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狭山事件 冤罪と部落差別

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狭山事件の捜査と冤罪の真相に密接に関係する事柄として、筆者がずっと思っておったのが、本件に於けるいわゆる同和地区への差別、と、言う冤罪の凶悪な背景と動機である。これらは今やとるに足らぬ存在となった真犯人説の推理にも見受けられた。歴史的にはたとえば、世良田村事件なども深く関わっている。

狭山事件と部落差別の関係

狭山事件と被差別部落の関係性は、もっと声高に主張され叫ばれて良い事だと思うのである。この事件には、背景にも或いは前面にも、部落差別が深く関わっている。だから、差別問題は抜きにした平面的なきれいごとでは語れない。刑事事件の中でも冤罪事件では、つい、と言うかこれはある程度仕方の無いレベルで、法理に関わる問題点が話題の中心とならざるを得ない。しかし、狭山事件の裁判に、法廷外にある背景をも加味する場合には、それだけでは済まされぬ重層的な側面がある。

狭山事件 同和とは何か

そもそも「同和」とは何を意味するか、知っているか。同和とは、民族の融和、国民同胞の和合を意味する。国民同胞の融合融和によって、国力の発展を強力に推進する意味である。即ち、同和を邪魔し阻害し差別を為す者は民族を分断し国家の弱体化を謀り治安の紊乱を企む売国奴と規定して良い。こうした輩は爾後の我が国家民族に不要であるばかりか有害であり、一匹残らず駆除されねば、国家の発展は望めぬ。

「生まれつき」と狭山事件の関係性

狭山事件の関係者だろうが無関係者だろうが何者であろうが、人間は全て、自分の意志によらずして「生まれつく」ものである。ある人種・民族・国籍・階級・性別・名跡・血縁等の一員として生まれてくるのは、その者の努力の結果でもなければ怠慢の結果でもなく、賞賛すべきことでも自慢することでもなければ、卑下することでもなければ恥ずべきことでもなく、たんに偶然の結果に過ぎぬ。そもそも此の世に生まれて来ること自体が単なる偶然の産物であって、それらを何かの「必然」と捉えるのは宗教上そう信じられるだけの事である。

狭山事件のような一般刑事事件に於いても、こうした「生まれつき」から生じる社会的諸関係が事件そのものの実体的真実に密接に関係し、これを無視するならば真相を見誤る事になろうが、生まれつきそのものは単に偶然の産物である。そして「生まれつき」に拘る者ほど愚かな者は居らず、そうした信仰を所持する者こそ、「下等な賤民」として、徹底的に差別され、排斥されて当然。

同和地区検索の特徴

売国奴は驚くほど動物的に下等で下賤な検索傾向を発揮する。考えている内容に個性の違いはあるまい。

同和破壊分子の特徴を挙げれば、埼玉県の被差別地域どこ・在日・利権・特権・職業・食肉・住宅・マンション・地図・墓地、墓石・所沢・川越・野田・秩父・狭山市、富士見・祇園・下原・笹井・都道府県・昭和初期・同和地区・御正新田・越生町・川口・入間郡毛呂山町・特殊部落の場所がわかる本・被差別部落民・関東、関西、東京・よつの部落・部落の人が起こした事件・養豚場・地名・名字・苗字・名前・姓名・素性・身元・結婚・有名人・「出身者」「部落地名総鑑」「穢多」「幸手市同和地区名前」「教えて欲しい」等々の語句を使用した検索行動を取る。「埼玉の同和地区部落はあるか」なんてのもいた。「見てみたい」し「部落民の特徴」「見分けかた」も知りたいそうだから教えてやろう。自分の顔を、今スグ鏡で見てご覧。現状のネット接続は殆ど丸裸の情報を接続先に送っているに等しく、特に携帯端末からの接続は電話番号とヒモ付けされており、よってこれらの個人は容易に特定出来る。

