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狭山事件現地調査2015年

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狭山事件の現地調査、2015年の報告です。それにつけても歳月の過ぎるのは早いもんです。ついこないだ、狭山事件半世紀などと思っておったような気がしますが。


狭山事件現地6月6日


予てお知らせの如く、6月6日に現地調査を実行しましたのでご報告申し上げます。


狭山事件を考える徳島の会


の、6月6日の現地調査に参加させて頂きました。2006年よりご縁あって現地での行動を共にさせて頂いてから早くも9年となります。と、言うことは、第三次再審の請求から9年、と、言うことでもあります。

狭山現地調査2015/6/6


狭山事件再審の状勢


現地見分をする前に、再審請求の現状について報告会議です。7月に裁判官(長)が交替する可能性があります。裁判長が交替すると、再審開始の可否に対する心証形成や証拠開示の方針が、前任者と変ることも考えられます。たゞし狭山事件の第三次再審請求をこゝまで見て来た感じでは、2009年の6月に門野裁判長が三者協議開始の方針を示し、12月には検察官に対し証拠開示勧告を出して以来、それ以降の各裁判長は概ね門野裁判長の意向を踏襲しているように思われます。

狭山事件の裁判長や裁判官が被告弁護側にいい顔をしておいて、無罪を訴えて争っていた二審の判決で

反省悔悟し、被害者の冥福を祈るとともにその遺族に対して謝罪の気持を表したことに違いはないのである(だから)一件記録に現れた被告人に有利な諸般の情状を考量すると、原判決が臨むに死刑をもってしたのは、刑の量定重きに過ぎて妥当でないと判断されるので

よって「温情」を示して罪一等を減じた寺尾判決の例があります。寺尾判決以降の上告や再審でも、その都度、無罪を言い渡すべき明かな証拠が新たに発見されたにも関わらず、いろいろの難癖をつけてそれら新証拠の証拠価値を否定してきた経緯もあります。第三次再審では、既に原判決(確定判決)の事実認定が依存するほゞ全ての証拠に対し、再審を開始すべき「明らかな証拠をあらたに発見」して提出されており、こちら側としてはこれで十分な証拠が出揃っていると言えますが、上のような過去の裁判所の態度や理屈を考えれば、更なる確実を期す為に、一層の証拠開示が求められる所以です。

証拠の開示と同時に是が非でも求められるのが鑑定人尋問です。狭山事件の判決や決定に特徴的なのは、裁判官自らが筆跡や工学や法医学の鑑定人に勝手に「就任」し、専門家が行った鑑定を却下して来たことです。専門外のことがらを判断するのに、専門家の意見を聴くのは必須なのに、手前勝手な素人判断つまり「推理」をやってやっつけ仕事をやったわけで、第三次ではこのようないゝ加減な推理を狭山事件司法の場から排除すべく、鑑定人に対する尋問つまり事実調べが強く求められているのです。他の再審無罪事件では再審決定の前に、徹底した証拠開示と同時に、事実調べが行われていました。


現地見分


午後2時ごろからは現地調査です。此のサイトからは全部で8人が参加しました。3月に現地調査をやって、15人以上の参加を頂いたばかりでしたから、経験則的に言って今回は少人数の見込みを立てておりましたが、考えていたよりも多くの方々に参加して頂き、まことにもって恐悦至極に存じ上げ奉ります。

狭山事件現地6月6日

第三次再審で開示された録音テープなどの決定的新証拠も踏まえ、自白の解説にも力が入り、既に活動をしている人は一層の奮励努力を決意し、初めて来てくれた方にも解り易い現地調査が出来たことと存じます。尚、参加メンバーから、トップページあたりに高裁前要請活動の日程を織り込んで欲しいとのご要望がありましたから、なるべく早急に対処致します。それから、やはり参加された方より、今度、被害者Yさんの事件当日の下校後のルートを歩きたいとのご要望もありましたので、そちらは今後歩き易い時期を見計らって、また計画する所存です。なるほど狭山事件の具体的なイメージを形成するためには、たまにはそっち方面の現地見分もあって良いでしょう。

末筆ながら徳島の皆さまと、毎回伝言をお願いしている弘瀬様に、篤く御礼申上げます。


狭山事件現地3月15日


3月15日の現地見分を実施完了しました


狭山事件現地に16名


参加した人は16人です。遠いい所で申せば神戸のTさんご一行4名様。佐渡・新潟県で活動しているTさん。大阪のYさん・Hさん。山梨からいらしたT様ご一行2名様。です。

