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狭山事件裁判長交代

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6月の初めごろから小耳にはさんでいた情報によると、狭山事件の再審を担当している東京高等裁判所第四刑事部の構成が変るそうでしたが、6月29日に現在の河合健司裁判長が現甲府地方・家庭裁判所長の植村稔判事に交代の最高裁人事が正式に下達されたようです。第三次再審請求の狭山事件の裁判では7人目の裁判長となります。


狭山事件の裁判所構成一覧


此処に一応、一審から今に至る迄の裁判所の構成を書いておきます。狭山事件は今や半世紀以上に渡り有罪か無罪か自体が争点となって来た刑事訴訟事案であるので、斯様に多くの裁判官が関わっております。公判手続の更新は裁判長以外の裁判官が変った時にも行われますが、裁判長以外の交代まで書くのが面倒だし覚えてもないので、とりあえず裁判長が変ったのだけとします。筆頭に書いたのが裁判長です。例えば一審は内田裁判長ほか二名です。


狭山事件の裁判官一覧


一審・浦和地方裁判所
裁判長内田武文、秋葉雄治、鈴木之夫

控訴審・東京高等裁判所
第1回公判〜久永正勝、荒川省三、小俣義夫

第34回公判〜津田正良、酒井雄介、四ッ谷巌

第36回公判〜井波七郎、足立勝義、丸山喜左ェ門

第69回公判〜寺尾正二、井口浩二、丸山喜左ェ門、和田啓一

第82回判決公判=寺尾正二、丸山喜左ェ門、和田啓一

上告審・最高裁判所
吉田豊、岡原昌男、大塚喜一郎、本林譲、栗本一夫
以降特別抗告は最高裁判所、それ以外は全部東京高裁

第一次再審請求
四ッ谷巌、西川潔、杉浦龍次郎
第一次再審請求異議申立
新関雅夫、坂本武志、下村幸雄

第一次再審請求特別抗告
大橋進、木下忠良、牧圭次、鳥谷六郎、鹽野宜慶

第二次再審請求
高木俊夫、久保眞人、岡村稔

第二次再審請求異議申立
高橋省吾、本間榮一、山田耕司

第二次再審請求特別抗告
島田仁郎、横尾和子、甲斐中辰夫、泉德治、才口千晴

第三次再審請求
仙波厚→大野市太郎→門野博司→岡田雄一→小川正持→河合健司


まこれで全部じゃありませんが取り敢えずこんなとこです。これらの裁判所が出した判決や決定は裁判長の名前を取って呼ばれています。たとえば二審の狭山事件判決は寺尾判決、第一次再審棄却は四ッ谷決定、第二次再審は高木決定、第二次の狭山事件特別抗告棄却なら島田決定、ト言った具合です。

で、裁判とは、人、つまり裁判長の個人性や資質等によっては、本来的には変っちゃいけんものだと思いますが、一方でそう杓子定規に行かぬのが世の中と、言うものでもあります。現にある組織を運営統治する方式規則がかなり厳密に決まっていても、その時どきの組織の長の個性や資質や仕事如何によって組織の在り方そのものや命運が左右されるのもまた事実です。これは、大きく言えば歴史に於いて「個人」が如何なる役割を果すかの問題として、旧くから歴史学者の論争の的になって来たし、狭山事件の裁判でも『裁判長を忌避するか、いや忌避したところで次に「良い裁判官」が来るとは限らぬ』トいう具合でいろいろに議論された時期もあったものです。


狭山事件再審は裁判長次第?


第三次再審請求では植村裁判長で7人目の裁判長となります。一応、今までの裁判長の任期を書き出すと

仙波厚  =2006.5.23~2006.9.8

大野市太郎=2006.9.9~2007.5.22

門野博  =2007.5.23~2010.2.5

岡田雄一 =2010.2.6~2011.5.9

小川正持 =2011.5.10~2013.3.4

河合健司 =2013.3.5~2015.6.28

植村稔  =2015.6.29~
とこんな具合で、2009年12月に証拠開示勧告を狭山事件では初めて出した門野裁判長が一番長いようですがそれ以外は、大体1、2年で去るようです。こう見てくると訴訟の方向性は、裁判長がどれだけの期間、担当事件に付き合うかどうかも結構重要な要素となりそうです。勿論裁判長そのひとの人柄とか考え方如何にもよるでしょう。

結局のところ、新裁判長は来てみないと解らヌ、と、いうのが現実です。一方で我らが為すべきことがらはもう決まっており、そのことは別に裁判官がどう変ろうとも、不変です。今迄どおりの活動を、今迄よりも良いやり方があったらそれも含めて、ヤルだけです。

たゞ、上のほうで「裁判官が更迭した時は公判手続の更新を行う」ことを書きましたが、これは見ての通り事実審でのことであって、公判手続がない再審請求審で裁判所の構成が変った時はどうなるかといえば、そもそも公判手続をやってないのだから更新、つまり更新弁論もなにもなく、そうすると、担当事件をどう理解するかは交代した裁判官の努力次第、と、いうことになるでしょう。今までの証拠関係をちゃんと知る努力、具体的には新証拠も含めて、事実審で記録された膨大な公判調書などをきちんと読むかどうかも判事次第です。

