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狭山事件 証拠リスト開示

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狭山事件の物的証拠の一覧が開示された。1月22日、東京高等検察庁は、弁護団が予てから求めていた証拠リストの開示を実施。リストに記載された証拠総数は279点。家宅捜索で押収された地下足袋など狭山事件の重要証拠、取調べ中に取られたポリグラフ検査結果、現場航空写真に至る証拠物件など、東京高検が裁判の過程で領置した証拠物の一覧表。狭山事件の特別抗告棄却から約10年、第三次再審申立から9年目の成果と言って良い。



狭山事件の物証リストを開示


狭山事件再審請求の成否に関わる証拠開示の巨大な一歩。

第三次再審請求では2009年9月より三者協議が開始され、同年12月の第二回三者協議で証拠開示勧告が出された=狭山事件証拠開示勧告:参照。これ以来、証拠開示が進捗した結果として、東京高検の領置票つまり証拠のリストが開示される事になった。

脅迫状の筆跡は狭山事件では遺体と並んで重要な証拠だが、44点の証拠がこれまで未確認のもので、脅迫状との筆跡同一性に関わる筆跡資料多数がこれに含まれているものと見られる。

*で、捜査で集められたり、捜査報告書として作られたりした「証拠」が、全部でたったの279点であるはずがありません。つまりこれは東京高検に領置されている証拠の一覧であって、地検や県警はては狭山警察署にまだ残っている証拠もあると考えられる。


当該領置票については、平成13年(2001年)7月16日に行政機関の保有する情報の公開に関する法律(所謂「情報公開法」)に基づき、「狭山事件に関する領置票」「狭山事件に関する証拠金品総目録」の開示請求をした処、個人情報が記載されている事と、犯罪の捜査等に支障を及ぼすおそれがあると認められる情報が記録されている事を理由として同年8月13日に不開示の決定があった後、検事総長に対する決定取消の審査請求、検事総長の情報公開審査会への諮問と同審査会の不開示決定が妥当であるとの答申、これを受けた検事総長の平成14年8月21日付審査請求の棄却を経て、平成14年10月30日に大阪地方裁判所に審査請求棄却裁決取消請求が出され、結局、平成16年(2004年)1月16日に棄却の判決を受けていたものである。

狭山事件領置票開示の意義


検察官は以前から、証拠の標目を特定するのならいざ知らず、ただ全証拠を開示せよと言われても応じられぬとの態度を取って来たが、そもそもどのような証拠があるのか弁護側に解らなければ、証拠を特定するすべもないから、証拠の一覧を記載したリストをまず開示するように求めていた。証拠リスト開示問題は、既に第三次再審に於ける主要なテーマとなっていた。

証拠リストが開示されると言うことが何を意味するかと言えば、まず第一に、証拠開示がされ易くなることである。前述のように検察官は狭山事件の例に限らず刑事裁判では常に、弁護側の開示要求に対して証拠の特定を求めて来る。その特定が完全に可能になり、裁判所もそれが必要な証拠である事実を理解し易くなる。結果として、更なる証拠開示が進捗することになる。

第二に、ここで検察官が証拠リストを出して来たと言うことの意義である。検察官がリスト開示に応じた理由を考えてみよう。一般的に考えると、大きく二つの相反する場合が考えられる。ひとつは、手持ちの全証拠を記載したリストを弁護側に見せたとしても、原判決や原決定の維持に自信がある場合。もうひとつは、現在迄の開示と新証拠の積み重なりから、リスト開示に踏み切らざるを得なくなった場合。

狭山事件の場合、今まで証拠を不見当としたり開示の不必要を主張して来た検察官の態度からすれば、前者はまず有り得ぬ。逆に、既に開示された証拠だけを見ても、筆跡関係をはじめとする各論点に於いて確定判決の事実認定に対し合理的疑いを差し挟まざるを得ぬ事と、それどころか有罪の事実認定に用いられた証拠に、改竄証拠があった疑いすら濃厚となっているのであるから、検察官としても、実体真実の究明の為には、リスト開示程度には応じざるを得なくなったものと考えられる。

