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狭山事件万年筆の新証拠

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狭山事件第三次再審請求では、有罪のもととされているほゞ全部の論点について、既に無罪の新証拠が出揃っているが、此処に又ひとつ、追加された。

狭山事件万年筆の新証拠を提出

万年筆は狭山事件の確定判決が、自白を離れて客観的に存在する証拠として掲げている証拠のひとつだ。それにつき、更に無罪の新証拠が提出された。万年筆の問題に関しては、もう此のサイトでも公判証言などで取り上げてあるが、いずれ有罪無罪を問わず全証拠を精査した一頁を設けなくてはならぬようだ。

第三次再審で三者協議が開始され、第二回協議で証拠開示勧告の後、少しずつではあるが証拠開示が進んだ結果、狭山事件無罪の新証拠が続々と提出されて来ている。去年の暮れ=2013年12月25日には、弁護団は石川一雄宅の家宅捜索で鴨居から発見された狭山事件の万年筆に関する新証拠を高裁へ提出したようだ。

第三次再審では既に、筆跡関係で半沢第二・魚住第一第二・遠藤第一第二・小矢野・小野瀬第一第二・佐竹の各鑑定書、三号足跡の三次元スキャナを用いた山口・鈴木鑑定書=狭山事件足跡鑑定、スコップの付着土壌に関する大橋第一第二意見書など、多数の鑑定書と新証拠が提出されている。万年筆についてはも既に、筆記用具について齋藤鑑定、ペン先の使用状態についての意見書があったが、今回はインクの使用状況についての鑑定が出た。

狭山事件万年筆のインク鑑定

秘密の暴露とされ、三大物証のひとつと言われる石川宅で見つかった万年筆については、二審の時に検察官が開示せざるを得なくなったインク鑑定によって、発見された万年筆のインクと、被害者がいつも使っていたインクとが違うことが明かになった。今でこそ狭山事件の被害者善枝さんが愛用していた万年筆インクがライトブルーで発見されたほうにはブルーブッラックが入っていたことが解りきったことのように言われているが、実は二審の最中にある意味偶然とも言える感じで判明したのだ。

と申すのは、狭山事件の脅迫状の訂正部分が一審で事実認定されていたボールペンではなく万年筆を含む先が二つに割れたペン様の筆記用具で書かれているように観察されたため、脅迫状がすべて同じ筆記用具で書かれたのかどうか、もしボールペン以外のもので書かれたならその種類は何か、及びインクの種別について、弁護人が事実取調請求を提出していた。

このとき裁判所は、弁護側の請求内容に加えて、石川一雄被告宅の鴨居から見つかった万年筆が脅迫状を書くのに使われたかどうかを鑑定する旨、検察官と弁護人に告げて両者の意見を求めた。すると検察官は、インクの種類については従来争点になっていなかったので今まで言わなかったが、発見された万年筆のインクについて「捜査の過程で、この万年筆が被害者のものであったかどうかを明らかにするという観点から鑑定」した事実を初めて明かにしたのだ。このインク鑑定は「荏原鑑定」として知られることになる。この時の裁判でのやり取りは「狭山事件脅迫状鑑定命令」として記録してある。

現在当たり前の事実となった発見された万年筆と被害者のそれとのインクの違いはこのようにして判明したものだった。そして上の荏原鑑定で使われた被害者のインク、郵便局のインク、級友のインク(などの瓶)は、これも今の第三次再審請求になってからやっと証拠開示されたが、これらのインクは発見された万年筆のインクが被害者のものと違うので、別もののインクを補充した可能性を追究するために領置されたものだ。結果、確定判決では郵便局か級友のインクを補充したと認定され、だから中身のインクが違っていたのだとされた。

万年筆の齋藤鑑定

万年筆と、これに関連するインクと、脅迫状の指紋の問題については、第二次再審請求から現在に至る迄の間に、第一から第七まで一連の鑑定が提出されている。齋藤鑑定がそれで、この鑑定を行った齋藤保氏は警察の元鑑識課員。

第一鑑定では、一般に紙類には指紋が付着し易く、脅迫状から石川一雄氏の指紋が検出されていない事実は、犯人性が否定される事を示し、脅迫状の検査によって、軍手様の布目痕を発見し、ボールペンで書かれたものと見られていた「少時」が万年筆で書かれた事を明かにした。