となると、普通に口頭弁論が開かれる裁判以上に、再審の場合にはやはり法廷外で行われる市民的な活動がものを言うし、それなりに有効だ、と思われる。世間から全く顧みられぬ裁判よりも、高い関心が示された裁判を担当する方が、裁判官も人である以上「見られている」意識がより働くのは確実だ。但し此処で言う世間の関心とは、当然ですが此のサイトも含めたネット上などの言論などでは、全然なく、正規の経路を通じて裁判所に届けられた署名簿や要請活動文及び行動自体、つまり実地の活動を伴った言論の事を指します。

インターネットが既存の組織や機構やそれの長に対して何らかの影響を与えられるのは、言論の自由がなく混乱した国や地域に於いてだけで、日本も含む一応民主化が達成された国家に於いてネット言論オンリーが何らかの影響力を持ち幅を利かせられる範囲などごく々限られています。狭山事件の再審も例外ではなく、現にこれを書いている作者も、実効性を有する行動を常に模索して実行しているわけです。


求められる狭山事件の事実調べ


本件再審に於いて、証拠開示と同時に強く求められているのが「事実調べ」です。事実調べとは、証人尋問や鑑定人尋問・現場検証等を行うことですが、別にこれらの事は、再審開始決定が出て再審公判が開始されなくとも、請求審つまり再審の裁判を開くかどうかを審査している間にも実施する事は可能です。現に再審開始決定が出た袴田事件などでは、再審請求の段階で証人尋問等が行われていました。

他方で二審の途中で裁判長に就任し後に確定する判決を書く事になった寺尾判事は、当時弁護側が請求した証人尋問・現場検証等を却下し、殆ど事実調べを行わずに判決文を書いています。その結果、例えば万年筆が発見された状況について、現場検証をした一審の裁判所は問題の鴨居を見え易い場所だからかえって見落とされたと判示しましたが、二審判決はこれとは全く逆に、鴨居は見えにくい所としている。

同じ有罪判決でもこのように、狭山事件の現場を裁判官が実際に見たかどうかによって、根源的な部分で判断が違っているわけです。これが「事実調べ」が求められる所以です。

最高裁判所の狭山事件判断


最高裁判所は司法・立法・行政の三権のうち司法を司る国家の最高機関です。故に、最高裁判所は違憲審査権を持っています。裁判所の行う裁判(の結論)には判決・決定・命令があり、第二審の判決、又は高等裁判所が一審の審理を行った結論として出した判決に対する異議申立の手続を上告と言い、下級裁判所が出した決定・命令に対する異議申立を抗告と言い、抗告のうち最高裁判所に対してなされるものを特別抗告と言います。

憲法判断も含め狭山事件については、最高裁判所は二審判決に対する上告審と、第一次再審棄却決定に対する特別抗告審、第二次再審棄決定に対する特別抗告審で、3回の判断を下しています。上告審は口頭弁論を開かずに上告棄却決定を出して言わば門前払いとなりました。第一次・第二次の特別抗告審も同様です。

別件逮捕の最高裁判例


狭山事件の上告は二審寺尾判決の内容につき、偽計・利益誘導・手錠を施したままの取り調べで得られた自白の証拠排除、部落差別の基づく捜査の憲法第14条違反、別件逮捕の違法を上告理由として為され、これに対して最高裁は「所論違憲の主張は前提を欠き、適法な上告理由にあたらない」として上告そのものを棄却しました。この中で特に狭山事件の別件逮捕について判断を下した。即ち別件逮捕による違法な捜査とは

専ら、いまだ証拠の揃っていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃っている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたもの

であると定義して、他方狭山事件の捜査は、「別件」についての第一次逮捕・勾留中の捜査が、専ら狭山事件本件の被疑事実に利用されたものでないことは明らかあるから、第二次逮捕・勾留が第一次逮捕・勾留の被疑事実と実質的に同一の被疑事実について再逮捕・再勾留をしたものではないことは明らかである、として合法とした。これは別件逮捕についての判例となっている。

2015/6/26


狭山事件担当の高裁第4刑事部


狭山事件冤罪の構造にも密接に関わる判決が出ました。


狭山事件担当部署が無罪判決


東京高裁の第四刑事部は狭山事件裁判の控訴審を担当して判決を出し、そしていま第三次再審請求を担当している高裁の部署である。そこが痴漢冤罪事件で無罪判決を出した。東京高裁は東京・三鷹市のバス痴漢事件で、東京都迷惑防止条例違反に問われている30歳の中学教諭に対し、一審の東京地裁立川支部の原判決を棄却し、無罪の判決を下した。判決を言い渡したのは東京高裁第4刑事部で裁判長は河合健司判事。第4刑事部は狭山事件の再審請求審を担当している。