証拠領置票の概要
番号証拠物の内容
1-4足跡関係
5被害者のインク瓶—2013/7 開示
6被害者の日記—1976/8 上告審で開示
7被害者の手帳—  〃  
8級友のインク瓶—2013/7 開示
9郵便局のインク—2013/7 開示
10-18公判提出済=玉石、捜索時の写真ネガ等
19逮捕当日の上申書—2010/5/13 開示
20-33筆跡資料=バイクの注文書等
34領収書—2012/4/23 開示
35木綿細引き紐
37請求人自書の紙片—1976/8 開示
42-46石川宅からの押収物—2015/4/24 請求人に還付
47借用証—2010/5/13 開示
48領収書—2012/5/13 開示
49-54石川宅からの押収物—2015/4/24 請求人に還付
55借用書—2010/5/13 開示
56-60手拭い捜査関係 配布メモ等
89-274回収された手拭現物
275-276写真原板
277-278ポリグラフチャート
279写真原板・航空写真ネガ112枚分—2015/3/18 開示

*以前、番号飛びで不明だった証拠物を赤く表記してある。


上を見ると、石川宅から押収された物品が返却されているようだが、たとえば最初の逮捕の日に行われた家宅捜索で領置された地下足袋のように狭山事件の確定判決で「自白を離れた客観的証拠」とされた類の押収物まで還付されたのかどうはは不明な事は一応明記しておこう。そのうちに確認したい。

狭山事件の全証拠リストに非ず


しかしこれは、最初に書いた通り「全証拠のリスト」じゃありませんね。第二次再審請求審中の1999年3月、東京高検は「手元の証拠を整理したところ2~3メートルある」と言っていたからです。その後の情報によれば、今回開示されたリストなるものは、高検が領置した証拠で、領置とは任意提出やガサ入れで強制押収することであって、任意提出なら甲、それ以外は乙とされるものです。

「証拠」には、押収物や任提以外のものがあり、それの代表的なものは捜査書類の関係です。この前此処で取り上げた関源三巡査部長の捜査報告書とか、取調べの録音テープなどもこの範疇に含まれ、ほかにも弁護団が求めている殺害現場を撮影したフィルムとか死体鑑定時の写真とかいろいろあります。マスコミの一部で「全証拠リスト」とあるのを誤解しちゃいけませんよ。「物的証拠のリスト」ともありますから、あくまで押収物である。押収品以外の捜査関係の書類とかも、重要な証拠なわけです。

ことによると高検は、「ほら、リストを開示したからもういいじゃないの」と言う作戦なのかもしれません。

さりながらこの証拠リスト開示によって、更なる証拠開示の突破口が開けると共に、検察官が驚異的な異例さを発揮してリスト開示に応じたことの意味も含めて、再審開始へ向けた決定的な前進であることは確かだ。

また、これによって、既に指摘されて来た証拠物の欠番問題が解消した。開示済みの証拠には検察庁の方で番号がふってあり、たとえば1と3の証拠が開示されているとすると「2」の番号が付けてある証拠がある筈だった。リストの開示によって、この欠番の部分にどんな証拠があるのかが判明した。


最良証拠主義と狭山事件


事実審での証拠調請求は、立証の責任を負う検察官により、最良証拠主義=ベストエビデンスの原則に基づいて行われる。検察官が有罪の立証に最良且つ必要最小限の証拠を選別して証拠調べを請求する考え方である。捜査段階で集められた証拠の全部を裁判所に丸投げして証拠調べを行うと、審理の無用な長期化を招くから、事実審に於いて最良証拠主義が取られることそれ自体ははやむを得ぬものがある。

但し、もともと事実審で有罪立証の為に被告人にとっての不利益証拠のみが取調べをうけているわけだから、確定判決の事実認定について争われる再審請求の場合には、全ての証拠、少なくとも検察官手持ちの証拠の一覧が開示されなくては、元被告人の防御権があらかじめ著しく失われていることになる。斯様な理由から、狭山事件の再審に於いても、証拠リストの開示が必須とされて来た。

