、基本的に個人でやる活動は自分一人で全責任を負ってやるもんですよ。

人がやってる活動を何か誰かと組んだとか一緒になってやってるとかいうふうに見たがるのは、狭山事件捜査員の身に沁みついた悪癖です。これは、おのれ一人では何ごとも出来ず、又、責任を何とか分散したりひいては責任を回避したがる真犯人捜査官の抜き難い習性です。

狭山事件真犯人説と言う名の肥溜めで、混浴をしたがるのは其の手の者だけです。わたくしに、そッち方面の気味の悪い悪趣味は毛頭アリマセン。

狭山事件真犯人説の水準

まあそうでもあったし、それに第一、それらの推理する人の真犯人説と言うのがもうことごとく、少なくとも筆者=私から見れば箸にも棒にもかからぬホド、程度の低いと思わざるを得なかったし、第二には推理の善し悪しと言う事よりももう推理する事そのものがくだらなく思えたと言うわけです。だからいつまでも痛い題名を放置するのは害があるのです。

やはり痛いほど感じられるのが、この事件を推理する人の水準の低さです。犯人候補とか、有力説、などと言ってる時点でもうお里が知れます。犯罪が起こり、容疑者の有罪を立証するのは唯一無二の証拠であって、犯人=有罪者を決めるのは選挙じゃああるまいに候補とはなにごとかな。全ての真犯人説での証拠の全くの不存在が、有力説どころか全部無力説になっている原因なのが解りますかね。

まああれですよ。別の方角から申すならたとえば切り裂きジャックとかの時代には、指紋の検出や照合はおろか血痕が人間のものか動物のものかすら捜査出来ぬありさまで、あまつさえ現場に残された証拠を捜査幹部自らが拭き消させてしまったりと、当時のヤードやシティ警察の捜査員も、乏しい物的証拠をよりどころに真犯人を追跡せざるを得なかった。結果、迷宮入りしてしまいましたが、かれこれ半世紀前とは申せ現代に起きた狭山事件を比較するならまだ豊富な証拠が揃っています。それなのに今どき、ジャックザリッパーや或いは「ラトクリフ街道殺人事件」の真犯人を推理するのとおんなじやり方で、折角ある証拠を無視し或いはまたそれを曲解しつつ本件についてあれこれ語ってるのを見るにつけ、余りの水準の低さと言うか時代錯誤の頭脳程度をまざまざと見せつけられますね。後者の殺人事件では、怪しいと思われる者を片っ端から捕まえて来て、その中の一人が留置中に自殺したんで、この人物が真犯人てことになったんですよね。推理人もこれと全く同じやり方で真犯人を決めています。

狭山事件と真犯人の謎への回答

捜査員諸君が今でもおもしろがっているらしい事柄がある場所にまとめて置いてありましたので、引用させて頂きつつ、それに対する見解を簡単に示しておきましょう。

真犯人が未だ分からない

無期懲役に処された石川さんが今なお冤罪を訴え続けている。真犯人については、これまで長兄説・OG説・IT説・Y枝さんの恋人説・A先生説などさまざまな説が唱えられてきたが、未だ決定的なものはない。

そりゃ解らん筈ですよ。「説」なんぞ決定的じゃなくて当然でしょ。何せ事実を認定する為の証拠が皆無なんだからさ。証拠なしで犯人が決められたらこれほどラクなことはありません。そうなりゃ此の世に於いて、未解決事件など消えてなくなり、同時に冤罪のオンパレードになること必定です。

自殺と届け出と真犯人の関係は

事件後、自殺・変死した関係者が5人もいる

5人もおるのですか、そりゃ大変だね。狭山事件と自殺者の真相については取り敢えず検証済みですが、でも、だったら何よ、としか言い様がござらんな。

被害者姉が自殺。婚約者の二審公判での証言はおかしい

姉の変死は確かですが、元夫も長兄も、あなたがたがあれこれ突っつくからイヤになっただけとも考えられますねえ。それから、婚約者じゃなくて元夫ね。既に入籍はしていたのでね。だから姉のお墓もその人の姓が書いてあったでしょ。

所沢警察署長が「事件の届け出は公式のものより早かった」と証言

それについてはもうとっくに解決済みです。「細田証言」で自由検索して勝手に調べてみたら。

自転車に乗り高額トマトを食う真犯人

被害者自宅に自転車が戻っている=脅迫状を届けに来た人間が置いたとしても、なぜわざわざ歩いて帰ったのか不明。長兄氏が車で自宅に戻ってから僅か10分ほどの間に置かれている、というのも不自然な話。

