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狭山事件真犯人推理を棄却

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狭山事件真犯人の最終解決を決定。

狭山事件推理棄却決定

主文
本件の真犯人推理を棄却する。推理を手段とした仮説、結論の一切を不採用とする。推理に基づき狭山事件に関する言動を為す者(以下推理者と呼ぶ)が当サイト及びその関係人に接触する事を禁じ、推理者の言論の自由は、これを認めない。

理由
説、仮説、仮定には何ら認められるべき証拠は無く、根拠とされるものの全ては単なる憶測又は噂に基づく伝聞証拠に過ぎず、証拠が提出されない申し立ては、一般通念及び刑事裁判の原則上、全て虚偽、架空、捏造と断定して差し支えない。斯様に不正な事実の喧伝は反社会的行為であり、且つ不法な犯罪事実を構成し、よって、此の如き議論、推論の全部とそれを為す者の全員を当サイト並びにその活動から断絶する。

平成十七年五月二十五日


ト、いうことで、先日の現地の頁が狭山事件石川一雄氏と面談=現地調査2005年として完成しております。これに伴い、掲示板からは完全に出ていき、そのほか真犯人の議論も完全に不必要です。あとは残った者で好きなように推理するがいゝ。

それで、今後このサイトが想定する視聴対象者からは当然「狭山事件石川真犯人説」の寝言を目が覚めても維持する者とともに、いつまでも掲示板の議論にうつつをぬかす者も推理のお仲間として省かれることになりますね。狭山事件に必要なことは、もう議論ではなく行動だけです。

狭山事件の対象資料について

ところで、狭山事件の資料として推理をやる時に採用したり考慮したりすべきもともとの情報について、真犯人説では殆ど、市販の真犯人推理本や適当に事件のことを知っている者の発言だけに基づき、根源的な部分で元資料の有効性や信用性については最初から無検討なのが目につく。目に余ると言っても良い。このようなことだから、狭山事件の真犯人議論は常に下等なものに成り果てる宿命を有している。

よって水準を維持するためには、狭山事件について此のサイトで取り調べる対象としては、過去の裁判に於いて提出された書証・人証・物証の全てと、公判手続とその後の再審経過の中で明かとなった他の証拠等、証拠としての価値=証拠能力が明確に認められるものに限ります。もともと既に、狭山事件の真犯人議論をまだやっている最中から、客観的事実の中に推理を排した厳密な検討が可能なものがある筈だと考えていわゆる法医学的考察なるものを始めた時点で、今日このような決定をするであろうことは完全に予想しておりました。ですから、今こうした決定を出したからと申して別に全然、驚くべき事柄ではありません。

*そしてこれの後、狭山事件真犯人の推理について、それをやる者について、それに対する姿勢について、この事件総体に於ける位置づけについて、明確に記しました。

狭山事件の真相は消去法

狭山事件を考える時に、動機から推理したりもそうだったが、真犯人が誰かを言ったところで、結局ループと言って、結論が出ぬのは明かだ。何故結論が出ぬ結果に陥るのか。原因はすべて可能性で語っているからだ。此の世に於いて、可能性は無限に存在する。つまり一人ひとりの頭の中にそれぞれの可能性が存し、それどころか一人の人間の脳内ですら無限の可能性が考察される。

よって「誰か」を考えるのではなく「何が」を考える方が利口だし正しい方法だ。何が起きたのか。それを、正確性を有する資料と自らの調査と解らぬことは専門家に聞く位のことは当然やってから考える、狭山事件に限らず世の中に起こるあらゆる事象について何らかの結果とかある程度の結論を求めるならば、それをやるだけだ。