既に24日未明のテレビニュースやネット上のニュースサイトでこのリスト開示についてごく荒っぽく伝えられている。それらの報道を何らの付加価値もなく丸ごとスクレイピング=コピペのこと=しても此のサイトの質を低下させるだけであるから、そっちは検索して当たって欲しい。この件と、今月の三者協議に付随する状況については更に情報を蓄積した後で、独自にじっくり検討した末にまた自分の言葉で伝える。

*ひとこと:このニュースを伝えている「活動者」の媒体の殆どで相変わらず、ニュースサイトの文面を丸ごとコピーしたものや、もっとヒドいのになると新聞紙を画像にしてたゞ貼付けただけが多くなっています。これではまず検索上位に出て来ませんよ(そもそも著作権侵害)。インターネットを使った情報公開とか発信とかを主張するのなら、まず自らがインターネットの仕組みを理解しておりませんとね。最低限大切な事柄は、やはり自分で消化して自らの言葉で書くことです。最初は拘置所の看守に字の手本を書いてもらっていた石川さんが、必死で字を勉強して自在に書けるようになったことを、知らぬ人はいないと思いますが、そこから自ら学ぶことは何もなくそんなことは無関係のようです。


狭山事件 証拠開示とインカメラ


狭山事件の証拠開示判断でインカメラ手続を、裁判所が導入した模様。

6月18日に第18回の三者協議が行われた際、検察官は、弁護側が求めている未開示の筆跡資料を裁判所に提出し、開示するかどうかは裁判所が検討する、との東京高等裁判所側の提案を受け入れた。こういうのを一般にインカメラ手続と言う。

裁判所が当該文書を直接見分して自ら内容を確認し実体判断をするための手続をインカメラ審理と言い、一般的には情報公開訴訟に於いて、行政機関が保有する文書等の公開を求める際に、当該行政庁が公開を拒否した場合、裁判所だけが当該文書等を直接見分する事によって公開の是非を判断する事が議論されている。情報公開法ではインカメラ審理を認めていない。憲法82条で「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」事になっているのがその理由とされる。そうなると裁判所は、当該文書の内容を見ることなく不開示の適否を判断せざるを得ない事が、議論を呼ぶ主たる理由となっている。

上はインカメラ審理に関する一般論であって、普通は、国やその他の行政機関が情報開示を拒む手段として、インカメラ審理を行わないよう主張するのが常である。

上に示した一般的通常例であると、公開の裁判以外の場所で証拠を判断して裁定を下すのは憲法違反だから駄目なのが、情報公開法やそれに付随する訴訟でのインカメラ審理不容認の理由である。しかし、狭山事件の現在の場合では、再審請求審に於ける証拠開示の判断の要の為にインカメラ手続をしているのであって、当然これ自体が判決や再審開始か棄却かを決定する要因となってるのでは無い。(だから憲法云々は狭山ケースでは問題にならないと言う事・この件とは別に狭山事件と憲法の一般的関係については、今問題になっている別の政策論との関係でいろいろ考えられるがそれはまたそのうちに)


インカメラ方式と狭山事件の証拠開示の関係


それで話を狭山事件の再審請求審と三者協議に於ける証拠開示問題に戻すと、検察庁は証拠開示をしない大きな理由のひとつとして、関係者のプライバシーの問題を挙げて来た。そこで実は去年、5月の集会か何かの後に、それならインカメラ手続をやったらどうなのか、インカメラを求める事は出来ないものかと急に思いつき、どこかの機会で質問したかったが機会を逸してしまい、次いでそのことはすっかり忘れてしまい、そして今思い出したのだ。

で、そういうのを知ったり聞いたりする良い機会と思って、先日実施された東京都墨田区の集会に行きたかったのだが例によって(嗚呼)行けなかったのだ。但し出席したノジマ氏の報告により、インカメラが既に行われた事を知った。