逆になぜわざわざ乗って帰って、自転車からアシが付くような真犯人を想定するのか不明。推理をして、自分で謎を増やして解りづらくしてないかい。

被害者が季節外れのトマトを食べていた=これから殺害する相手にわざわざ高価な野菜を食べさせるなど普通しない

実際の値段をちゃんと調べないで推理なんかしてると、こうなる。トマトは狭山事件発生当時、季節外れであっても東京の神田や築地の市場に流通していたし、それどころか何と堀兼の地元でも作っていた農家もあった。それを被害者が食したかどうかは別としてもね。値段のほうは現在の5割増しかせいぜい2倍で、それほど「高価」でもなかったね。狭山事件と自転車とトマトについては、過去に証拠調べが済んでおります。

そういゃ、さすがに今どきもうそんな話も廃れたでしょうが、死体の発見現場だかどこだかに、三輪車だかダットサンだかプリウスだかトヨエースだかの、車輪のワダチが残っていたからそいつが真犯人の車なんだとか何とか、こんな想像もあったように思います。はっきり言ってそんなものは少なくとも死体の発見場所には無かったし、当時は舗装された道のほうが少なかったわけだから、二輪車で走ろうがリヤカーを引こうが四つ輪で走ろうが、そりゃ、道にタイヤ痕ぐらいいくらでもあっただろうよ。それが何か、狭山事件に関係して、どうかしたかね。

真犯人と屍体の関係は

死体第一発見者が2人おり、それぞれ異なる証言をしている

死体第一発見者が2人いるような証拠もありませんねえ。それから、そこらで拾ってきたような当てにもならん話を「証言」なんて言うのはやめてくれる?

死体の処理と埋め方が儀式めいており不可思議

それは確かに謎ですねえ。ま、証拠も無く考えても無駄なことは考えぬことだね。

鞄発見の真犯人は誰だ

5月4日に発見された被害者の鞄が6月21日に発見さたことになっている=鞄は「自称死体第一発見者」H氏が「死体を見つける直前、自分が鞄を見つけた」と証言しているが、確定判決の認定では1か月半後に500m離れた場所から発見されたことになっている

いい加減なことを吹聴するのはイイカゲンにして下さい。狭山事件と鞄の発見については、遺憾ながら石川一雄氏の自白のほうがまだ証拠能力があります。何しろ一応「秘密の暴露」ですから。だからこそ、この証拠を打ち砕く為の新規明白な証拠が、再審請求で既に提出されておるわけです。

万年筆の真犯人は関

捜査員が2度も捜索した鴨居から、万年筆が発見された=これは「関巡査部長が置いた」とする説が有力。

有力かね。確かに関巡査部長も狭山事件の冤罪を製造する片棒を担いだ一人だけど、万年筆について言えばそれはありませんね。見つかり易い鴨居に、二日も前に来た関さんが万年筆を置いたとしたら、家宅捜索の前に家族が見つけちゃいますね。

鞄や万年筆はともかく、最近確実に判明したこととしては、狭山事件で秘密の暴露のひとつとされる腕時計、これは、明かに被害者のものじゃありませんね。しかも新品でもなく、誰かが使っていたことは確かな品物です。はたしてどこから調達してきた捏造証拠か。

本件に関しこの手の、確かにいろいろとヒドい事をやった捜査当局者がいるのは確かですが、私は、捜査機関や治安機関としての警察や検察一般を否定してるわけじゃありませんね。そうした権力装置は、むしろ国家に必要不可欠なものです。但しだからこそ、権力機関として正常なものに改造する必要がある事も確かです。そして冤罪製造のいわば権力犯人を捜す場合に於いても、証拠なく冤罪を製造した真犯人としたのでは本末転倒、と、言うわけです。よって権力犯人の場合でも、そこらの「有力説」なんぞで真犯人あつかいするなどもッてのほかです。

万年筆と脅迫状の関係については、二審の裁判でいわゆる狭山事件筆圧痕の問題が起こった後の弁護側の事実取調請求とそれに応じて出された裁判所の鑑定命令、この命令に基づく秋谷鑑定と捜査段階の証拠開示=粕谷鑑定・荏原鑑定等=と更に再審段階で継続して実施された一連の齋藤鑑定等によって、現在、実に様々の事実が明かになっています。