よってこれらの検索をして現在此処を見ている者にはバカ・マヌケのお墨付きを贈呈し寄生虫「サナダムシ」の称号を授与しよう。

恥ずべき言葉、或いはリスキーな語句でしゃあしゃあと検索をして、無防備に他人のサイトを見る行為が、個人情報を垂れ流して歩いてるとはつゆ知らず、平和惚けとはこれを云うのだろう。当然此のサイトではこれらの検索行動に伴う接続情報は全てデータベースに格納し必要が生じればいつでも個人の特定が可能だ。なのでこの頁を閲覧すると、バックグラウンドで不可視のソフトウェアが気付かぬうちに無料ダウンロードされるがもう遅い。まあ発信器みたなものだが削除したければOS自体を初期化する事。

データが蓄積されると、既に作成された『部落地名総鑑購入企業一覧』のように、いずれ「部落差別者氏名総鑑」が出回るのもそう遠い話ではあるまい。ネットの普及がそれを容易にした。なぜならば、便所の落書きは目撃者がいなければそれを書いたものを調べるには高度に科学的な捜査能力(指紋やDNA塩基配列の検出、筆跡鑑定など)が求められるがネット上の落書きや覗き見は、検索・接続・閲覧をする過程で必ずそれをした者固有の痕跡を残すからである。インターネットの検索と接続は、差別者にとって危険極まる行為である。

そういうのをネットで調べるのはただの趣味だとか面白いからで差別をしてませんなんて言ったって、それは当方の関知するところではない。同和破壊とか部落差別というものは、動機や内心はどうあれ、行為と結果によって判断される。

さて私は、日本国がいつなんどき「沈没」しても良いように、つまりは何処に言っても生存して行けるように努力して来た。結果、今や別におのれがたまたま生まれついた國にしがみつく必要は無くなり、どこででもと申せば少々大袈裟になるだろうが、別に生まれた土地でしか生きられぬ生物では無くなった。現に今日では殆ど、外地で過ごしておる。他方で我が日の本の國を貶める売国奴に限って、海外へ出るのなど夢の又ユメ、狭い場所でしか生存出来ず、社会も精神も狭過ぎるようだ。ぜいぜい狭いエリアでほそぼそと生息して行くが良い。

だいたいが、人間を含む地球上の全生物は、数十億年前に海が出来たとき、そこに含まれていた有機物からアメーバのような単細胞生物から発祥している。それが進化の過程で枝分かれした結果、今日見られる様々の動植物となった。要するに先祖はみな同じなのだ。もっと大きなスパンで見れば、地球上と言わず全宇宙のすべての生物と無生物は、宇宙開闢以来作り出された様々の元素が複雑に結合して出来上がった。だから、今、このちっぽけな地球上で繁殖した人間どもが、お互い同士で人種や民族や種族を識別してそこに何らかの優劣を見出してみたところで、しょせんはもとは宇宙のチリが祖先なだけだ。動物界に高度の知性を持つ人間として生を受けておきながら、こそこそと自分の住所や引っ越し先が「同和地区かどうか」などを調べようとする輩は、こうした視野が極度に狭い意味でそれこそが下等生物に近い。外国へ出たら、あるいはもっと極端に言えば宇宙へ出たら、そんな下らん世迷い言なんぞ、いっぺんにふっとぶぞ。

西武新宿線と被差別部落の関係

これらの検索をやる者はまた、西武新宿線が狭山の所で「不自然な曲がり方をしている」とか言いふらしているようだ。だがどこが不自然なのかの根拠は一切未提出だ。逆にこれが自然な路線構築である根拠なら提出出来る。西武新宿線が、現在の狭山市駅から先で右にカーブしている理由は、此処から川越方向へ線路を敷設すれば「自然に」その方向へ曲がらなければ到達せぬことになる。

他方で狭山市を過ぎて入間川を渡河すると、入間郡方面に到達出来るが、この方面には国鉄=現JRの川越線や八高線が向っていて競合する。飯能・高麗方面には同じ西武の池袋線がある。だから西武新宿線が狭山市の所で右に曲がって川越を目指すのは至極自然な事だった。