第二鑑定=「少時」の背後には一度書かれて消された筆圧痕がある。この筆圧痕は捜査段階の筆跡鑑定である「関根・吉田鑑定」で既に「潜在文字」として認識されていたものである。狭山事件の発生当時はまだボールペン用のインク消しはなく、これらの抹消文字は万年筆で書かれたと考えられる。訂正後の宛名「中田江さく」は水に濡れて滲んでいる。一般に、水に濡れたものから指紋が検出される事はないから、被害者の兄と警察官の指紋が検出されている脅迫状は、発見時に濡れていなかった。中田江さくの文字が濡れていた、と、言うことは、この字が雨が降っていた事件当日に書かれたのではなく、事件以前に既に書かれていた事を示す。第一鑑定で発見された軍手痕は二種類の軍手によるもの。

第三及び柳田鑑定=刀剣鑑定士の柳田律夫鑑定人との共同鑑定で、多方向から撮影した写真をコンピューター処理した結果、封筒の「少時」周辺の抹消文字は「女」「死」などが書かれており、これらは全て万年筆で書かれている。

第四実験鑑定=石川一雄氏を含む三人の被験者が自白及び確定判決の事実認定通りの手順で脅迫状を作成する実験を行った。この結果、多数の指紋が付着し、石川氏が犯人ならば対照可能な指紋が検出可能である事、脅迫状と封筒から発見された指紋痕は全7個だが、これらは発見した時や駐在所に届け出た時に手に持った状況を考えに入れれば、全て家族と警察官によって付いたものである事。

第五鑑定=少時の背後にある筆圧痕「二条線痕」は、万年筆のような先が二つになっている筆記具によるもので、少時が書かれる以前に別の文字が書かれ、それを消した痕跡である。

第六鑑定=狭山事件の当日午前に書かれた被害者のペン習字と脅迫状の「中田江さく」を比較すると、ペン習字には文字のかすれが一切ないのに対し、中田江さくには随所にインクのかすれや途切れが存在する。そこで発見された万年筆と同じ品を用いて筆記実験をしたところ、インクを補充せずたゞペン先を浸けただけでも、脅迫状にある万年筆使用箇所以上の筆記をかすれや途切れなく書ける事が判明した。つまり脅迫状は発見万年筆を使ったものではない。それに、万年筆はインクが補充された事になっているが、そうだとすると、ますますインクの途切れやかすれは起こり得ない。更に齋藤第七鑑定によって、「中田江さく」が犯行日以前に書かれたものであることが実証された。又、川窪鑑定により、脅迫状本文の訂正箇所は、発見万年筆よりも太いペン先を持つ万年筆になる物である事が明かとなった。

狭山事件の新証拠 万年筆の書写実験

そこで今回の新証拠として、上告審段階で開示されている被害者の日記に書かれた内容から、被害者が4月27日に自分の万年筆にインク=もちろんライトブルー、を補充していたことが明かなので、弁護団としては、この日から狭山事件が発生した5月1日までの間に被害者が万年筆を使ったのと同じ期間と文量を書いた筆記実験を行った。その結果、事件の日まで万年筆を使い続けても70%のインクが残り、郵便局や同級生のインクをわざわざ補充するのは不必要だった事を明かとした。

従来から此の狭山事件の発見万年筆については、自白によって発見されたと言われるが発見場所の石川方鴨居は発見前に二回行われた家宅捜索でも既に捜していて発見されなかったことと、発見時の鴨居に置いてあった状況を写真に撮らず、石川氏の兄に素手で持たせた写真を撮っているのが捜査のやり方として不自然である事などから、もともと鴨居の上に万年筆など無く、三回目の家宅捜索で何らかの工作が行われた疑惑があった。又、中身のインクが被害者の使用インクと違うこと、科警研のペン先の鑑定では使用回数が極少ないものとの結果だったこと、などから、発見されたものが被害者の万年筆ではなく要するに偽ものとの疑惑もあった。

上に見た新証拠により、被害者の万年筆使用法ではインクを補充する必要がなかったとすれば、発見された証拠品の万年筆はやはり被害者のものとは言えぬことがますます明かとなる。

