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袴田事件釈放と狭山事件

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狭山事件の再審には、既に無罪を勝ち取られた布川事件や足利事件の冤罪被害者達が活動に加わっている。死刑囚として収監されていた袴田巌さんの姉や袴田事件の活動家達も同様だ。その袴田事件について、重大な決定があった。

袴田事件再審と狭山事件

狭山事件冤罪と再審の行方にも多大な影響を与える、ひとつの冤罪事件が再審開始へ向けて大きく進展した。

狭山事件の現地調査や集会でもたびたびお会いして、いつぞやの活動者会の帰りには軽く一緒に飲みに行ってしまった足利事件の菅家さんが再審決定し釈放されたのは2009年6月4日だった。その後菅家さんは狭山事件の再審支援者として石川一雄氏と活動を共にしている。布川事件の再審無罪判決がその翌年、当時現地調査を実施しようとその件で電話をした処、中央本部のYさんは丁度その裁判所の現場に居て、電話の向うに再審無罪の熱気を感じたものだ。その布川事件の桜井さんと杉山さんも菅家さん同様、今や狭山再審のメンバーと言って良い。

袴田巌さん釈放

狭山事件の再審を求める集会では、同じ未解決の冤罪事件の当事者として、袴田事件再審活動の人達も多く参加されて来た。そして遂に、袴田事件も再審開始決定、袴田巌氏が即日釈放された。袴田巌氏の姉の秀子さんも、度々狭山再審の集会等に出席されており、その話を聞いている。巌氏は長期の死刑囚生活により心身ともに耗弱に陥っており、姉や支援者の面会或いは弁護士の接見にも応じず、会う事が出来ないと言う報告であった。テレビで見た袴田巌氏は、一応歩けてはいたがやはり心身はボロボロだろうと案じられる。

袴田事件の経過

1966年=昭和41年6月30日、静岡県清水市の味噌製造業役員の自宅の全焼した跡から、一家4人の他殺体を発見。現場から線路を隔てた味噌工場の2階従業員寮に住んでいた袴田巌氏=当30才が強盗殺人放火を被疑事実として逮捕。

犯行時はパジャマを着ていたと自白したが、一審公判で犯行を否認。拷問によって自白した旨供述した。事件発生から1年余り後になって、工場の味噌タンクから血痕が付着した5点の衣類が発見され、検察官は犯行時の着衣をこの5点の衣類に主張を変更。それらを有罪証拠として、1980年に死刑が確定した。

無罪の新事実

5点の衣類のうち、ズボンは袴田被告にはサイズ的に履けなかった。2007年に、一審で死刑を判示した静岡地方裁判所の元判事のひとり、熊本典道氏は「無罪を言い渡すべきだと考えたが、先輩判事の意見に抵抗出来なかった」として、姉の秀子さんに謝罪しその後は再審活動を共にする。今回、再審開始決定となった根拠はざっと次の諸点である。

  1. 5点の衣類に付着した血液が、袴田被告のものとの認定が有罪の有力証拠になっていたが、DNA鑑定の結果、別人の血液と判明
  2. 味噌の中から発見されたそれらの衣類だが、1年2ヶ月に渡り味噌漬けになっていた事になる。しかし実験の結果、半年以上味噌漬けにすれば衣類は完全に味噌色に染まり、発見衣類のように血痕が鮮明な色調で確認される事は無い
  3. 味噌漬けズボンの寸法の鑑定
  4. 犯行時、役員宅の閉鎖されていた裏木戸から出入りを繰返した自白の矛盾

大まかに記して以上により「犯人と認めるには合理的疑いが残」り且つ「拘置の続行は耐え難いほど正義に反する」として、再審決定即釈放の手続となった。焦点となっている衣類の発見のされ方が、狭山事件の三大物証の発見と、どこやら似ているでは無いか。

狭山事件への影響は大

袴田事件再審決定には狭山事件にも影響大な決定的な要因が三つほどある。

証拠開示

ひとつは証拠開示である。捜査権を持つ警察当局によって蒐集された証拠のどれをどの程度裁判に提出するかどうかは、全て検察官の裁量次第である。その際、もちろん弁護側の意見も聴取した上、裁判所が証拠調べの可否を決定するのだが、そもそも検察官から証拠申請される証拠は、有罪の立証に有利なものだけだ。公訴を提起するのが任務の検察官は、有罪立証の義務を負っているのであるから有罪証拠の証拠調べ請求は当然とも言えるが、一方、被告人の防御の為には、捜査段階での全証拠、即ち有罪に不利=無罪に有利なものも含めて提出されなければ、裁判所と雖も公正な判断をする事が困難となる。

袴田事件再審請求審では本日の再審開始決定迄に、600点の証拠開示があった。先日の情報によれば、狭山事件の方は1月31日の第16回三者協議迄に、開示証拠は135点である。これを見ると狭山事件ではまだまだ証拠開示を勝ち取る必要があると思える。そして袴田事件の方で600もの証拠開示がなされた事実は、狭山事件を含む他の冤罪事件再審請求審に於いても、開示の方向に裁判所や検察官を傾ける事が期待される。まあ希望的観測だが、その位、袴田事件の再審開始は重い。

狭山事件でも自白に関する証拠など、今年も新たに開示されたものがあるが、裁判所による過去の決定等を見ると、もっと多くの証拠開示を勝ち取る必要がある。

事実調べ

要因のもうひとつは事実調べである。具体的には、袴田事件では請求審段階(まだ再審決定に至らない段階)で証人尋問や鑑定人尋問が行なわれた。狭山事件では、自白殺害現場で犯行があったとされる同時刻に農作業をしていた人が居て、この方はいつでも法廷に立つと仰っている。この方も高齢である。何故、口頭での尋問が必要かと言えば、供述調書や鑑定書だけの書類審査では、その証拠価値について十全な判断は出来ないからである。