よって、この鉄道がこの地域でカーブしていることはそこに被差別部落があった事には何ら無関係で、全然不自然な事でもなく、まして狭山事件自体には全く関係ない。無関係な事柄を何の根拠もなく根拠を調べる努力もせず結びつけては撒きちらしたがり、裁判に出た証拠ものちに開示されるか新たに発見された証拠も知らず、知っているとすれば屑同然の推理書籍に書いてあるつくり話で、むろん解剖鑑定や現場の土砂やインク・万年筆・あるいは押収物のひとつである地下足袋などの狭山事件の科学鑑定の内容など難し過ぎて知る由もなく、できることと言えばたまに文字の写真をまるでカルタアソビのように並べてみせて喜んでいる。こうした差別者の頭の悪さは推理ヲタクに実に良く似ている。むしろ今や、推理人=差別者といってよい。

差別者排除の思想的根拠

大東亜戦争後に於いて「同和」とは私にとり、ポツダム宣言受諾の詔書の次の箇所に基づき、本件冤罪と再審の活動は、全てこれを体した行動に他ならぬ。

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

上に述べられたことが即ち民族同胞の「同和」である。即ちこれに反するものは反逆者、売国奴になるわけだな。売国奴には死、あるのみだ。

冤罪と差別の顕著な事例としての世良田事件、及び民族の統一との関係性は、当該頁で国家観・民族思想と共に示した。即ち、所謂「左翼的」諸君にとっての人民の敵、民族・国家主義的陣営にとっての民族の敵たる差別者は、これら所謂左右両翼の共通の敵であり、まずは封建幕藩体制の時代錯誤の残りカスである差別者を物理的・生物学的に排除して初めて、真の政治的競争の条件が整う。

以上を要約すれば、差別は、国家国民を分断する売国的行動。一方これを左側から見ると、差別は、支配者が国民を分割支配する為の最も悪質な手段とされる。つまり、差別行為と差別者は、右から見ても左から見てもどこから見ても、民族やら国民国家あるいは人民に対する敵とされ排斥の対象として良い。

狭山事件と同和破壊、差別行動の実態

こう言うことをなぜ急に記す気になったかと言うと、何ヶ月か前からおのれでも気になっており、やはりそうかと言うきっかけがあったからだ。

それと言うのは、再審活動に取り組んでおられる大阪府の方から、数ヶ月おきに手作りの小冊子を送って頂いている。先日届いたそれによると、「何処が同和地区」かとか、市役所や教育委員会に問い合わせる者が居ると言う。で、此のサイトをやっていて時たま見る接続ログに、それと似たような検索クエリ=キーワードを用いている例が以前からあった。「〇〇県同和地区」とか「△市部落」とか「出身者の苗字」とかそう言うものである。こう言うサイトをやっていると、そう言う語句で検索をしても一部ヒットする頁もあるのかも知れない。多分内容的にはその手の検索者の満足の行く回答は得られないと思うが、問題はそう言う事を調べたがる者の意図である。所謂同和地区が何処にあるかとか元部落は何処かとか、そこの人は誰か等と言うような事柄を調べようとする行為は、差別などしていないと言うのであれば、転倒している。

関東からこちらに生まれ育つと(統計を取ったわけでは無いから断言は出来ないが)一般的に言って大概、部落差別と言う事柄をほとんど意識しないで生きている。しかし、意識していない事と、差別意識が自分の中にあるかどうかは、全く別なのだ。なぜならば、差別とは、差別する側が意識するのでは無く、される側がそうと意識すれば差別になるだろうからである。あなたを傷つけるつもりは毛頭無いと口でも言い、仮に心からそう思っていたとしても、その相手の人が傷ついたなら傷つけたことになるのだ。この際、差別する意図があるか否かなどは全く無関係。

国家主義、民族主義の立場からも、差別者を徹底的に追い立て排斥し弾圧せねばならぬ。付言すれば、これは偏狭な排外思想としての国粋主義とは全く異なる。排外主義は徳川幕藩体制に回帰せよとの時代錯誤の鎖国思想であり、外来の事物を受容して自家薬籠中のものとして来た我が國の伝統に全く反する。