万年筆の狭山事件旧証拠

再審を開始すべき理由、刑訴法435条の所謂「六号事由」は、確定判決の事実認定に対し合理的な疑いを抱かせるに足る新規明白な証拠を言うが、再審開始の是非は、新証拠と、公判手続に於いて審理を経た旧来の全証拠との総合評価により判断されるべきものとされる。

斯様な意味で、証拠としての万年筆についても従来からの疑問点、たとえば使用回数が極少ないものであるとの科警研の鑑定、万年筆の捜索・発見過程の問題等、二審法廷までに審理を受けた事項についても、この際これらの証拠関係について良く知っておくことも必要となる。

狭山事件万年筆の論点

これら、総合評価の対象となる旧証拠の論点は、第一に万年筆が発見された鴨居は発見前の家宅捜索で発見し得た非常に見つけ易い場所だった事実がある。狭山事件の裁判では寺尾判事以前の裁判官は裁判所の現場検証で現場鴨居を見ていた。それ故に、一審の認定ではこの鴨居は人目につき易い場所とされていた。だが寺尾裁判長になってから、現場検証請求を却下してこの場所を見る事はなかった。結果、鴨居の上に乗った万年筆の視認性について一審判決とは正反対の事実認定をしている。

第二次再審で、石川一雄宅の家宅捜索をした元捜査員7人が万年筆発見以前の捜索で鴨居も確実に見たと証言したが、昔のことで記憶も曖昧だとして却下されている。7人もの元警察官が警察の方針に敢えて逆らうような証言をしたにも関わらず、しかもその全員を認知症扱いしたわけだ。

万年筆は被害者のものか

被害者方の長男の証言によれば、妹の万年筆を借りて使っていたし、万年筆は被害者が中学生の時に買ったものだから、被害者本人もそれなりに使っていたわけだが、科警研の検査によると発見された万年筆は使用回数の極少ないものだった。発見品からは、表面はもとよりインクを補充する時の内部のスポイト部分からも、石川一雄氏のはもとより被害者本人の指紋すら検出されなかっった。スポイトには金属部分もあり、極めて指紋が残留しやすいと見られる。こうした事実から、旧証拠上も、この証拠物が被害者のものでなかった事が指摘されていた。

万年筆は脅迫状作成の道具?

文書を書くにはそれ相応に道具や材料が必要だ。まず紙。それから筆記用具。狭山事件では、脅迫状は基本、ボールペンで書かれ、いくつかの訂正部分がつけペンや万年筆のようなペン先が二つに割れた筆記用具で書かれたことが解っている。前述のとおり、発見された万年筆は最初は、脅迫状の執筆には関わりのないものとされていたのだが、二審の途中で訂正場所が上の通りペン様のもので書かれたと判明した為、此の被害者のものとされる万年筆が脅迫状の訂正にそのまま使用されたものと認定されて今日に至っている。

脅迫状の訂正したところが万年筆かそれに類するペンのようなもので書かれたのは確実だが、厳密に言って発見万年筆がそれに使われたかどうかは、そうであるともないとも断定は出来ぬ。

むしろこれからの万年筆の論点は、それが本当に被害者の所有していたものであったのかどうかであろう。

狭山事件の脅迫文を書くには

もうひとつ、絶対に外せないのが、もし石川一雄氏が真犯人ならば、狭山事件の脅迫文を執筆するにはひとつの道具として、漢字が書いてある見本が必要だったことだ。

逮捕されて取り調べを受けてから、上申書を書いたほか、犯行を否認している時も別件容疑を説明する図面を書いて、この図面に説明文を付けさせると、とても拙い字だったから、取調の捜査官達は石川一雄氏が殆どと言っていいほど字を書けないし書く習慣もなさそうなのは承知していた。

だから、最初に単独犯行を認めた自白で、脅迫状を一人で書いたことになったが、すぐにこれでは犯行不可能になことが判明した。それで結局、自宅で妹が友達から借りて来た少女雑誌を見て、そこから漢字をみつくろって書いたことになった。

万年筆の件に限らずこうした自白には矛盾や無理が多々あって、狭山事件が冤罪であることを自白自体が良く示している。

狭山事件第三次再審の現状と対策

第三次再審請求が申し立てられた2006年5月23日から今年で8年が経過する事となる。その間に2009年9月から三者協議が始まり、同年12月の第二回三者協議に於いて、証拠開示勧告があった。三者協議はそれから昨年に至る迄数ヶ月に一回程度開かれ、2013年10月時点で139点の証拠開示が為された。