新事実のひとつに、脅迫状はボールペンのほか二本の万年筆又はそれに類する先が二つに割れたペンが使われているのが解明されており、仮に狭山事件の真犯人は誰とかいう場合でも、犯行像を示唆する重要な証拠となっているわけだが、私が知る限り此の件につき何の推理も無かったからには、何年も前に明かとなったこんな事実も知らんのでしょう。

そうしたひとつ一つについては既に本体にそれぞれ頁を設けて解説してありますし、まだのものは今後漸次追加する所存ですが、何れにせよ、こうした証拠関係を知らずにこの事件を騙る者など問題外です。

真犯人とデートする被害者像

被害者は「誕生日だから」と言って下校し、通学路とは反対方向に向かっており、ガード下で待ち合わせする姿も目撃されている。

確かにそれはそうですね。でももう、新たな証拠が発見されなきゃ永遠の謎ですよ。狭山事件で目撃情報があったのは確かですが、被害者が「待ち合わせ」だったかどうかは少しも断定出来ませんね。まあそう考えた方が楽だし面白いって程度の事です。

被害者の処女膜に本件以前の古い損傷がある。だから被害者は処女じゃなかった。

事件以前に性体験があったかどうかは解りませんよ。断定しないで下さいよ。こうした断定の仕方はおそらく、狭山事件の遺体を解剖した五十嵐医師の鑑定と法廷証言を読んで即断した結果なのでしょうが、法医学の問題は他の科学鑑定同様に、素人がちょこッと読みかじった程度では、そうそう即決出来ません。そうした事柄はもう何年も前に「狭山事件法医学」の頁を作る時に先生に聞いて結論を出しました。

A先生の真犯人目撃談

A先生は「東中へ生徒を連れて野球試合に行く途中、Y枝に会った」と証言しているが、当日堀兼中出場の野球の試合はなく、一緒に行ったという生徒が皆無

野球をやってなかったなどと。ちゃんと原資料に当たってませんね。それとも何か証拠でもありましょうか。だいたい、生徒全員に当たってもいないでしょうに、すぐに断言するのは推理マニアの悪いクセです。狭山事件当日の野球部の試合については、既に二審当時に調査されて結論済みですね。野球試合があったかどうかは、入間川駅の荷小屋で東中から来る中学生を見た石川さんのアリバイにも関わる重要事項ですから、弁護人は当然調べていましたよ。

身内が真犯人?

地元でも「犯人身内説」がつぶやかれている=「N家は複雑な家庭だった」と証言する人は多い。兄弟に関しても「腹違い、又は種違い」との説

たんなる説でしょう。つまりウワサ。そりゃ多分地元でも、亀井トム氏の本を読んで影響を受けた人もいたんだろうよ。なにしろ地元ですから。そこへ行って、ついでに自分の怪文書の部数も稼ごうなんて、やってることがコスズル過ぎます。もしどうしても本当だと言うなら、そこまでよそ様の家庭、特に犯罪被害者の遺族を愚弄する以上、どこがどう複雑な家系でどう腹だか種だかが違っていたのか、つぶやきやささやきじゃなくて具体的な証拠を示しなさいよ。狭山市内の馬の骨のツイートなんぞ、クソの役にも立ちません。

こうした事柄はもう五十年近く前から「囁かれて」来たもんです。つまりこの人たちは、およそ五十年ほど、言ってることが遅れているわけです。これらの謎については殆ど全部、此のサイト内のどこかで答えを既に出しましたので、此処ではこの程度の感想を述べるにとどめておきましょうか。

間違いだらけの狭山事件真犯人捜査

こうした真犯人推理に現れる無知さ加減を取り上げれば枚挙にイトマなく、上に書いたみたいなものを集めればソレだけで「真犯人捜査」を論じるサイトが完成するほどです。前にたまたまホント偶然に目にしてしまったモノを一例としてあげれば、こんなことを書いている馬鹿もいましたね。

人権問題にすり替えられて余計に真相が分かりにくい印象のある狭山事件の善枝地蔵のことと勘違いされた方もいらっしゃるのかも知れません。ちなみに善枝地蔵さんは以前は被害者宅の広大な農地入口にありましたが、現在は県内のご遺族の菩提寺に安置されているそうです。善枝地蔵さんは東北に住む被害者宅と同じ苗字の篤志家が明瞭な善意で奉納して下さいました=投稿: 一反木綿