勿論インカメラ手続であると、インカメラされた証拠を開示するか否かの判断は裁判所がするのであって、この判断がどうなるかを委ねその結果は出るまで不明、ということになる。それでも、裁判所が証拠開示命令をせず、当然検察側もいろいろの理由を盾に取って証拠を未開示のまゝに据え置く事態が続くようであれば、特にさっき述べた個人情報保護を未開示の理由にしているのであってみれば、それならいっそのことインカメラぐらいどうなのか、刑事訴訟手続でインカメラというのはほとんど聞かないような気がするが、と、思っていたわけで。(うちにある刑事訴訟法の解説本にも、全然出て来ませんですね)

それから、一度広く知れ渡った情報は元の秘密状態への現状復帰が出来ないから、やっぱり個人情報保護を考えるとそれを含む証拠開示はいかん、と思うならば、該当する部分をマスキングする方法はもう、前から言われている。何がなんでもプライバシー、と検察官は初めからそう言うしインカメラした裁判官もそのように思うなら、個人情報を保護しつつ証拠開示する具体的な方法論と申すか技術論を、現場の専門家である弁護側からも、どしどし有効な提案して頂きたいと思うし現にもうしているかも知れぬ。

而して恐らく狭山事件の筆跡関連の証拠類が、高裁に行っているものと思われ、あとは高裁の判断如何が問われることになる。開示判断の事由が、検察官の説明のようにプライバシーになるのなら、開示是非の判断は直ぐにでも下せそうで次回三者協議での裁判所の対応が注目される。但し今回インカメラされた証拠量が膨大なものになれば判断にはそれなりの時間がかかるとも推測される。いずれにしても開示の是非は裁判所の判断次第となったわけで、この次第によっては、狭山事件に対する裁判所の姿勢が判明することにもなる。

補注:インカメラというのがもうずっと昔の狭山事件の議論で(しかし石川さんの再審請求には全然無関係の議論で)いろいろ言われていたのは、その場を見ていた人は憶えているのではなかろうか。僕は昨年それで思い出して思いつきその後忘れそれからまた思い出したまでのことです。

先日のネットTVで、現在主任弁護人を務めておられる中山武敏弁護士は1974年の12月に寺尾正二裁判長に交替した直後、じゃなくて直前ぐらいに、弁護人に選任されています。狭山事件が起った時、まだ新聞配達をしていたような話は初めて聞きましたね。中山さんが語っていた当時の主任弁護人の法廷供述は、中田直人弁護士が狭山事件の弁護活動について同じ年の6月15日に証言した話です。浦和の拘置所にいた霜田区長の話とか……石川さんの話も含めいずれも、もう当然51年から40年も前の出来事なわけですが、ただ記録を読んだり話を聞いたりしただけの自分にとっても、不思議なことには、何かつい最近のことのように思われるのは、おのれもまた失った年月のことを思っているせいかも知れません。


狭山事件証拠開示の現状


狭山事件の18回目の三者協議の内容につき遅ればせながら検証して見よう。同時に証拠リスト開示の必要性について検討して見る。何れも、狭山事件再審にある程度関わっている人とっては情報も行き渡っており既知の事柄ばかりである。しかし、世の中にはこうした情報に触れる機会を持たぬ人々もまた多いのも事実だしそれどころか狭山事件自体をご存知なき人々が最も多いのもまた厳然たる事実でありこのサイトを通じた活動をやっている理由、と申すより主たる対象視聴者はこの人々である。よって情報拡大の必要性についても思うところを記して見よう。


筆跡関係の証拠


第18回の三者協議は6月13日に実施された。この間の焦点のひとつである未開示の筆跡資料につき、検察官は第三者のプライバシーを理由として開示を拒んで来ている。17回三者協議に於いて裁判所から、プライバシー問題に抵触しない証拠について検察側が出来る限り開示に応じる事、それ以外の証拠は裁判所に提出し裁判所がプライバシー問題の有無を検討した上で問題無きものを弁護側に開示する方法即ちインカメラ方式が提案された。

