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狭山事件法医学鑑定

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狭山事件遺体と手紙

狭山事件の遺体解剖と法医学鑑定について、新しく大幅に増補改訂を施した頁を作成しました。

狭山事件法医学頁の増補改訂

狭山事件無罪の検証の一環として、旧来からあった法医学的考察と称する頁につき、殺害方法に特化した形で内容の精査を実施した結果、大幅な加筆と改訂を施し、このたび狭山事件殺害方法として一応完了しました。かなり難解な鑑定事項を参考書をもとに読み込み、憚りながら結構な力作が完成したものと自負しております。

今となってはもう昔、かれこれ十年以上前に、狭山事件の死体解剖所見に基づく法医学的考察の頁を書いたことがあります。其の後も折にふれてちょくちょく加筆をしておりましたが、第二次再審請求で検察側が鑑定書を提出し、今の第三次再審では弁護側の新鑑定も提出され、殺害方法に関する法医学上の双方の論点がほゞ出揃って来ました。この状況に鑑みて、上記殺害方法として改訂したわけです。正直な処、1年位前から準備していたものです。

本件の証拠関係では特に専門家の鑑定にかかるものは非常に難しい内容があり、以前ある程度法医学分野の知識を取り入れた事はあるとは申せ、やはり門外漢にはなかなか大変です。特にこの分野はそこらの矮小な推理マニアが野外で適当に集めて来たネタを文章にまとめるほど安直なもんでなく、まことに結構な日数を要します。そもそも鑑定書を書く鑑定人自身が相当の労力をかけているわけですから当然です。一応論点はまとめたつもりですが、少々難解なことになっているやも知れませぬ。しかしこれが解らぬと狭山事件の現在に於ける重要な論点を掴むことも出来ませんから、その気がある人は通読して見て下さい。

狭山事件遺体を巡る攻防

殺害方法を中心とした法医学鑑定については、上に書いた通り第二次再審で石山鑑定が出て、今の再審で赤根鑑定が出され、これに対する検察側の反論として2011年と2012年のそれぞれ3月にほゞ一年毎に二通の意見書が出されています。弁護側が新証拠として提出した鑑定に対して、検察側が敢えて反論の意見書を出して来ると言う事は、検察官にとって盤石のものと思われた確定判決以降の狭山事件の遺体に関する事実認定が、弁護側の度重なる新証拠提出によって揺らいでいる事を示します。

既に裁判所自体が、第二次再審の棄却決定以降、殺害方法に関して弁護側の二審以来の絞殺の主張をも考慮に入れた決定を下しているからです。裁判所の狭山事件の遺体判断に対する態度がこのように変化=後退して来たので、危機感を持って出されたのが石山鑑定と後続の意見書のわけです。脅迫状の筆跡や腕時計、万年筆、手拭いの新証拠などとともに、遺体に関する攻防が、第三次再審請求の鍵を握ると言って過言ではありません。

狭山事件のDNA鑑定は?

現地調査へ行ったときとかに、たまに、狭山事件でDNA鑑定は可能なのかどうかについて質問を受けたことがありました。それどころか自分が遺留品の例をあげて質問したことさえありました。足利事件の再審のきっかけがDNAだったし、最近では袴田事件もそうです。袴田事件も50年近く前の事件ですから、狭山事件でも、と思われるのは当然ですが、ついでに記せば、さすがに狭山事件ではDNA鑑定の検体となる資料が残ってないのが現状です。

狭山事件の捜査当時は、そのような鑑定方法が確立されておらず、今の時代であれば真犯人のDNAが検出されるであろう被害者の衣服や脅迫状の紙面なども、洗ってしまったりさんざん薬液に浸してしまったりで検出不能とのことでした。もっとも、自分がこれについて質問をした時は、水や洗剤で洗った布きれからはミトコンドリアDNAが百年経っても検出可能な件もあったので(切り裂きジャックの件でパトリシア・コーンウェル氏がそれをやった)あるいは可能なのでは、と思ったわけですが。

但し、未開示の証拠類の中にDNA検査が可能な証拠類がある可能性は無とは言えませんが。現在のDNA鑑定は指紋の次に確実に個人を特定又は個人を識別出来るものですが、一般的に言って、狭山事件では無理なのが結論です。