狭山事件を自らの程度に合わせて低級な遊戯にすり替えたアゲク、別に何の関係もない話題をしているサイトへわざわざ大仰に乗り込んで話に割り込み、ひとが調べたもんをインターネットで見ただけで解った気になり、知ったかぶって説教たれるマヌケは必ずこうなる。その上故意に当サイトの頁のアドレスを貼って下賎な事件オタク風情のおのれと同等のつもりでいるらしい。茨城県が東北ね。このテの薬物中毒マガイが震災の風評被害を拡散しておるのに相違ござらんな。

私はホトンド、インターネットの検索でモノを調べるとか見つけることをせぬほうでね、しかしこういうのは捜せばもっとあるだろうし、現に十年ほど前の掲示板じゃこんなのばっかりだったね。

値段も知らずトマトが高価だの、自転車がだれが置いたのかだの、死刑が確実なのに佐野屋へ行く筈がなかっただの=だったら死刑が確実なのに無実の人が自白するのは有り得んね=本来、謎でもないものを謎にして勝手に自分で解りにくくしているのはこの手合いであらう。

真犯人説に於ける言葉の誤用

それから、ひとつ指摘しておきたいのは真犯人説をやるひと達の言葉遣いの不正確さです。たとえば「証言」と言う語句は、特定の事項を証明する為に自分が体験した事実を述べたものです。だから、小耳にはさんだ話とか近所のウワサとかは証言とは言いませんね。仮に自らが体験した事実を述べたものであっても、裁判官の面前に於いて反対尋問が為されたのと同等程度の信用性が確保されぬ供述は証拠能力を有しません。私がやる狭山事件の検証では、証言・証人・証拠・情況証拠・直接証拠などの刑事手続上の用語を使うときは、裁判でそれらを使用する場合と同等の厳格な意味合いで用いています。

一般に、刑事事件や刑事裁判に於ける証言の用語法は、まさしく証拠能力を有する供述のことを言い、通俗真犯人推理での用法とは全く意味が異なることを此処に特記しておきます。狭山事件を語る場合にも同じ心構えが必須であるのは当然過ぎて申す迄もありません。

真犯人説と狭山事件の報道

刑事手続に関係する用語法の無知とともに特筆されるのが報道=新聞記事やそれに書かれた記者会見等の記述に対する素朴な信仰です。このことは、上に書いた語法の誤りとも密接な関連性を有し、たとえば狭山事件当時の捜査関係者が新聞記者にそう語ったからそれが「公式な警察の見解」であるとか、被害者の目撃談が新聞記事に載っていたからそうした「証言」が存在したとか、そうした紙に印刷された文字と文面をうのみにしそれを基礎に推論を組み立てることによって、そこから生じる結論自体の方角が全く誤ったものに陥るのです。

こうした事柄はよそにも記しましたから此処では簡単に済ませますが、報道に踊る文言、特に本件の捜査されていた当時の新聞記事などに、全くなんの証拠能力もありません。もしあるとすれば、こんな記事も法廷で通用するってことでいいかね。画像-狭山事件の報道

こんなのはヒドいが、ほかは採用ってのは、たゞのダブルスタンダードですぜ。画像-狭山事件の報道

それにつけても………「事件記者の第六感”彼こそ犯人だ”」とは、そこらの真犯人書籍に出て来そうな台詞ですな。

狭山事件最高の真犯人説=寺尾説

教えておきますが、狭山事件の最大の有力説は何を隠そう寺尾裁判長の確定判決ですよ。何しろこちらは証拠に基づく推理である。本当は証拠に基づいた時点で、それはもう推理にならぬのだが、寺尾正二氏は全編これ推理でもって判決を書き上げた。推理のくせに一応証拠に基づいており、法的にも公式なものだから、最も有力で手強い有罪説であるのだ。

寺尾判事以下が唱えた狭山事件真犯人説の構成はこうです。まず「自白を離れた客観的証拠」を検討し、これと自白とが矛盾する場合には「自白に嘘が混じっている」ことと「捜査の稚拙さ」で解消し、この作業の前提として、捜査で集められた「証拠」の証拠能力を認め、総合的に判断したわけです。しかしそれをやるにあたって、随所で「被告人が犯人だとすると」との仮定、即ち仮説に基づく「推理」をやらざるを得なかったのです。このようなやり口は巷の真犯人詐欺師や推理マニアの方法論と全く一緒です。しかし最大の違いは、先程も述べました如く、一応全て「証拠」に基づいていることです。

狭山事件再審というのはいわばこの寺尾説の推理を証拠によって打破する所為とも言える。つまりこれ以外の説やら推理やらなんてはなっから問題外で議論や反論すら不必要なわけです。