真犯人説の何ではなくて、狭山事件の舞台となった堀兼周辺や両墓制、善枝地蔵の疑問について念のため結論を出しておいたもので今となってはなつかしい頁もある。こんな頁もそう言えばそうやって調べた結果を載せてあるだけだ。もっともこれらの個別項目も、当時真犯人説の一環としてあれこれと「議論」されて来たものでもあります。ああにも非ずこうにも非ずと結論無しに延々と続く議論にいやけがさし、あっさりと見切りをつけて、さくッと調べりゃ大体結論は出るもんです。結論が出ぬことはとっとと諦めてほかのまっとうな、もっと為になる行ないをやったほうが利口。でも頭の悪いひとたちをムリにとめる気もありません。

狭山事件に関わる事について

それでふと、昨年のことを思い出した。

ある仕事の関連で、昔の友人に久しぶりに会った時の事、「最近は狭山事件の事を調べている。現地調査にも何度か出掛けた。集会にも行った事がある。どうみても狭山事件は冤罪で(犯人とされている)石川さんは無実だ」
と言った処、
「あれ?超保守の筈の貴兄がなんでまた左翼になったんですか?転向したのかな?」
と言われた。

そう言った彼は自称「左翼」であった。
が、何も活動などしてはいないし、今後ともしないであろう。勿論、彼曰く「左翼の活動である『狭山裁判闘争』など今迄も何もしていないし、今後ともやりはしない。つまり口舌の徒だ。

つまり、このテの「自称右左」が多いのだと言う事と、ヒトが何かに関わると、なにかしら、そこに「右」「左」の別を理屈としてつけたがる。何故こうなるのであろうか。そもそも左とか右とかと、人を指して呼ぶ事は、自分自身の立っている場所から見た相対的なものでしかない。

右だ、左だと言う前に、せめて「本当に石川氏は冤罪なのだろうか、冤罪だとしたら自分は何をすべきなのだろうか」或いは何か出来る事はないかとは、考えないのだろうか。「狭山事件」、と言う固有名詞を語っただけで、たんにそれを語った筆者に対して「右だ左だ、転向だ」、と言う言葉しか出ないのであろうか。

23日は、石川一雄さん逮捕の日から、もう、42年目の日であった。その前日付けで、先日の現地事務所訪問のお礼に、石川さんご夫妻から狭山茶が贈られて来た。ここに、今更「右」も「左」も、あるのだろうか。様々議論はあるだろうが、筆者は、それは本件とは別次元の問題であると思う。

で、この無礼者がそう言った約七分三〇秒後に、目からは水を流し鼻から赤い体液を流しながら公道で土下座していたことは当然だ。何の行動も伴わぬくせに甘く見てはすっぱな口をきく者は、必ずこうなる。

それから、念の為に記すと筆者は、既成政党を全部叩き潰す事を目指す過激な革命志向なら持っていた事があるが、「保守」であった事など一度も無い。右=保守、左=革新とか革命、と言う無知と誤解に満ちた考えが此処にある。政治的な左右と言う理解の仕方は、自らの無学と粗雑なメンタリティーのあり方を暴露している。

そしてこの革命的指向を有する極めて過激な政治活動をやめたのは、師事していた指導者が逝去されたからだ。活動することをやめたのであって、自己の内にある思想自体が変わったわけでなく従っていわゆる思想的転向をした覚えはありませんね。むしろ転向どころか、狭山事件や被差別部落の問題に関わることは、差別を推進して民族同胞の同和を遮断し、国家の分断を企む売国奴の一掃の文脈に於いて、自らの思想信条に全く完全に適合したものです。また、昔取った杵柄と申して、活動をやめたからと言ってそれで急に活動時に得た人脈が無になるわけでもありません。一度得た人脈を切るか維持するかどうかは、自分次第と言うことです。

狭山事件真犯人仮説 傑作キーワードまとめ

どのような検索語句を用いて此処へ辿り着くかを見ていると、該当する者の知性と品性がかいま見えることがあります。ほんの一端を紹介しましょう。

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  1. ラーメン 次兄 狭山事件 遺書 2014/5/24
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いったいこのひとたちは狭山事件の何を調べたいんだと

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2005/05/25
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