2015/3/15狭山現地調査

狭山現地で石川さんに会おう


席上、いくらか感想を頂きましたので、いくぶん感想を書かせて頂きます。神戸のTさんから、ノジマさん経由で送って頂いた感想です。

狭山事件の現地調査から一夜明け、狭山再審を求める市民の会・神戸の仲間たち4人で東京高裁と高検へ。裁判所では言葉が出なかった高校生のM君が高検で言ったことは「自分が石川さんと代わっていたら何を思うか」ということだった。そして彼は言った。「石川さんは30年も刑務所に入れられて人生を過ごした。だからこそ、今、再審というやつをしてほしい」。「自分が石川さんと代わっていたら何を思うか」を考え、石川さんになりかわって再審を求めたM君に心からの拍手を送りたい。「貧しく、学校にも行けなかった家庭環境が石川の人格に影響を与えたことは想像にかたくない」として石川さんに死刑を宣告した埼玉地裁・内田裁判官は、今日のM君の思いによって永遠に糾弾され続けるだろう。いつか必ず、「貧しく、学校にも行けなかった」人々の手で、狭山再審を成し遂げ、この世に平等を実現する日がくる。

このMさんも最初は、一雄さんが犯人なんじゃ、と思っていたと聞きました。しかしある時、一雄さんに会う機会があって「この人がやっている筈がない」と確信するようになり、狭山の現地へ来たそうです。実にわたくしは、そう言った方にこそ是非、参加して頂きたいと思ってやって来た経緯があります。

私など、十年前までは、いくらか本を読んだ結果、もう石川一雄さんの無実を確信したつもりでしたが、それは実は本当の確信ではなかったのだ。なぜならば、ちょうど十年ほど前に、初めて石川さんにお会いして(それまで集会などの場で遠くから話を聞いたことはあったが)それでこの現地調査の実践を開始したからです。つまり、真の確信は必ずや行動に現れるものです。逆にいうと、行動なきうちは本当の意味で確信に達しておらなかったわけです。

3/15狭山事件現地記念写真

書物を読む行為は、自分の人生では実体験出来ぬ事柄(たとえば歴史上の事象であるとか、自分の専門外の高度な知識など)を理解する為に必須ですが、実際にそこへ行けば体験可能な事柄は、本に目を通したあとでも良いから、是非やってみるべきです(もっとも、今シリアに行く体験とか、それから「冤罪体験」とかはやはりしないほうがいゝです)。書物によって得た知識と相まって、実地に見分することが知識への理解をより深くするがゆえにです。この現地見分と称するものも、そうした体験的知識を広く共有していただけるようにやって来たものです。

然り、本を読んだりしただけでは本当の意味で身に付かぬことがあります。ましてや「ネットで調べたから知ってます」じゃ話になりません。何もタイムスリップをしなくても体験出来ることは、体力と時間が許すならばそこへでかけて体験すべきと思うわけです。


ネット上の狭山事件情報とは


ところで石川さんは犯人だろうと最初に思うひとがいるのは何故でしょうか。上述のMさんのようなケースでは年令から言って、本件当時の「こいつが犯人だ」的な報道は未体験なことは明かです。そうした出版物も皆無です。そうなると後は、判決が一応有罪で確定しているからか、もしくはネット上の一部にある、狭山事件有罪説のいろいろを嘘の根拠で塗りたくり、人を騙そうとするもぐりサイトの存在が考えられるでしょう。

ちなみに、そんなサイトを見て義憤を感じ、狭山事件が冤罪ではないかの如き差別的なデマを糾す頁を作成された方も、今回(通算三回目の)参加をされていました。

で本件に限らず、ネット上には玉石混淆の情報が溢れております。従って、どれが正しいかを自分で検証する判断力が求められますが、大袈裟に申せばそうした検証を広く一般に公開している場が、この現地調査です。ですので、今後とも、この事件を余り良く知らずましてや石川一雄さんに会ったことがない人こそ、どしどしと参加して頂きたいと、これはそう思っております。

わたくしの見解によると、狭山事件と石川一雄さんのことに限らず、ネット上の情報のうち99%までが詐欺か、まあそこまで行かなくともちょっといい加減な知識で書いてあってそれほど高度の特信性を有さぬ頁か、たんなる個人的な感想や思い出や愚痴を綴った頁と思ってよろしいでしょう。これは検索順位には無関係の場合もあります。それでもたとえば「狭山事件」で検索をすると三十何万件とか出てきますから、それの1%が特信性を有するとすれば三千件程度は信頼するに足る頁があることになりますが。ネットを主な「知識源」としてる方は、今後それを改めると同時に、ネット利用に於けるそうした危険性には、十二分な認識と注意を払って頂けたらと存じます。そうして狭山事件と石川さんのことに限っては、此の現地調査にお申し込み頂けますと幸いです。またやりますから。

3/15狭山事件現地記念写真

狭山事件の自白は何故か?