真犯人推理の材料も、はたまた推理そのものも、現在では出尽くしたと言って良いでしょう。いや、材料の方は、推理と言うのは何でも材料にするもんですから、今後とも材料だと思えばいくらでも出るでしょうが、たゞ案の定、今となってはもう実際、狭山市内の風の噂や被害者宅、或いは養豚場、あるいは事件に無関係な数人に関する「風評」の類だらけですよね。

たとえば昔、被害者宅や被害者Yさん自身を知っていた人とかにしても、ただ同級生だとか近所の人、同時代の狭山市民と言うだけで事件に関係あると言われたんじゃ迷惑千万でしょう。現に、二審になってから裁判に証人で呼ばれた人たちにしても、ずいぶん当惑のていなひとも居た事は、公判記録を読みますと解ります。

二審の後半ぐらいに裁判に召喚された養豚場の経営者も、亡くなった弟のことだとか養豚場で使っていたスコップはどこで買ったのかなど聞かれて、結構むっとしてたのが、文面だけからでもようく解ります。まして被害者宅の長兄さんや姉の元婚約者なんて、もう虫酸が走るほど相当うんざりしていただろうことは、推して知るべしと言ったところでしょうか。元婚約者と言うか、元夫ですか、そっちの人なんてもう、嫌さ加減全開だと思うのですが、どうかね。

こう言うのを風評被害者と呼ぶわけです。被害者がおるわけだから、当然、加害者がいる道理です。

狭山事件を「推理」にすり替える真犯人詐欺師

養豚場と言えば、狭山事件が部落差別や人権の問題にすり替えられた結果、真相が解りにくくなったとかも、真犯人ヲタクから良く出るうわ言のひとつです。ヲタクにこの事件と部落問題がどう関係してるかが解らんのは、たんに推理マニアの社会的視野の極度の狭さと、前頭葉の極端な未発達を自ら公言しているだけのことに過ぎません。ある種の狂人にあっては特に薬物中毒などに陥らなくとも、目が覚めつつ白昼寝言をつぶやくようになるというさる犯罪学者の講義は真実のようです。

話は逆ですよ。本件は、真犯人論なる似非科学によって、下等なお遊びにすり替えられたのです。

そうした今日までの状態を踏まえつつ、狭山事件の真犯人を推理する事について実は筆者がもう数年も前からどう思っていたのか、サイト本体の一頁を割いて詳しく記しましたからこれ以上こゝでは書きませんが、まああれだけ言われりゃ、空想力だけが取り柄で愚にもつかヌ説とやらに熱中中ののろまな推理ヲタクさんや頭悪過ぎな推理作家さんでも、筆者が如何にそういう愚鈍なお遊戯に飽き飽きしているか、いくら何でももう解りますよね。普通の人なら掲示板其の他での真犯人議論をやめた時点で解りそうなもんですがね。

真犯人議論者の誤解

推理人を放り出し、真犯人掲示板自体を見限った後から、まだそんな場所を覗いていたあるお方のお知らせによりますと、当時、わたくしが掲示板を去ると「あいつが来たらもう相手するのよそうぜ」みたいな寝言を言っていた者も居たようですね。相手にされなくなったのはどちらかゞ解らんと、こうなる。ちなみにお知らせをくれた人物も、お知らせをしてくる以上は、まだそのような場所を覗いているわけで、何らかの未練があるのだろう。そういうことをしている自分がみッともないとは、思わんかね。こういう者自体も、不要です。

それを知らぬからかどうだか、そう言えばこんなこともありましたな。とある現地調査の時、三億円事件の真犯人が狭山事件に関係があるとか何とか、もうぐぅのネも出ぬホド下らん話がちょっと話題になったところ「じゃあ後でそのソース教えます」的な発言があって、どうでも良かったのですが、あとでそのニュースソースとか言うものを見てみると、ナンと2ちゃんねるのスレじゃありませんか。いまどき、いちいちそんなもの、誰が読むかい。

真犯人の立証は皆無

そこの処をもうちょっと詳しく書くなら、推理と言うのは真犯人である証拠がないからやるわけですね。証拠がなきゃ空想をたくましくするしか方法ありませんってわけです。「そんなのは妄想推理だ」と言う声が良く聞かれたもんですが、推理自体が妄想です。違うと言うなら、証拠をお願いしますよ。狭山事件の長兄真犯人説をはじめとしてありとあらゆるいろいろの推理がそういうことです。で、そういうように推理でもって真犯人だと言われた時点で、その対象者はもう真犯人にも盗ッ兎にもならヌのです。証拠が不存在だからです。証拠もないのに、自分が犯罪者扱いされたらどうなりますかね。石川一雄氏は取調べで自白をしてしまいその自白をある時期まで維持していたわけですが、これらの推理で下手人としてでっちあげられている人たちからは証拠どころか自白すら取れておりません。