証拠開示勧告以来、未開示証拠の開示はこうして勝ち取られたが、勧告は文字通り裁判官の検察官に対する証拠開示のお勧めであって命令では無い。だから現状は、検察官がこの程度なら良かろうと思料するものを小出しにしているのに過ぎない。それでも極めて大雑把に言えば、上申書等の筆跡資料、自白殺害現場のルミノール反応検査についての聴取書、腕時計捜索時の捜査報告書、秘密の暴露関係の資料、手拭い関係の捜査資料、被害者・級友・郵便局のインク瓶等の重要証拠が開示されている。更に法医学鑑定書や腕時計の状態に関する鑑定書など、弁護団独自の鑑定書・意見書多数が提出されている。

昨年2013年の春当時、年内に求意見=事実審に於ける最終弁論と結審に相当する段階に至り再審開始か否かの裁判所の判断がこの年明け前後にあるのでは無いか、と言う予想があった。しかし現状では今暫く三者協議が継続し、再審開始(か棄却か)の決定は、1年前の予想より遅延する事が明らかとなって来た。

一日でも一刻でも早く結果=再審開始と言う結果を出したいと言う思いは、石川一雄氏ご本人は勿論の事、再審活動に夫々の立場で携わる者の切に望むところだ。他方で僕には、まだ結論が長引くのは悲痛なれども、一段の証拠開示を勝ち取る事が先決であり、回り道のようで近道であり、再審無罪をこの第三次で確実にする最高の方法だと思われる。その理由は、最高裁への上告審、第一次、第二次の再審請求に於いて、その度に新たな証拠が発見され提出されて来たが、その都度難癖を付けられて所論は理由が無い、とされて来たからである。

これらの、以前の新証拠は、もしそれが二審段階で開示され若しくは発見提出する事が出来ていたら、確定判決を変え得たであろう事実であった。しかるにこれらの有力な証拠も、細切れの開示によってそれぞれの段階に於いて散発的にならざるを得ず、それ故に我田引水的な解釈によって棄却の憂き目を見て来たものである。

こうした過去の上告、再審請求の成り行きから考えて、例えば腕時計の革バンドの鑑定にしろ、手拭いの配布数や回収数の問題にしろ、通常では思いも付かぬ有罪ありきの理屈を以て却下となる事も十二分に想定されなければならない。

そうした事態を打破して再審無罪を決定的なものにする為には、一層の証拠開示を求める戦術の方が得策のように思う。何しろ今日迄開示済みのものより質量ともに圧倒的な未開示証拠の山が眠っている事は明らかだ。検察官は、事件関係者のプライバシーを証拠未開示の理由のひとつとして挙げている。その言説が即ち、重要な証拠類の存在を示唆している。

支援者・運動者の間には、常に次回の三者協議で驚異的な進展があり、すぐにも再審が開始されるのでは無いかと常に期待している向きも多いように思う。僕自身も心情としてはその例に漏れる事は無いが、その一方でそう甘いものでは無い事は、1977年の判決確定から後の今に至る37年間が圧倒的に示している。

例えばまだ石川さんが服役中の1986年8月に申し立てられた第二次再審請求は、事実調べはおろか三者協議すら無いまゝに19年間を費やした揚句、特別抗告の棄却となって終結した(今思うにその棄却の2ヶ月ぐらい後に、狭山の現地事務所で石川さんに初めてお会いした=2005年5月。大勢の集まる集会の演壇からの姿を拝見したことはそれ以前にもあったけど)。現在の第三次は先に述べたように丸8年となるが、この間、三者協議の設置、証拠開示の攻防と言う事を考えればある意味では内容の濃い年月であったと言える。且つ今回は何がなんでも結果を出さなければならない。と、考えれば、その確実な結果を求める為に、証拠の収集を貪欲なほどに追求しなければならない。