この提案に対して検察官は5月2日付意見書に於いて、弁護人への開示は不可としながらも裁判所に提出する用意はあると回答。こうしたやり取りの結果として、第18回三者協議では証拠類が裁判所に提出された模様である。現時点では未開示状態であるから、どのような証拠がどれだけ裁判所へ提示されたのかは不明だが、開示進捗の為のひとつの方法が取られた事は確かだ。


秘密の暴露関係の証拠


筆跡証拠以外では、秘密の暴露関係として狭山事件当日の脅迫状発見時刻頃に、被害者方東方にあったと自白調書にある駐車車両の捜査資料に関しては、検察官は全て不見当との回答であった。狭山事件は脅迫状が被害者方へ届けられた事が捜査の端緒となっている。従って捜査の初動段階で被害者方近隣の人の行動や車の走行は念入りに聞込みが為され車の運行状況に関する捜査資料は存在する筈であり、このように重要な捜査資料が見当らずとなるのは変である。


手拭い関係の証拠


被害者の遺体に付着していた手拭いの捜査資料に関しては、検察側からは不回答であった。但し検察官はこれについて速やかに確認するとした。死体と共に発見された手拭い・タオルの出所と配布先が重点的に捜査された事実と、これら物証を入手可能とされた事が狭山事件本件再逮捕に当っての疎明資料とされた事実は二審での捜査関係者の証言によって証拠上明かである。又、手拭いは狭山市内の米屋から合計165本が配布されうち7本が未回収とされ更にそのうち4本のどれかが狭山事件の犯行に供されたとされるが、回収時の任意提出書の通し番号に27もの欠番がある事、即ち165本以外に27本が配布されていた可能性が大である事実は既に昨年1月の第13回三者協議時点までに明かとなっている。よって、これら不明の番外手拭いの行方も含めて、手拭いに関する未開示証拠が存在する筈だ。

筆跡や物証等の捜査報告書その他の資料は何れも、起訴事実を立証する為のものであり有罪を判示した確定判決の重要な基礎にもなっている。これらが有罪証拠であるならば容易に開示可能な筈だが、不見当とか不回答となるのは、これらの未開示証拠が有罪認定に合理的疑いを生ぜしめる類のものであるが故と判断出来る。


狭山事件取調べ録音テープ


この三者協議迄に、弁護団は2010年5月に開示された36点の証拠のうち取調べ録音テープの解析を進め、5月7日付で心理学的分析を行った奈良女子大学名誉教授・浜田寿美男氏の鑑定書「狭山事件・請求人取調べ録音テープの心理学的分析」を提出。第三次再審請求に於ける弁護側提出の新証拠はこの時点で136点。

本録音テープは狭山事件冤罪の自白が三人犯行から単独犯行に変遷する6月20日から25日迄の取調べの一部を録音したもので、これの内容は、複数の取調官がほとんど話をしており、石川一雄氏の応答は短い語句だけであった。浜田鑑定書はこの録音テープに現れた応答が犯行の実体験を持つ者の語りになっておらず、真犯人にしか知り得ぬ秘密の暴露よりも、むしろ犯行について知らない事を示す「無知の暴露」となっている事実を指摘した。書証=文面として記録された証拠である自白調書と、その自白を取ったとされる実際の取り調べ状況との間の落差が歴然としている。

尚、浜田氏は第二次再審請求に於いて1986年末、自白調書を分析した意見書を作成されている。その成果を一般読者にも解り易くまとめた著作として「狭山事件虚偽自白」があり、狭山事件に於ける自白とその調書を詳細に分析した必読書と言える。


狭山事件再審と証拠リスト開示


更に5月13日付で、証拠リストの開示勧告を求める申立書を高裁に提出。

狭山事件では、控訴審=二審時の検察官が全ての証拠に通し番号を付けて領置している。これらの証拠物は第二次再審請求中の1999年3月の折衝で、当時の東京高検の検察官が「手元の証拠を整理したところ2~3メートルある」事を認めた検察官手持ちの全証拠である。