巷の推理ドラマを見てても、探偵役の刑事さんとかが推理によって真犯人を追いつめると真犯人は必ず「証拠はあるんですかね」的な台詞を吐くでしょう。すると名刑事は「もちろんこれは私の推理にすぎません」と言っておいて、最後にはちゃんと証拠を真犯人に突きつけるのです。ドラマや推理小説の世界でさえそうなんだから、狭山事件をはじめとした現実事件に於いては、証拠なき事実は存在せぬことと同じです。

ちなみに、此処で申す実際の刑事事件特に本件の周辺事態としてみられる推理マニアなどと、本物の推理小説家の人とは、煮ても焼いても似つかぬものです。推理小説はエンターティンメントに徹したプロの作品であって、此処で言う真犯人マニアの行動は、実在の刑事事件を情欲に任せて恣に自慰行為とする下等な所業に過ぎません。

狭山事件石川有罪推理をはじめとする真犯人推理は、だから、長兄・養豚場・その他の登場人物等いかなる真犯人説でも全部没だし、真犯人推理の為に勝手につくりだした架空の人物に現実の誰某を当てはめるとなるともうおしまいですね。こうした行為は誣告罪か、少なくとも名誉毀損罪には該当しますし、ヘタ打つと威力業務妨害程度にはフレームアップ可能。これらは立派な刑法犯であることをお忘れなく。狭山事件が冤罪ではないとか言われる時に使われる言葉のひとつに、「冤罪説」というのがあります。説なんて言ってる時点で、もう言ってること全体がたゞの推理ですね。寺尾判事の確定判決の何がそんなに駄目かと言えば、推理満載だからですよ。推理によって真犯人とされた人は、そう言われた時点で無罪ですよ。くどいようですが証拠によらないのがその理由です。或いは、他の解釈も出来る情況証拠を自分の都合の良いように解釈しているからです。つまり推理自体が、無罪の動かぬ証拠だ。

むしろ真犯人推理を犯す側のほうが、それをやった時点で有罪でもうほとんど犯罪者なわけです。まあ長兄の手記とかはそういうことでなくても今でも気にはなりますけど。

近ごろでは、何か被害者の爪に皮膚片があって引っ掻き傷がある奴が下手人だとか、まあこれは前からそうですが狭山事件で警察犬を使ったら権現橋に辿り着いたから犯人は養豚場で決まりだとか、もうお粗末過ぎます。本屋でひとやまいくらの印刷物とか(此のサイトも含め)ネット上でかじった情報やら新聞紙の活字から、事件を解ったような気でいると、こうなる。この手の馬鹿が、白々しく「ご冥福をお祈りします」なぞと5月1日に書いているのをみると、ますますバカ丸出しだ。口だけ達者でおのれでは何ごとも出来ぬ者ほどみっともなく、役立たずな存在はない。

低水準な狭山事件真犯人編

あと、ついでに申しときますと長兄説とかそのテの推理丸出しの頁をねんのため残してある理由なんですが、今どき、そうイう頁を読みたがる馬鹿がどれほどイルかを計測し個人情報を取るためです。他意はありません。

それ以外に何か、真犯人捜査編を残す理由があるかね。

よそ様のことは兎も角、此のサイトのそれらの頁、読めば読む程低水準だと私は自分でそう思うしほとんどの方が同感だと思いますが如何かな。基礎事実の検討と称する頁にしても、初期のものは実にどうでもよくなりましたからこれらは差別的扱いとしました。

大体、この程度の事つまり此のサイトがもう推理などと言う幼稚で極悪な目的などとうの昔に捨てていたぐらいの事は、普通に此のサイトを見ておれば容易に知れた筈ですがね。みな迄言わせるな、そう言う事です。それをこゝまではっきりと言われなければ解らんような洞察力が極度に欠けた間抜けに、そもそも狭山事件の真犯人などが解る筈ありませんよ。そう言う類の代表的な方とこのさいご縁を切らせて頂き、他のもっと水準の低い推理オタクへ言わば払い下げさせて頂いたものです。爾後に於いてはもう、そういう穏便な処置では済まさないと思うのでその手の人は近寄らないのが身のためです。

