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狭山事件秘密の暴露

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狭山事件の真相を制し、冤罪を明白にしているのが、秘密の暴露にまつわる証拠関係で、これまで、既に腕時計・万年筆・鞄の各物証については、無罪の新証拠が提出されている。

狭山事件と秘密の暴露

5月23日の集会で発表されていましたが、もうじき第14回目の三者協議がある。7月29日に再審の活動者会議があるので、その時に、ある程度のなり行きが解る事と思う。

秘密の暴露の関係証拠と狭山事件再審

狭山事件無罪の闘いである再審請求ではやはり、秘密の暴露と言われるものについて、どのように反証を形成して行けるか、が主要な課題となっている。そしてその知識は、裁判所での請求審の場だけでは無く、我々素人の一般人が狭山事件を拡大して行く時にも必要となって来る知識だ。何故ならば狭山事件を良く知らない人にも、これだけの有罪の証拠があり、それに対するにこれだけの無罪の証拠があって十二分に有罪を覆せると言う事実を、説明すべきであろうし、もし有罪方向で疑問があった場合でも、その事を書証(ある事実について書かれてある具体的な書類、調書の類)を以て示す能力と知識が必要となるからである。

再審請求では、再審を開始するかどうかを審理する請求審と、再審開始を決定した後の再審公判に分かれている。狭山事件では一次と二次の再審請求とその他に行なわれた上告や特別抗告も書類審査だけだったが、現在の第三次では裁判官、検察官、弁護人による三者協議が行なわれている。

法律上の制約があるのでならぬ事はならぬのは仕方が無いけれども、上に述べた理由で支援運動の側も、根性や熱意に加えて、知識も必要であるから、今回も可能な範囲内では情報開示を期待したい。

狭山事件に於ける秘密の暴露

秘密の暴露とは、あらかじめ捜査員が知り得ぬ事実で、真犯人にしか知り得ない事実を自白し、客観的事実が合致したものを言う。本件には5点の秘密の暴露がある。それは

  1. 被害者のカバンを自白に基づいて発見したとされた事。
  2. 被害者の万年筆を上同様。
  3. 被害者の腕時計が上に同じ。
  4. 脅迫状を届けに行く途中、自動車に追い越された。
  5. 同じく脅迫状配達時、被害者方東方に自動車が駐車していた。

1から3は三大物証と言われている。4と5は捜査の結果、同時刻にそれぞれその自動車の存在があったとされている。もっとも5番目は確定判決の重要項目にはされていないが、脅迫状を届けた事の補強証拠となっている。

三大物証については、今までにも可也の反論や検証が本の執筆者も含めて一般人の間でも行なわれて来ている。

狭山事件三大物証

狭山事件と鞄については、もともと発見当日の自白調書を読めば、鞄や教科書の捨て方や発見地点が自白と違っていて、これを秘密の暴露と呼ぶには相当な無理があったが、既に鞄を捨てた経路についての新証拠が出されている。狭山事件被害者の腕時計は、開示された捜査報告書によって、発見した場所がすでに二日間の捜索で捜されていた事が解っている。捜したのなら何故見つからなかったのか、と、言う万年筆と同様の疑問だ。加えて、発見された腕時計の革バンドの鑑定で、時計自体がそもそも被害者のものでなかった可能性が大きくなって来た。狭山事件と万年筆の関係についても従来からあった発見時点の疑問に加え、被害者がわざわざ放課後にインク補充する理由はなく、もし敢えて補充したと主張するなら納得のゆく理由を提示してそちらの証拠を示すのがスジだ。

自動車について見てみると、5の駐車車両について、一審の証言では午后7時ちょっと過ぎから40分位の間となっていたので、有罪の情況証拠として採用されているが、2013年1月の三者協議で運転手の捜査報告書の一部が開示された様子。それによると、運転していた人が車を停めていたのは午后5時半〜6時頃となっている。すると駐車時間帯は脅迫状の配達時刻とは一致しない時間帯だった事になる。既に同証人(運転手)は一審の証言に於て「その頃、雨はいくらか降っていたように思う」旨を述べている。この証言通りであると、脅迫状が届けられた時刻の雨は、ワイパーを使う必要のない程の雨だったので、そもそも雨の状況がくい違っていた。

このように旧証拠と新証拠を総合して検証すると、今までと違う事実が見えて来る。そして新証拠とは言い条、実は既に検察官の管理下にあり、たんに開示されていないからそのような事実は無い事になっている状況を考えれば、一層の証拠開示が求められる。それが、狭山事件の真相と謎を解き明かす鍵となる。

狭山事件の証拠開示請求

弁護側が、ただやみくもに証拠開示を求めてそれが通るわけでは無い。ではどうやって証拠開示を請求しそれを実現するのか、その事について追記。

控訴審時代から、検察官手持ちの全証拠を開示するよう求めていたが、検察官は「証拠の標目をある程度特定されれば別であるが、全証拠の開示と言う事では応じられない」とし、裁判所も全証拠開示を命じなかった。開示の法的根拠が無いからだ。その為に今、証拠開示の立法化の為の署名活動も行なわれている。ただ立法化には時間がかかりそうだ。