冤罪狭山事件と差別の関係性

狭山事件の冤罪構造は自白の過程に於いて部落差別と密接に関係している。初動捜査時に、一時は地元住民への捜査について反発が高まり、狭山警察署に抗議する住民集会が開かれようとしていたが、捜査が被差別部落に集中すると、掌を返したように住民による捜査本部への炊き出しが開始された事は狭山事件を知っている者には有名な話である(ちなみにこの捜査方針の転換に伴い、被害者方周辺の怨恨の線は放棄されたのだろう)。しかしこうした事実は知らぬ人には全く知られずにいる。又、ある政治勢力に属する側からは一般刑事事件と部落差別の問題として規定され切り離されて考えられており、社会的条件を含む総合観察力が欠如した推理者からは全く無視されている。

しかし本来、一般刑事事件と雖もこれが社会の中で生起する社会的現象である以上、事件周辺の社会的諸条件から全く切り離して考えれば本質を見誤る。この事は、刑事裁判に於いて要証事実の立証に全面的に社会条件を考慮する意味とは異なる。犯罪事実の立証は、専ら直接的な証拠による。

冤罪と差別

ここで述べている狭山事件と社会的条件即ち部落差別との関係性はそうした意味ではなく、冤罪の構造論に於ける考慮の必要性である。全ての冤罪事件で、何故そうした冤罪が起ったのか、この事の検証がなければ再び冤罪が発生することになり、そして殆ど、冤罪事件は再審無罪になればそれで終りで、冤罪の背景や構造の検証はされずにいる。だからいつまで経っても冤罪が絶えぬことになる。よって狭山事件の冤罪自白に見られる構造について考える時、部落差別との関係性を考慮することは必須である。又ことによれば、捜査以降に於ける冤罪のみならず、狭山事件そのものの犯行実体に部落差別が関わっていることも考えられるのである。

狭山事件以前の差別体験

東京にも部落はある。少なくとも、僕が子供の頃にそれらしい場所があった。その場所を、所謂部落と言うのかどうか、その正確な処は判然としないのだが、そしてその場所から学校に通って来る同級生を、具体的な事は忘れてしまったがしかし今の認識と価値観から言えば僕は明らかに差別していたのだ。その事は、出来れば自分の中にだけ、過去の事柄としてとどめておきたいが、そう言う事では狭山事件に関わる事など出来ない道理なのだ。

こう言う事も思い出す。やはりそう言う地区のA君とは親友だった。……少なくとも僕はそう思っていた。A君は何年か後、行方をくらましてしまった。後で親から「A君だって傷ついてたんだよ」と言われたのを思い出す。何かほかに理由があったのかも知れないがいや多分、それで姿を消してしまったのかも知れない。情けないことには、どう彼を傷つけていたのか、自分でも今でも解らないか、忘れてしまっている。…近ごろ、A君に会いたいと切に思う。

個人的な思い出は兎も角としても、狭山事件を考える際、差別される側に立って見なければならないと言う事を、此のサイトのトップ頁にも記してある意味はこうだ。即ち今や少数の(いやまだ多数かも知れぬが)意識的且つあからさまな差別者は別として(こうした言動に思想性など無い。それはその言動自体を観察していれば普通に解る)誰であれ、部落差別をしているかと問われれば、私はそんな事はしていないと答えるであろう、そのように口で言うだけで済むなら簡単である。狭山事件に関わると言う事は、部落差別問題に直に関わると言う事に他ならない。この際の必要事は実行が伴う事だ。そしてその実行とは、差別を受ける側のその人々の中に自ら立ち同じ目線でものを見る事である。つまり行動を共にする事だ。

その事が、この活動を実施している大いなる動機のひとつであるのだ。

もっとも、近ごろその同じ場所になかなか行けてないのは、返す返すも残念でありますけど。

狭山事件と出版業者の問題点

2007年の狭山現地調査に参加されたKAさんから報告を頂いた。絶版となったKさんの狭山事件書籍に関するその後の報告となっているが、文面から察するにとんでもない取扱いを受けているようである。