昔、わたくしが真犯人マニアと話をしていた頃は、コチラがソチラに程度を合わせていたのですよ。ですがどうしてもト申されるなら今後は、ソチラがコチラにレベルを合わせてから来て下さい。でもムリでしょうけどね。字をゴマかすために、わざと下手に書くことは可能ですが、自分の能力以上の達筆や難文を書くのは不可能です。知能や知識が不足している者が背伸びをして相手に合わせることは、ちょうどこの狭山事件の脅迫状と筆跡の問題と同じです。

1+1の答は2でしか有り得ぬのに、3だとか5だとか、そんなことを口をとんがらかして議論してるのが真犯人ヲタクの生態だ。だから推理マニアが今後わたくしに関わるには、まずこの小学校低学年程度の算数をやり直してからでなければ、話にもナンにもなりませんが、まあムリでしょうなぁ。

尚わたくしは今日迄に、そうした真犯人詐欺をはたらく変質者に対しても、もうホント、この上なくフレンドリィに接して参りました。そのことで別にお礼を言われなくとも結構でござんすが、愚痴を言われたり恨まれたりする筋合いもござりません。しかし今後どうしてもお気に召さず私のやることを止めたければ、私を殺すしかありませんが、この意味おわかりになりましょうかね。

解ったならもう二度と見に来るな。

狭山事件真犯人マニアは失せろ

当サイトが想定する視聴対象者の中に推理マニアは入っておりません。とか申してももちろん御覧になるのは自由ですが彼らの欲望を充足させるに足るコンテンツはたぶんもう何処にもありません。だから、推理目的が満足されなかったからと言って、そのことで不平や文句を言われてもそれはお門違いです。そうした人は丁度、狭山の現地事務所へ行って、ゲームアプリが手に入らんと言ってだゞをこねるのと全く同じように場違いです。聞きたくなくても聞こえてくる騒音や見たくなくっても見えてしまうわいせつ物陳列と違って、インターネットは自分で自主的に見に来るんでしょう。そうやって勝手に来た人が、内容的に意に添わぬものがあるとか情欲が満たされんとか愚痴をこぼされましても困りますし私の知ったことではござりません。どだい、自分と全く同じ考えの人間なんて厳密に言えば自分自身しかおらんのですよ。ですので真犯人推理という劣情を満たしたい人は、自分でそういうものをどこぞにこしらえたら良いのであって、赤の他人の作ったコンテンツに頼ってばかりいると、恥ずかしい愚痴やら不平たらたらのみっともない大人になりますよ。

自慰のネタを求める下等な真犯人変質者は、ヨソにもッてこいの推理サイトがあると思いますし、ソコにはマヌケな真犯人詐欺師がタムロしてると思うんで、不潔で猥褻な快感はそッちに求めて下さい。

わたくし自身はト申せば、インターネットは自分のサイトしか見てません。文章とか行間の出来具合を調整したりする為にね。サイト制作って、結構テマがかかるんですよ。だからあと時間切れで、ネット利用は本を買う時とか交通情報、それからネットバンキングとか株や為替の値段を見るぐらいかな。掲示板やSNSで真犯人の議論を聞く程、平和ボケしておりませんのでネ。

狭山事件真犯人「捜査官」ドツボに嵌る

最近『狭山事件差別デマ』へのツッコミサイトの中の、脅迫状の訂正や封筒に一旦封をしてから又切ったこと、及び営利目的誘拐説や複数犯の説を論じた頁に、おもしろいことが書いてありました。曰く「実際に残された証拠物に考えをめぐらすと、訳の分からないことばかりでドツボにはまる一方だ」

人間には、わけの解らぬこと、得体の知れぬ事物について、なにかしらの意味を付与したくなるある種の欲望があります。狭山事件の真犯人説とここで言うものも、こうした欲望の発露なのでしょう。たゞ、もともと無意味なことのいろいろを集めて、わけもわからずいぢくっていると、不必要かつ有害に事実をぐちゃぐちゃにしてしまうんですよ。

上のほうで、狭山事件を解りにくくしたのは人権や部落差別との関係性の指摘ではなくして、むしろ真犯人仮説によるあれこれの空想であることを明かにしましたが、真犯人マニアの書いたものや言うことの中に、「証拠」と言う言葉が殆ど出現せぬ事実と、アア言えばコウ言う図式で、グジャグジャの諸説なるものが無限に出来上がっている経緯が、それを証拠立てています。

