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違憲と合憲の法理

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狭山事件の裁判に於ける過去の判決と決定では、ある証拠を評価する際に「犯人だとすると」との仮定、此処での主題に則して言えば「解釈」が多用されている。この結果、唯一無二の事実を表す筈の証拠が有罪判決に都合の良いように歪曲されている。このことは、「軍」の任務とその範囲とそもそも軍が存在することの可否自体と、現行憲法との関係の、戦後ずっと継続されて来た状況に類似している。

我が祖国では、軍の活動範囲と活動内容を変更する法律が議会の第一院で可決され、第二院でも可決されるか、可決されない場合には憲法第59条により第一院に於いて再可決との見通しが有力のようだ。此の件につき、狭山事件の今日までの裁判とも関連するものとしていくらか考えて見よう。

憲法第五十九条
  1. 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
  2. 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
  3. 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
  4. 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

尚、此処でやりたいことは、防衛とか国防に関わる個別の政策論の是非やそれの背景にある思想的主張の表明ではなく、あくまで法理上の検討であることを最初にお断りしておく。法理上の検討であれば、狭山事件の周辺事態を検討する際にも普段からやっていることで、だからこそ此の場所のそもそもの目的にも合致している。敢えてこうした話題に触れる際にも、冤罪救済の活動やそれの道具としての此の場と自分自身に自ら施した特定の政治信条や政策傾向についての「見えない手錠」を、厳格に適用する。

狭山事件の決定にも通ずる憲法の法理

此処での主旨は、憲法と、軍備や戦争や武力行使との関係を考えることと、間接的にせよそれらの経緯と現状が狭山事件の裁判や再審にどう関わっているのかを示すことにある。

軍とは、即ち「戦力」のことであり、これは当然に憲法第9条の存在に密接に関わっている。此の国では、特に憲法の此の条項については、そこに書かれてある文言の文法的、或いは意味的解釈がいく通りかあって、解釈如何では実質的に、如何様にも条文からの潜脱、若しくは事実上改憲することが可能となっている。

法治国家の根本を為す憲法の現在に於けるこのような周辺事態は、個別の刑事訴訟事案である狭山事件に対する確定判決と各棄却決定の在り方にも相通じた「法匪」的な現状を示している。憲法事案としてのこの事象がこのように再審事案としての狭山事件にも、間接的にせよ関わるが故に、此処である程度、客観的な法理について述べておくのも無駄ではなかろうと考えた。

憲法第九条
  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第一項は戦争の放棄を定めている。これに際し、大きく分ければ、全ての戦争と武力による威嚇(いわゆる抑止力をも含む)と武力の行使を何らの限定なしに放棄したと解するか、「国際紛争を解決する手段としては」の語句に注目して、それ以外の目的の手段としては容認されると解して限定放棄と解する仕方に分かれている。無限定放棄と解する前者に於いて第二項は一切の戦争を放棄する為の手段を具体的に示したものと解される。限定放棄と解する後者では文言をいろいろに考えることによって、様々に変形された解釈が成り立ち得る。

第二項についても「前項の目的を達するため」の文言解釈を色々に弄する事が容認されるならば、如何様にも変形可能となる。

歴代政府が取って来た解釈は概ね後者であって、憲法は第一項で国際紛争解決の手段としての戦争を禁止していてそれ以外の戦争は禁止対象とならず、但し第二項で「陸海空軍その他の戦力」の不保持が定められているから戦力一切を持てぬ、とする。しかしあらゆる主権国家は、外国からの違法な侵害に対し自国を防衛する為、緊急の必要が発生した時には反撃の武力を行使する権利、即ち自衛権がある、とする。自衛権は、主権国家固有のものであってそもそも放棄不可能であるとされる。

そこから、二項が禁止している(と歴代政府も解釈している)「戦力」に非ざる「自衛力」の概念が生まれて来る。これによって、当初は警察予備隊、次に保安隊、そして現在「自衛隊」と呼ばれている組織が、つくられた。これらは、第二項で禁止されているところの「陸海空軍その他の戦力」には該当せず、従って「軍」ではなく、その目的も国際紛争を解決する為ではなくて「自衛」の為とされる。

第九条の第二項には「国の交戦権は、これを認めない」とあるが、交戦権とは何だろうか。圧倒的多数の学説では、交戦権とは、戦争を行なう権利そのものであり、交戦権の否認とは、あらゆる戦争を行なう権利を否認したことになる。国際法のひとつである国連憲章では無条件に戦争を行なうことが認められているのではなく、制裁(国連憲章第四二条)又は自衛(同第五一条)のための武力行使だけとされているが、交戦権の否認は、国連決議に基づく制裁はもとより、自衛の為の武力行使の権利も自ら否認したことになる。