こうした証拠のうち一審裁判と原判決=二審判決をした裁判中に証拠の標目として掲げられたもの、即ち裁判所に提出され証拠として取り調べを受け裁判所の判断を経た証拠は極一部であって、且つ、弁護側が開示請求をした結果証拠提出されたものはそれの更に極々一部に過ぎ無い。

尚且つ今次再審請求審迄に開示された証拠に付けられた番号を見ると、番号が飛んでいるものがあり、例えば番号19号が2010年5月開示の逮捕当日の上申書で、34号が領収書となっているが、この間の20から33号までに未開示の証拠が存在する事が解る。

この全証拠のリスト開示も検察官は拒否し、開示を求めるならば証拠物を特定せよと要求しているが、何があるか解らぬ状態では特定せよと言われても限界がある。弁護団は次善的に、番号飛びで存在が明かな証拠乃至客観的証拠に限ってリストを開示するように求め、東京高裁としても客観的証拠は出来る限り開示の立場をとり、証拠リストの開示も前向きに検討するとしている。

再審を開始する理由として刑事訴訟法第435条6項は、新規且つ明白な証拠を求めていてこれは6号事由と呼ばれる。6号事由について最高裁判例は

同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

としている。最決昭和五〇・五・二〇刑集二九巻五号

そしてこの、確定判決をした裁判所がもし知っていたならば有罪認定に到達し得なかったであろう証拠は、全証拠を掌中に握る検察側の知る処であり、しかしこれらは言わば公共物なのであって、少なくとも証拠リストの開示は冤罪防止の為に不可欠だ。狭山事件以外では足利事件、布川事件、袴田事件と最近数年を見ただけでも再審開始・無罪事例が相次ぎ、冤罪を防止する策はこれら事例の検証によって立案実施されるべきだが何もなされていない。狭山事件の再審請求で求められている証拠リスト開示が、たんに狭山事件だけの問題ではなく、広く一般の刑事裁判に於ける冤罪防止策の良き前例ともなるだろう。


法理と実務を知る必要性


こうした事柄は、裁判所での法律家の議論も重要だがそれだけでは駄目で、広汎な一般の認知と認識をも必要とする。法は、議会を通じて国民が作るものであるならば、議会を選挙する権利を有する国民自身の意識を拡大し高めなければならない。

元来そう言うものだと思うけれども、この事を一層必要にしているのが裁判員制度の創設であった。この制度によって、特別の事情無き限り二十歳以上の国民はいつでも誰でも、自ら重大事件の刑事裁判に関わる可能性が生じるようになったのだ。こうなると一般人も常日頃から、裁判手続への参加に当り必須となる刑事訴訟法の法理と実際、及び冤罪事例を良く知っておく必要がある。何しろ裁判員席に座るのが決まってから慌てて習得出来るものでもない。斯く申す自分も、自分自身の狭山事件理解の仕方に於いて法理と実務を知る必要性を感じたのは、裁判員制度の開始がそれを感じた理由のひとつであったのは確かだ。狭山事件裁判の調書などを刑事手続の関係法と一緒に詳しく調べ始めたのも、こういうのがきっかけだった。


狭山事件情報の拡大


そして狭山事件に限って申せば、発生から50年以上が経過し確定判決からも40年が過ぎようとしている現在、この事件自体を全く知らない人々が圧倒的多数だ。何しろオウム真理教の一連の事件でさえ、知らぬ人が多くなったのだから、狭山事件など推して知るべしである。

自ら狭山事件の再審に関わっている者にとっては知っていて当然の事実であっても、そんな事など全然知りもしない人のほうが圧倒的に多いことを常に頭に入れておかねばならず、それさえ頭にあれば必然的に、知らしめるためのありとあらゆる方法を常態的に模索するようになる。