河合健司裁判長は「車載カメラの映像では、教諭は右手で携帯電話を操作し、左手でつり革を持っている。痴漢したとは考えがたい」と判示。有罪の証拠となっていたのは被害者の供述だけで、この被害者は被告人の顔や手を直接見たわけではなかった。よって、より以上に客観的な証拠である車載カメラの映像が無罪判決の決め手となった。「被害者が勘違いした疑いが残る」と言う。

この事件は2011年12月22日に勃発した。国民救援会のホームページによると

(被告人は)吉祥寺から八つ目の停留所の手前で、前にいた女性がこちらをにらんで何かつぶやいたので、津山さんは「何か気にさわるようなことがあったのか」と思い、トラブルを回避するつもりで「ごめん、ごめん」と言ったところ、女性は津山さんの手を掴んで「降りましょう」と言うので「勤務校へ向かうバスで騒ぎはいやだ」と思い、一緒に降車した。

降りた停留所で、痴漢をしてないことをはっきり言って、その場を立ち去った。早速、一台後から来たバスの運転手と若い男が追いかけてきて、津山さんは「痴漢の犯人」として取り押さえられた。

この事件で、女性は痴漢行為を見たわけでも、痴漢をしている手をつかまえたわけでもなく、女性の「さわられた」という供述があるだけで、これを補完する目撃証言など客観的な証拠は存在しません。

この手の勘違い供述が有罪の証拠とされたのではたまったものではなく、無罪を勝ち取ったTさんは「誰もが巻き込まれる可能性がある事件だと思っています。勘違いをしてしまった高校生も被害者だと思っています。ありもしない性犯罪に巻き込まれてしまっている。判決文を聞いたときは、本当によかったと思いました」と語った。ひどい目に遭わされたのにも拘らず、優しいひとだと思うが、冤罪で犯罪者にでっちあげられた揚句、仮に無罪となった人がこう仰ったからと言って、彼を冤罪に陥れた個人の責任が消去される筈もなく、冤罪加害者の責任と、冤罪を作り上げる構造は断罪され、検証の末に改造されるべきだ。

この事件が発生してから今日までのほゞ2年半、錯誤によってありもせぬ罪をでっち上げ、ちゃんとした証拠調べをすることもなく一人の無辜を平気で犯罪者として断罪して来た罪は大きい。たとえ被害者であっても、証拠無く人を有罪に陥れることは許されず、有罪に導いた個人としての捜査官と検察官及び裁判官そしてバスの運転手や若い男ともども、社会的制裁を受けるべきだろうし、また社会は、これを徹底的に追及すべきだろう。何せ最初から痴漢事件など無く、事件そのものがデッチ上げだったのだ。つまりこの事件には真犯人も被害者も存在せず、被害者と称する輩はただの冤罪加害者に成り下がったのである。


半世紀に及ぶ冤罪 狭山事件


逆転無罪又は再審無罪は、それでめでたし目出度しと万事が終結する程おめでたい事象ではなく、その間に失った時間や人生があり且つは仮令無罪となっても、家族親族の間をも生死を以て引き裂かれることも起る。狭山事件の場合は2年半どころか烏兎怱怱、半世紀もの歳月が経過し、個人責任を問われるべき冤罪を製造した当事者も他界してしまった。足利事件では地検の検事正が菅家さんに謝罪したが、組織のトップとしての謝罪であって、証拠の精査なく有罪をでっちあげた当人が個人責任を取ったわけではない。

狭山事件を知り、関わることによって、狭山事件自体とこの事件をとりまく様々な人間模様の中に、このような例を数多く見て来た。刑事訴訟法に、事実の認定は証拠による、とあるが、有罪証拠があった場合でも、反対証拠と照らし合わせその優劣を厳密に吟味するのでなければ、いつ、どこで、如何なる事案に於いても、なにびとをも犯罪者として良く、彼が犯罪者にあらざることが明かとなっても、冤罪加害者は何ら責任を問われぬことになる。

証拠をもてあそぶ捜査や裁判とそれに関与した個人の責任は徹底的に検証され追及され尽くすべきであり、捜査や裁判に無関係の場所に於いても、証拠無くひとを犯罪者にでっちあげることを遊戯として行うものも同様であろう。本日このニュースに接して、他の事件に関わる余裕はチョット無いが、狭山事件に限っては、ますますこれを実行する決意を固めた次第だ。

で、河合裁判長がその狭山事件の担当裁判長なのであるが、今日件の冤罪事件が無罪になったからと言って、即座にこちらの再審に何か直接的変化があるとまでは少しも楽観せずに申せば、痴漢冤罪の審理で証拠の比較判断をした冷厳な証拠評価を、狭山事件の再審請求審でも発揮して頂ければと思う。

さすれば、有罪の根拠として検察官や過去の棄却決定がいまだに依拠する三鑑定(=筆跡)、或いは殺害方法に関する石山鑑定(法医学)、等々その他の各有罪証拠が、上告審以来積み重ねられてきた証拠の総合判断とともに、今次再審請求審に於いて提出された新規明白な証拠によって否定されることは、明かとなろう。

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2015/06/29
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