従って法医学方面では、やはり被害者の遺体鑑定が中心となるのです。

狭山事件鑑定目次

同じテーマで、狭山事件に関する各種鑑定の頁をリンクしておきます。狭山事件にはほかにも重要な鑑定がやまほどあるのですが、現時点でHTML化出来ているものはこんなところです。一応、自分で鑑定書と解説書を読んで、自力で理解出来るところを文章化したわけですが、視聴者にはなかなか難しい出来になっているかも知れません。但しこの程度を解らぬと、此のサイトに書いてある話もたぶん話半分程度の読解となりますから、やる気のある方は頑張ってお読み下さい。

脅迫状と筆跡

狭山事件と筆跡の頁に、犯人が書いた事が確実な脅迫状と、石川一雄氏が書いた上申書の筆跡鑑定と関係事項の解説を総合的に記した頁です。狭山事件の脅迫状にまつわるあらゆる論点と争点を網羅的に検討した結果、結構長い頁になりました。

足跡鑑定

確定判決で脅迫状の次にとりあげられている客観的証拠が足跡です。これは、佐野屋にカネを取りに来た犯人が残した足跡と言われているもので、石川一雄方の家宅捜索で押収された地下足袋と一致したと言われているものです。この足跡についての狭山事件鑑定を、検察側・弁護側の争点と裁判所の判決・決定の論点を取り上げて整理検討した頁です。

2014/10/06

脅迫状と狭山事件のデマ

去年の、いつだったかもう忘れましたがある日ある時、狭山事件のフェイスブックにある掲示板で、石川さんと狭山事件についての嘘八百を書いてあるサイトがあるんですが何なんでしょう、的なご質問をされていた方があらしゃいました。そう言われるまで全然知りませんでしたがリンクが張ってあったので先を見ると、脅迫状と石川さんの筆跡がどうとかの、推理サイトの一種でした。で暫く様子を見ていたところ、海千山千の活動者の集いだからどなたかお答えになるかと思ったらどんどん「いいね」ボタンのクリックが増加しておりました。僕はそのボタン、いいねと言うからには良いことに対して押すもんだとばかり思っておったんで、石川さんが殺人犯だと嘘の風評を垂れ流している匿名所業のどこがいゝのかサッパリ解らヌし、最初に書いた方は質問をしてると思ったんで、その答えはしょうがござらんから自分で作ったんですよ。そのひとつが上でもリンクしておいた「狭山事件脅迫状と筆跡」なんですね。

でまあそれは兎も角、確かに狭山事件と石川さんについてのデマをインターネットで流している手合いがいるのは事実、これは僕から見ると何を意味するかと申せば、狭山事件の真犯人推理が完全に終ったってことです。今や狭山事件そのものを知りませんと言う人が大部分で、知っている方の人は日本全体で見れば、何百万人であっても少数である事は確かです。それの更に極微量が真犯人仮説と呼ばれる楽しみごとをやっていたわけですが、推理のネタも底をつき、もう議論は出尽くしてしまって、結局たどりついたのが石川さん説だったというわけです。そしてこれのネタは長大な判決文や棄却決定の中にまだ沢山あるからそれをマネすれば簡単に推理が出来上がる仕組みなのがミソです。

わたくし共から見れば結局所詮推理ですから、全然相手にならぬわけですが、先日、前に現地調査に参加されたこともある方から連絡を頂きまして「このような差別デマは放置出来ませんから自ら批判頁を作りたい、ついては引用の許可を下さい」との趣旨でした。考えてみれば狭山事件のことを既に知ってる者には何でもなくても、まだ良くご存知でない方々からすると、こんなデマも真に受けられることもあるでしょうし、僕が此のサイトを通じてやって来たのも知らぬ方に正しく知って頂くためでありますから、趣旨に賛同させて頂きました。このたび『狭山事件「差別デマページ」にツッコむ』として公開されました。

自身も当サイトにおいて、こうした嘘や風評被害の排除を含む狭山事件冤罪の検証を大きな目的のひとつとしておりますが、最初に書いたいいねボタンで放置するのでなく、このように真ッ正面から批判をする場所もあって然るべきでしょうし、その際、自分以外の方の取り組みは、また別の切り口を提供して下さるとも思います。

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2014/10/15
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