例えば狭山事件の第二次再審請求の段階で、石川一雄宅の家宅捜索に加わった7人の元捜査員の証言があった。万年筆が発見された鴨居付近を、前2回の捜索で間違い無く捜しており、そこに万年筆は無かった、と言うものだった。7人の中には、狭山事件万年筆に関わる3回の捜索の全てで指揮をとった小島朝政氏もいた。再審棄却理由では「総じて、各人の記憶が相当あいまいで、いずれも、所論を裏付ける証拠としての内容に乏しい」とされた。

死ぬ前と思うと全て話す、と言っていたその7人の元警察官も、歳月の経過と共に故人となってしまった。もうこの誰からも話は聞けない。こうした証拠の散逸や消失を防ぐ為にも、一刻も早い事実調べが必要だ。

そもそも、裁判が書証の審査や検察官と弁護人の議論だけで済まさず、そこに証人尋問や被告人質問を容れる意味は、人の述べる事柄は、面と向って見聞きし、やり取りをする事により、その時の口調や表情をも含めた全ての内容によって判断する事にある。先の7人の供述についても証人尋問をやっておれば、7人が7人全員の「記憶が相当あいまい」と断ずる事は無かった可能性もまだあった。まあ裁判と言うような固い場以外に於いても、就職や進学時にペーパー審査だけでは不十分で面接が何故必要か、その辺を考えてみると解りやすかろう。このサイトを通じてやって来た現地調査にもそう言う理由があった。

証拠捏造疑惑の指摘

第三の要因は、裁判所が「重要な証拠が捜査機関によって捏造された疑いがある」との判断を再審開始決定の理由のひとつとして明示的に含めた事である。狭山事件に於いても周知の通り証拠捏造が指摘されて来た。特に最近の開示証拠によって、秘密の暴露関係の有罪証拠について、少なくとも重大な瑕疵があるし事によったら全くの捏造の疑いがますます濃厚になった。

今回の静岡地裁の判断とその経過は、判例として影響する事になるだろう。

有罪の認定は証拠による

今宵のNHKのあるニュース番組で、元東京高裁判事で狭山事件を担当する刑事第四部の裁判長だった門野博氏が袴田事件の解説をしていた。門野氏は狭山事件の請求審で2009年に証拠開示勧告を出している。門野氏が今宵述べた処では「百人の真犯人を逃しても、一人の無辜を救わねばならない」。(因にこのニュース番組は、以前は虫の好かぬ処があったのだが最近自分的に好評である。下にごちゃごちゃ現れる匿名言いっぱなし発言は無視すれば良いのだ)

この言葉を記しつつ、ついでに記しておけば、人を有罪とする為には、証拠が無ければならない。当然の事と思われるかも知れないが、実にこれが常に忘れられており、若しくはその意味を全く誤解している者が多い。証拠とは、それ以外の一切の可能性を排除出来るだけの論拠の事である。そして通常、そういう証拠の存在の上に有罪判決が確定すると思われているが、狭山事件の確定判決に頻出する語句がある。それは「被告人が犯人であるとすると」とか「被告人が犯人ではないとは言えない」と言うものである。これは、事実の認定は証拠による、と言う刑事訴訟法に書かれた原則を逸脱している。

いやしくも有罪を判示する判決文に於いて、この人物が犯人であるとすると、とか、犯人ではないとは言えない程度の証拠では、その人物を犯人としてはならないのであって、有罪と言う為には、これコレの証拠によって、絶対にこの人物が犯人である、と言う書き方が出来なければならない。間違っても犯人だとすればとか、とは言えないとかの曖昧な言葉遣いではいけないのである。そしてそうした文面を推理と言い、それをする者を推理者と呼ぶ。此のサイトと活動に於いても、真犯人の推理者をこのようにして全員排斥したし、例えば袴田事件の真犯人説を云々する輩も同類として片端から弾圧しよう。真犯人について色々と噂もあるそうだ。また噂と来るわけである。必要なものは噂では無く、証拠である。

狭山事件推理人は袴田事件を知らなかった?

袴田さんには、ボクシング会の面々も応援に入っているが、そう言えば、過去の推理人の中にはなんでも、ボクシング界に関わっている人も居たが、袴田事件のことなど聞いたことも無かったね。やはりきっと「真犯人の探し甲斐」のない事件には興味もなかったのだろう。狭山事件の真犯人を「特定するつくり話」に血道を上げる「捜査員」の社会性の無さと視野の狭さがこんなところにも良く現れている。

有罪の認定に推理を持ち込んではならず、仮に推理を持ち込んだとすれば自動的にその事自体が、その対象となる人物を無罪としなければならない証拠と言って良い。一方、推理の対象者は、推理と言うものに反対事実の可能性が含まれている時点で、既に無罪であるから無罪の証明は必要無い。要するに有罪を言う側にそれを証明する義務があり、言われた側に反対事実を証明する義務は無い。まして刑事訴追も有罪判決も受けていない特定人物や特定集団は尚更である。

有罪の可能性もゼロではないんですよね、と言う言い方をする者を法匪と言う。ゼロではないと言う言い方は完全に間違っている。有罪の可能性が100%でなければ、有罪としてはならぬのだ。


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2014/03/27
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