第三次再審請求に於いては、過去数回の請求棄却の経験を踏まえれば、まだまだ証拠があった方が良い、というのが僕の現状分析だ。

狭山事件再審と証拠開示の一般論

事実の認定は証拠による=刑事訴訟法317条。しかし再審と証拠開示の一般論を述べるならば、その証拠が、事実審=一審と二審に於いては有罪の立証に有利なものだけが検察官によって提出され、捜査権に基づいて警察が集めた証拠は全て検察官の手持ちである。その証拠のどれを出すかは、裁判所の開示命令が無い限りは、全て検察官の判断に基づく。

この段階で有罪の立証責任は検察官にある。有罪の判断に当たり、他の一切の可能性を排除出来る程の証拠と、反対事実の蓋然性が極めて低い事、合理的に解明されない事実の存在が無い事、そのようにして初めて被告を有罪とする事が出来る。狭山事件では、反対事実と合理的な疑いを容れる余地がそもそも多過ぎた。

翻って再審段階では、確定した有罪判決に於ける事実認定に対し合理的疑いを容れる事実を示せば良い。多少法理の意見にわたるかも知れないが、良く言われるような無罪を証明しなければならない、のでは無い。要するに元被告人又は受刑者に有利な証拠が見つかれば、再審を開始する事由となるのである。

これを6号事由と言う。最高裁判所はいわゆる白鳥決定として次のように判例を出している。

最決昭和五〇・五・二〇刑集二九巻五号
同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

狭山事件の有罪証拠は、捜査段階での証拠が牽強付会的に解釈された本来弱い証拠であり、事によると証拠の捏造が疑われる事は周知の通り。直近の例を挙げれば、例の手拭いが有罪の情況証拠となったのは、二審公判で検察官が証人請求をした一審検察官の法廷証言だけが根拠で、他に何ら書証も物証調べも行われなかった事は既にサイト内に記述した。

狭山事件再審で証拠開示を勝ち取る方法

しからば如何なる方法で証拠を開示させるのか。

検察官は、証拠の標目を特定するのならいざ知らず、不特定では開示に応じられず、まして検察官手持ち証拠の全面開示は不可の姿勢を貫いている。これは一審二審当時から同じことで、こうなる原因は、証拠を開示する法的根拠が存在せぬからである。刑事裁判に於ける証拠は、上に述べたようにまず有罪=要証事実の立証=挙証責任を負う検察官によって、いわゆるベストエビデンスの原則、即ち有罪立証の為に最適且つ最良の証拠を厳選して裁判所に提出する最良証拠主義に基づいて証拠調請求が為される。

狭山事件の裁判でもこのようにして検察官が証拠調べを請求し、弁護側から開示申立てのあったもので検察官が応じられるか裁判所の勧告か開示命令があればその他の証拠も開示される。

検察官が如何なる証拠を持っているかは、弁護側には原則として不明である。当面の対処として、捜査の経過から当然に存在すると推量される証拠の開示を申し立てる方法と、現在の再審請求審では二審当時の検察官が証拠物に振った番号があり、この番号のうちいまだ未開示のものを請求する方法が取られている。

しかしこの方法では限定的な効果しか持たぬから、現在の三者協議に於いて狭山事件の証拠リスト開示が折衝されている。証拠そのものの開示の前に、リストの開示によって、如何なる証拠物があるのかを弁護側が知る必要があるためだ。今後、証拠リストが開示されるか否かが、重大な争点になって来る。

いずれにしても再審をして無罪とならなければ、石川一雄氏の身分はあくまで狭山事件の罪名、強盗強姦殺人死体遺棄恐喝未遂による無期懲役刑の受刑者、囚人である。選挙権などの公民権は停止されており、居住制限や旅行など移動の際は、必ず保護司の許可を得てからとなる。何よりも、強盗強姦殺人を犯した犯罪者の汚名、恥辱、不名誉が張りついた人間として生存している状態である。

この汚名を晴らすいわば法廷技術論は、やはり未開示の証拠を得ることだと思うものだ。


尚、3月中旬から下旬頃に現地見分を実施するべく、現在日程を調整中です。

狭山事件現地調査実施要項

3月16日(日曜日)
西武新宿線狭山市駅改札口集合

上の通り現地調査を実施いたします。ご希望の方は必ずメールで申し込んで下さい。当然雨天決行です。毎度の如く、狭山事件現地調査一般的要項を書いてありますから、初めての方は必ず目を通しといて下さりますよう。
*現在のお申し込みは8名様です。
受け付け終了。3/15 21:05

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2014/01/19
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