狭山事件を知っていて自ら活動を行っている者ほど、情報公表と申すか発信が、まだ全然足りぬ実態に鈍感になりがちだ。そうなると内部的な、知っている者同士のどうでも良い、と申すと語弊があるだろうがそれ的な議論などに埋没してしまうようになる。で此のサイトをしている理由もそこにあると書いたが実は、検索やリンク元から自主的に見に来てくれる此の手のサイトは、要するに狭山事件の少なくとも名前ぐらいは知っている人が視聴しているのである。つまり知っている人だけが見ていると言って良い。それの前の段階、まず知らしめるには此の方法以外の方法、何か別のやって来なかった方法はあるかどうか、それをもッと考えよう。ト申すのが今宵の結論。


此の狭山事件サイトの目的


これは他と重複になるがあらためて記しておこう。ト申すのもこのことが常に、忘れられるのか無視されるのか知らぬが解らん人が多いらしい現状を感じるからである。当サイトの目的は、トップ頁の一番上あたりに記した通りであって、あれはスローガンや建前に非ず。そしてあれを大目的とするとそれの為の手段として本件を知らしめることをどうやって達成するか否かが課題となる。個人でやれることは限られておるから他の活動者の方々と連携をはかるのは大切だがその前に、個人で実行可能な最大限の行動を実際にやっておるかどうかが問われる。問われると言って、別に誰かから詰問されるわけじゃあ、アリマセンけどね。自分で問うのである。それで、ある手段を採用し実行するとその手段の為の更なる手段が必要となる。たとえば狭山事件の現地調査をやるのも手段のひとつだが、そこへ人に来て頂くためにはまず此のサイト自体を見てもらわんことには始まらぬ。そうすると検索等で如何に目につかせるかと申す施策が必要となることは、この前狭山事件再審を拡大する(或いはしない)方法ということで書いたとおりだ。

でここから先が大事なとこですが、目的が定まると視聴対象者もたいがい決まるってことです。狭山事件を余り良く知らぬ人に知らしめるのが目的なら当然そうした人達がメインな想定視聴対象者となるのです。あくまでメインであってほかは全然対象にせんわけでもありませんが、特に活動者同士の内輪の情報なぞは此処へ記す必要性は殆ど皆無と見てよろしいでしょう。狭山事件に於ける活動者が得るべき情報は適切に流れる筈であり、また、自然流入がなければ自分で求めるべき場所か人に接すれば得られます。


狭山事件談義の中身について


の、あとこれはそれこそ超内部的な話になりますがね、狭山事件の活動についてもう何年も前にご縁の無くなった人についての話題やら悪口等を聞いたり考えたりしてるヒマも私にはありませんので思い当たる人は気をつけてください。再審問題には無関係の大昔の議論の場所とかの話題も同様です。そっちはもうぼちぼち、十年もまえの出来事です。50年以上前に石川さんに何が起きたかは考えても自分が十年前にやった下らない遊びやそれをした場所のことなど忘れました。今ごろそうした場所を覗いたり気になったりする位なら、初めから放棄したりしなかったでしょう。こと狭山事件に関して、私がもう数年来ずっと考えて来ている事柄はほとんど、前述の如き拡大の方法とかそれが為のおのれの行動の仕方だけです。一般的に、忙しそうにしている人にとってどうでも良いことを第三者が話しかけるのは遠慮すべきことです。


しかし直に個人的にお会いして会話をする分には別段、狭山事件に直接には無関係の例えば政治上の課題に関する話題もよろしいと思います。但し此処ではやりません。狭山事件と表現の自由の問題について、自らに厳しい制約を課しているからです。世論に惑わず(しかし世論形成の方法は常に考慮しつつ)政治に拘らず(他の場面では良しとしますか)只々一途に己が本分の忠節を、まあ、そんな処です。そして他人のではなくて自分の死を、鴻毛ほどにも重く感じぬようになった現在、何のストレスもありません。

2015/01/30
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2015/01/30
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