そうした中で証拠開示をどう勝ち取って行くのかについて、以前狭山の現地集会で河村健夫弁護士から、或いは弁護団事務局の方へ行った時だかにも聞いたような気もするが、大要次のような方法だと言う。

既に開示されている証拠を精査する事により、他の証拠(調書、捜査報告書など)の存在が類推出来る。それから、以前にも掲載したように、証拠類には番号が付けてあり、その欠番部分には開示されている証拠と類似の証拠が存在する事が考えられる。この方法で証拠の標目をある程度特定してその開示を請求する。

狭山事件と個人情報の問題

再審に於いて検察官が証拠開示を拒む理由のひとつとして、第三者のプライバシーの問題がある。これは例えば狭山事件では筆跡資料があるとしてそこに第三者の名前が書いてあるとか、筆跡そのものが捜査過程で収集された第三者のものだとか、或いは筆跡以外では被害者に関する何らかの捜査資料とかこういった事情が考えられる。ありていに言って、再審のための証拠開示であれば、第三者の筆跡は不要であるから、つまり必要なのは石川一雄氏の狭山事件当時の筆跡だけであるから、個人情報はそう問題なき事と思われる。二審の公判で石川一雄氏は取り調べ中に脅迫状から写したものを沢山書かされた旨述べていた。脅迫状の写しであれば個人情報は全く問題外である。

追記:その後、プライバシーの問題が想定される証拠類については、裁判所が一旦これを預かりとし、開示の可否を裁判所が判断するしくみ=いわゆるインカメラ方式が採用された=2014年。いずれにせよ証拠物は、それが原審に於いて開示されていれば果たして有罪の認定をしたか否かの観点から再審事由となる新規明白な証拠に当る可能性大なのであるから、特段の問題なきものは開示すべきものである。特に狭山事件のような昔の事例に於いてこれが相当する。

狭山事件の少時様

サイト更新=公判調書覚書に、二審41回を追加しました。二審の昭和45年段階で既に弁護側の調査により、狭山事件当時の狭山警察署管内に「少時」と言う名前そのままの人物が存在した事が明らかにされています。この方面の捜査をしたのかしないのか、竹内署長の証言はしなかったようになっていますが、していなければ怠慢、捜査不備であるし、していたが公判維持に不利だから出さなかったのか、いずれにせよ脅迫状の真相にとって重要な事実です。又、狭山事件少時様の捜査としてその後県警本部若しくは狭山署が当該の少時様を調査した件について追加を作成してあります。

狭山事件には、少時様の件も含めて、捜査段階や一審の段階に於ける早い時期に、もっと強力に捜査をしておれば解明されたであろう事実が多々あります。これらの謎が多少とも解明されていれば、少なくとも後々あれこれと議論に迷う事は無かっただろうし、良くすれば誤認逮捕や冤罪の発生も防げたと思うものです。

6月13日 狭山事件の真相記者会見

トップ頁にも張っていたけど、外国特派員協会での石川一雄氏の記者会見がリンク先にある。元もと3、40分の内容だったのを重要な論点に絞って4分20秒になっていた。そのぶん解り易くなったと思う。

佐野屋付近の畑から採取された足跡と、第一次逮捕が行なわれた5月23日家宅捜索で押収された兄の地下足袋が、鑑定の結果一致したことなどを聞かされ、実は完全なアリバイがあった兄を犯人だと思わされ、そのことも自分が身代りとなり自白に至る重大な動機となった話をされている。狭山事件足跡鑑定で検討したように、この現場足跡などは全然、兄の地下足袋と一致していなく、それどころかこれが本当に犯人の足跡なのかどうかすら本当は証明されてないのだが。

また取調官が夕方5時になると腕時計を外してしまったこと。取調べそのものは深夜まで続き、その時刻は一日の調べが終って留置場に戻ると、留置場のウラの家から「南妙法蓮華経」が聞こえて来る。そしてその家のものかどうか、柱時計が2時を打つのが聞こえたから、毎日何時まで取調べられたのかが解った。

翌日それを取調べ官に話してしまったら、その家に何か警察から含めるところがあったのか、その夜から石川氏に時間が解るそれらの音が聞こえなくなってしまった。

そういう、もう50年近く前の裁判(二審の公判)で被告人質問として述べられた事柄を、生の肉声で聞いてみると、あらためて狭山事件そのものと、50年という歳月の重さが感じられる。