出版社に交渉した処、出版社側は「狭山事件だけはちょっと……」「同和問題が絡んでいるものはどうも……」「編集部にて慎重に検討を重ねましたが、今回は見送り」等と供述していたとの事である。この言葉通りだとすると、K氏の本がどうと言う事ではなく、顕著な冤罪事例としての狭山事件の書籍を出版しない事の理由に、全然なっていないので、ここで筆者(当サイト制作者)個人の私見として少々この件について取りあげてみたい。

狭山事件が「同和」だから何なのか

「狭山事件だけはちょっと……」
ちょっと、何だと言うのか。企業としては「利益にならないから」「売れそうもないから」等が普通に考えられるが、「狭山事件だけは」とは何か。

「同和問題が絡んでいるものはどうも……」
狭山事件に同和問題(部落差別問題)が絡んでいると、どうも何だと言うのか。

「編集部にて慎重に検討を重ねました」

何をどう慎重に検討を重ねたのか。

理由にならない事柄を言い立てて(或いは理由を言わずに)忌避(その物、事柄等を嫌って避ける事)すると言う態度は、実に、差別者の典型的な様態である。差別をする者も時にはその理由を述べる事もあるが、たいがいは全く非科学的な理由であり、つまり結局理由になっておらず、それ自体が更に差別的言動となっている例が多い。

同和とは何か

そもそも「同和」とは一体何を意味するのか。これらの文書発行業者は、この言葉の本源的な意味は全く考えずにあれこれの理屈を言って逃げを打っている。然らば同和とは何かと言えば、同胞の和合、融和を指すのである。これに反して合理的な故無く同胞を差別することを部落差別を呼ぶ。即ち、同和を拒否し差別を為すものは国家国民を分断し弱体化させることをもくろむ売国奴に他ならない。

狭山事件を検討せよ

文面にはいくつかの誌名及び出版社名も垣間見えるのであるが、「狭山事件だけはちょっと」取り扱えない、「同和問題が絡んでいるものはどうも」取り扱えない、ではそれは何故なのかに就いてはそれらの編集部又は出版社或いは担当者は語っていないようだ。であれば、筆者が代わってその理由をここに記す事にする。

これらの者又は編集部或いは企業自体が、差別をしているからである。同胞を忌避排斥して堂々たるその態度には閉口する(注:「外国人なら差別して良い」と言っているわけでは当然無い)。それなりに世に知られた出版物を出したり、それなりに世に知られた出版社であれば、反差別の旗幟を鮮明にするべきであって、更にそれならば当然、積極的に「狭山事件の本だからこそ出す」「冤罪問題には積極的に取り組む」「同和問題=差別問題は必ず(それを解決する為に)取りあげる」べき(筈)であろう。

もっとも、これらの業者が出すことを拒否した本は真犯人を推理することを目的としたものだが、いずれにせよ狭山事件とか同和とかについての知識が薄弱でそれを知る努力も皆無であることは確かだ。


以上はあくまで筆者(当サイト制作者)の私見ですが、もし、当該出版社の当該担当者の方が筆者のこの文面をお読みになり、何らかの反論がありましたら、堂々とご意見をお寄せ下さい。筆者としては本件に関し、公開討論を望むところです。多分、ないでしょうけど。どうせ、冤罪一般や狭山事件の検討などろくにせぬくせに、業者風情が、この事件についてあれこれ小賢しい理屈を立てるのはたいがいにせい。


此処は狭山事件の再審についての情報を提供する場所だが自分の体調がよろしくなく肝心の情報を集める活動をしておらなかったので結局何も書きようが無かったんで此の場所も暫く放置していた。今週、現地調査を予定しておるけど、正直言って自分自身は行けるのか知らん。但し、自分が行けなくとも、中止にする事は、無い。おのれ一人の了見でキャンセルするほど甘い活動では無いし、多少の具合で欠席する事は無いが万が一、自分が居らなくとも実施出来るよう、準備は怠らぬように努めている。実は去年の11月30日の日も団体でのお申し込みを頂き、その旨準備をお願いしていて実施出来たのだったが、当の自分は行けませなんだ。だが、狭山事件の新証拠として万年筆の件が先日明かとなったので、適切の処置をしたい。

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2013/12/01
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