前述したように、証拠とか証言とか或いは情況証拠とか(状況証拠と書かれる場合もありますが、正しくは「情況」証拠の用語が正しい)の刑事訴訟用語を、わけもわからず使っているからこうなる。ましてや伝聞法則だの悪性格の立証だの、被告人の証人適格やら要証事実と証拠の自然的関連性云々など、全く知らずに議論しておるんでしょう。結局は事件自体を全然解ってなくて真犯人は誰かれだと嬉しげに騙るようになるのです。これこそドツボと言わずしてナニをそう呼びましょうや。

あああとそれから、念の為に申し添えておきますが、上のようにしてご縁が無くなった真犯人捜査員たちのことを、いつまでも話題にされるのも迷惑です。今まで私と活動を共にしてきたような人でも、そうした話や悪口をぐだぐだとやる人も、ある意味じゃ同類にしか思えませんね。もうご縁が無くなったのだから、それで全て解決しているのです。これは、同じく切り捨てた真犯人議論の場所の話題につきましても同様です。そんな何年も前に済んだ話は、わたくしの知ったこっちゃないんでね。もうせんようにして下さい。

但し人間には個人の生き様に応じた個体差があります。つまり、狭山事件をいつ、何才の時に知ってどう興味を持つかは人それぞれで、この私は2000年ごろから関心を深め、石川一雄氏が冤罪と確信したところで自然と真犯人は何者だと考えたわけです(石川氏の無罪が、普通に言うところの狭山事件真犯人推理の条件です。そうでなけりゃ、犯人はもう答えが出ている事になり、推理なんて意味が無い事になりますから。もっとも石川犯人説の場合は別ですが、こっちは完全な差別者の完璧な差別推理です)。そうやって推理を開始するのが早かったか遅かったかだけの話です。だから最近事件に関心を持ったひとが推理をやりたがるのは仕様が無いでしょうけど。ですがこれも但し、推理は開始したらいつかは終了するものです。一生やって飽きないような遊びではござらぬよ。

それに、真犯人推理はお遊びにしても、今どき流行らない残念なお遊戯で丁度、西村ひろゆき氏がもうとっくに捨ててしまってよそで金もうけをしているのにまだ元の場所にへばりついてしかも金にもならないどぅぅうにもな連中と、いっしょなのです。頭は、生きてるうちに有効に使うもんです。(最近の情報によると、掲示板をサーバー会社側が乗っ取ったようですね。わしは西村氏を支持している。いずれにせよあらゆる掲示板のあらゆる個人ログは、例外なく、又場所によっては極めて迅速に、当方の手にも入るだけのネットワークを今日迄に構築し終ったことをお忘れなく)。

狭山事件真犯人詐欺師への今後の方針

斯様な経緯を辿った結果、当サイトに於ける狭山事件記述の殆どは、仮にもし本物の裁判に提出されても証拠申請可能な程度の事実関係を題材とすることによって、これらの事実を元として出来上がったそれぞれの頁と記述の正確性が確保されることとなりました。これによって、ほとんどの記載事実は、制作者としても自信を持って視聴者に読んで頂けるようになるとともに、これはむしろ視聴者にとって、個別事実及び検討結果の妥当性が確保されることになります。

今後の方針として、本体サイトに於きましては最初に言った通り、真犯人推理関係を含む内容粗悪なリンク元については独自のアルゴリズムを組み込んだプログラムによる自動的な規制を完全に実施すると共に、そのようなリンク元から来る者自体も粗悪な視聴者と看做されて接続規制が即座に発動されます。一度此の処理に引っかかりますと、永久に解除されません。

具体例としては「狭山事件犯人長男」「長兄現在」「長兄血液型」「狭山事件の真犯人は?」なぞのクエリを多用し、いつまでも同じ頁ばかり見る頓馬がこれの典型的な対象者となるでしょう。

又真犯人捜査員を差別するということは相手を人間と看做さぬことですから、この種の者らの人権はもちろんのこと生命すら少しも尊重しておりませんので以後十二分に気をつけて下さい。憲法で保証された人権や言論の自由は、寄生虫には適用しませんね。まそれはそれとして別の観点に於いて、憲法問題と狭山事件との関連性はまた別の機会に論じることもあるでしょう。

而して矮小な狭山事件推理と能力皆無でいい加減な役立たずの変態どもは一匹残らず粛清され、これによって、現在及び将来のサイト実態、と言うよりも現実の活動実態に即するものとすると共に、爾後増々一層、本来の目的と規定の方針に則った活動を実施する所存です。

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2011/02/26
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