狭山事件と筆跡

ところで時々石川氏の無罪を疑う向きからは、狭山事件の脅迫状と上申書の筆跡が似ていると思うとか、或いはその上申書以外の手紙等の文書を見て、やはり似ているようだと言っている者も居るが、何のために筆跡鑑定があるのか、また、なぜ筆跡に限らず様々の鑑定書が専門家によって上梓提出され、争点になるのか、多分理解出来ていないと思う。推定無罪の原則も合理的疑いを超える証明もその言葉すら知らないのだろう。素人が真犯人を推理したり想定したり、筆跡が似ていると思うとか真犯人らしいと公言して有罪と決める事が出来るのなら、警察官も裁判官も鑑定人も証人尋問も不要である。

その狭山事件当時の警察ですら当然、似てるような気がするなどというふざけた理由で逮捕出来なかったのは勿論だ。逮捕前後にかけて、筆跡鑑定を2通用意している。それを疎明資料として石川氏の逮捕状を請求している。但しそれらの鑑定が果たして正しかったかどうかが争点である。それらのプロによる怠慢、若しくは悪意を持った捏造の可能性も考えられるが、それをここで断定するのはやめておこう。

尚、上記の筆跡についての論点、即ち関源三宛昭和38年9月6日付手紙その他は既に2005年の特別抗告棄却時の理由としても示されているが、棄却前に意見書を提出する旨、裁判所との間で期日の約束があったにも関わらず、その期日の前に抜き打ち的に抗告棄却となった事、その通知を何と普通郵便で送って来た事等は既に周知の通りで、つまりそれらの筆跡対照資料は弁護側に於いても既に折り込み済の証拠。今さら外野から指摘される筋合いは無い。

いずれにせよド素人が推理可能なほど現実の事件は簡単ではない事を、しつこいほど言って行かなければならないようだ。筆者もそのド素人の一人なので、専門的な事柄は聞ける人に聞いた上で、それでも限界を逸脱する事項について記す事は、そこへ到達した時点で自制している。筆者が裁判員制度に反対なのもこれらの事に多少は関わるが、別の理由もあるからこれも詳細は此処では差し控える。

そしてこうした事柄も含めて、筆者にネット上での議論は不要。その理由は当サイトの初期からの視聴者には今さら説明するまでも無いだろうし、例えばこの頁も一応ブログを利用しているのにも関わらず、何故にコメント欄を全然設けていないのか、それで一目瞭然。

狭山事件を揶揄する差別団体

ちょっと話はずれますが、前にこの欄でも書いたような気がする新大久保の非国民だか人民の敵だかがやるデモに在特会とか言う匿名ヲタクも関係しているらしい。狭山事件についても差別者の代表を気取って何か書いているらしいが検討は不要。いずれにしろ匿名と言うことは後ろめたいことがあるのだろう。

やっている内容如何を問わず、戸籍謄本に記載の氏名または実在の団体名と所在地を公表出来ない者若しくは団体を相手にすることは不要。そうした団体とその構成員も無論不要で絶滅対象。新大久保のデモにしても烏合の衆に過ぎない。匿名の小人が大勢あつまりゃいいと思ったら大まちがい。筆者一人が所蔵の長ドス(日本刀の通名)を持ってそこへ行っただけで、全員逃げ出すでしょうよ。ぱっと見て、特に悪質そうな者二、三人を斬るのもいい。しかしそれを筆者が今やらないのはただ、どうも先の短そうな人生の中で、優先順位をつけているからです。命が惜しいからではありません。筆者は社会的活動は、少なくとも今は、石川さんが無罪を勝ち取る迄は、狭山事件しかやりません。そういうことです。

何ごとによらずこれからの残りの人生に於て、筆者に必要な事は問答無用の不言実行ですよ。


狭山事件と養豚場

今まで様々な狭山事件推理の俎上に乗せられて来たいわゆる養豚場説について、公判調書をもとに検証しました。石川さんほか3人の関係者が逮捕され、しかも本件起訴が石川さんだけだった事実とその理由の検討、および昭和38年9月4日付「検察官証拠請求目録」の存在とその記載内容から、狭山事件当時の養豚場関係者についてほぼ事件には無関係という結論を得ました。

特に自殺したとされる石田登利造氏は狭山事件の真犯人に推理によってでっち上げられ、この人はけっこう暴れ者の評判が高い人でしたが、そうであれば尚更、この人物に警察が目をつけぬ筈は無く、しかし実際に別件逮捕すらされませんでした。5月1日も弟と一緒に入間川の基地へ残飯あげに行っていたことは明確で、要するにアリバイがあり、質の悪い推理などで真犯人扱いされて来たがアリバイを打ち破る証拠など皆無です。更に養豚場関係のアリバイについて記載。

そもそも素行の悪さや、仮に前科ものであったとしても、それらのことは狭山事件の被疑事実について何の証拠にもなり得ません。被疑者や容疑者の逮捕まえの素行や前科を現在問題にしている犯罪事実の証拠とすることは「悪性格の立証」と呼ばれ、これは完全に証拠禁止とされていることです。推理なるものが如何に知識に基づかず、杜撰であるかの証拠が、養豚場説に現れています。

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2013/07/13
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