無実の人がやってもない犯罪を「自白」する筈がないと言う素朴な信仰があります。石川一雄さんも、取調べで自白をしてしまい、それを一審の裁判で維持していたことから、そう思うひとも居るでしょうし、第一確定判決となった寺尾判決がそうした論理に基づいて書いてあります。

特に裁判での自白の維持は、「公判廷に於ける自白」と言って、特別の任意性を認定され高度な証拠能力があるものとされてしまうのです。これは裁判官の面前でなされたこと、法廷が取調室のような取調べ圧力が不在な場所であること、などによるものです。

今では、石川さんが何故自白してそれを裁判でも維持してしまったのか、その理由はこの事件に関わっている人なら皆知っていますが、捜査段階から寺尾判決に至るまで狭山事件の主任弁護人だった中田直人弁護士は、二審第61回公判に於いて自ら証人として臨み、捜査に当った警察官や検事によって、弁護活動が邪魔されたこと、二審で全面的な支援を受けるようになるまでは、殺人犯を弁護するのかと書いてある脅迫状が毎日のように事務所宛に来ていたことを証言しています。それでも、中田弁護士や橋本弁護士らは、捜査段階から無罪の確信を持って活動していたから、私は非常に高く評価しております。

so-4.jpg

神戸のTさん+大阪のYさん


狭山事件と政治の「嗜好」について


この人達が弁護人を辞任せざるを得なくなったのは、これも御存知の通り政治的対立に巻き込まれた結果です。石川さんが悪いのでもありません。それで、過去の狭山事件裁判に於けるこうした事実の存在が、私が政治的な「嗜好」を出したり出されたりすることを極度に忌避している所以です。

但し世の中には、そうぃうのを出さないと気がすまぬようないわば本能を理性で抑えるのが難しい矯正不可能なひとが居るのは確かですし、本件に関わろうと決意した瞬間から、今でもそうした事実がふんだんにあることは初めから解りきったことでしたから、別にそうした事実を見聞きしても今さらなんにも感じませんが、たゞ、石川さんの無罪を目指す闘いとは直接的には無関係のことがらを余り言うと、今狭山事件を知らない多くのひとをこういう現地調査に呼ぶのはだんだん難しくなることは再度、指摘させて頂く所存です。

もしかすると、自分とほかの活動者と共通しているのは、狭山事件が部落差別に基づく冤罪で、石川一雄さんが無実だと言う確信だけで、ほかは全部ことごとく違うことだって十二分に有り得ますが、これだけを共有出来れば私はそれで十分です。

むしろ「人間は皆同じもの」と見て、いささかでも異なる考えを持つ者を白い目で見たり排斥したり、或いは半強制的に同調を求めるのは、相手がもう明かな犯罪者であるならば兎も角、それこそが「差別」そのものなのだと。今日までこの現地調査に沢山の一般個人が参加出来たのは、こうした二の次三の次の課題を不問に付し、人種、国籍、宗教、思想信条、支持政党、性別、年令、社会的身分又は門地等を、一切問わぬ姿勢を堅持して来たからです。

私がやる現地調査には、どんな人が来るのか、会ってみなければ一切解りません。これが、あらゆる個人に対し限りなく敷居を低くして多くの人々に本件を伝える為の、条件です。


狭山事件や石川さんを知らない人の為に


若い世代、或いは、ある程度の年代であっても刑事事件や刑事裁判などにそれほど関心がないような方になると兎に角、本件の存在自体を御存知ない人が多いのは明かです。そうした人々にこの事件と石川さんの事を広める作業は、仮に再審無罪が勝ち取られた後になっても、必要なことです。なぜならば二度とこうした冤罪を起こさせぬためです。よってわたくしは常に、外へ向って本件を拡大することを、考えて実行してゆく所存です。どれだけのことが出来るかは別としてですね。この活動は、自分以外のひとが何をしているか、言っているか、或いは、やっていないか(そしてそれが自分の「嗜好」に合っているかどうか)ではなくして、おのれが、何をするか、していないか、出来ないか、それを「考えて実行」することでしかないと思います。そして、その実行のひとつが、はばかりながら、此の頁にご報告した現地で石川さんにお会いする活動です。

あと、チョット、どうでもいい現地感想と致しましては、どうもその、わたくしを、〇〇米英語のヨコモジで、なにやらコソばゆいような渾名で呼ばれてあらしゃる方がござっしゃるような風聞を、小耳にはさみました(昔のハンドルネームも同様)。畏れながら此処に於いて、わたくしのささやかな要望を申し上げますと、まあそういうのは現場に於ける身内同士の中だけにして、どうかネット上を含む公の席上では、ご遠慮頂けますと幸いであります。ト申しますのは、自分で自分に新たな名前をつけて呼ぶ趣味は私にはありませんし、親以外の人に新たな命名をして頂くのもチョット、ト、いうような「嗜好」が私にあるせいです。名前は、親に頂いたもので十分でありんすヨ。まあコレは本件には無関係です蛾。

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2015/06/07
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