政府解釈は、交戦権とは、戦争そのものではなく、交戦国が国際法上有する諸権利のことを言うものと解している。交戦国の権利とはたとえばハーグ陸戦条約などの戦時国際法に書いてあるものを言う。

以上が、現行の憲法が成立してからの歴代政府が取って来た第九条の解釈と実務上の適用と運用のやり方となっている。


戦争放棄と戦力不保持の意味


憲法第九条の第一項は戦争やそれに先立つ武力による威嚇や武力の行使を、全面的に禁止したものなのだろうか。それとも、侵略戦争やそれの準備と事前行動を禁じたものだろうか。第二項は、一項を受けて、形式や名称を問わず戦争の遂行を可能とするあらゆる戦力を禁止したものだろうか。それとも、一項によっても自衛権は禁止されていないと見て自衛の為の「戦力外」の何らかの組織は許容されるのだろうか。

この疑問を解決する為には、この憲法がつくられた時の情勢を考える必要がある。この時代以前に、既に第一次世界大戦の結果として、不戦条約、と、言うものが締結されていた。これによると「国家の政策の手段としての戦争」を放棄することが宣言されている。定義は不明確だったが要するに侵略戦争を禁止したものだ。それまで戦争は、言わば単純に国家の権利と見られていたのだが、最初の近代戦となった世界大戦を経験した結果として締結されたもので、これは日本も加盟した上で批准していた。

こういう条約があっても、結局戦争を防ぐことが全然出来ず、兵器の威力が更に増大した二回目の世界大戦が勃発し中でも日本は核攻撃を体験した。日本が敗戦した結果として且つ全世界的なこうした戦争経験も踏まえた結果としてつくられた現在の憲法に、戦争の放棄と戦力の不保持の条項を入れた時、これが単にそれ以前に既にありしかも当の日本も批准しておりそれによっては更に大規模な戦争を防止出来なかった不戦条約の内容をたゞ繰返しただけであったであろうか。

現行憲法の草案をつくった直接の主体であるGHQが、そのような甘い考えではなかったことは明かである。GHQはポツダム宣言に基づき、軍国主義の除去、それを実効ならしめる為の徹底した非軍事化を意図していた。

占領軍(連合国、或いはアメリカと言っても良い)が、何か高邁な思想つまり平和主義的な考えに基づいてこの条項をつくったと考えるのも間違いだ。GHQの中には、或いはそうしたひとも居たかも知れないが、或いはマッカーサーそのひとがそのような考え方をしていた可能性もあるが、そうした思想に真の実効性を持たせる為には、敗戦国だけにこの条文を持たせても全世界的には無意味だ。当時としては、要するにこの国が連合国にとって、二度と軍事的に危険な国家にならぬよう、徹底した非武装化を政策として推し進めた結果がこの憲法、と見て良い。要するに動機はどうあれ、絶対的に戦争を放棄させ、戦争遂行可能な能力をも放棄させる目的で書かれたのがこの条文だった。


違憲と合憲の法理


但しこの頁で言いたいことは戦勝国の対日政策の是非ではなく、あくまで基本法として効力を持っている現行憲法の法理に照らして、戦後の国防政策が違憲か、合憲か、と、言うものだ。

よって日本国憲法第九条は、過去二度にわたる大規模な近代戦争によってもたらされた悲惨な結末と、両大戦間に侵略戦争を防止する目的で締結された条約を含む国際法や国際機関が戦争の防止に何の役にも立たなかった現実の中から立ち現れた。従って条文の読み方は、ありとあらゆる戦争とそれに類するものを国家自らが放棄し、この効力を担保する為に、あらゆる戦力の保持を禁止した、と見るのが正しい。

だから、名称や目的が如何なるものであれ事実上の軍隊=戦力を保有し、軍が存在することについて国民の大多数が容認若しくは黙認、或いは無関心になった時から、既にこの憲法条文は骨抜きにされていた。


時代の変遷と憲法の関係


憲法に限らず、法律の条文というものは、それがつくられたその時代の状況を反映したものである。過去につくられた法が、時代の変遷やその結果生じた状況の変化によって、現在と未来の現実にそぐわぬものとなった場合には、法自体を改訂するか、法に悖った現実の側を法に適合さすべく変革すべきなのであって、それをやらずにおれば遵法精神と立憲思想そのものを破壊することになろうし、九条に関わる主題に則して言えば、国防に関する政策をどうするかを常日ごろから全く考えぬ傾向が蔓延することになる。

現にそうなっており、とうの昔から憲法が破壊されていたことに全く気づかず、今ごろになって騒ぎはじめているありさまが、この精神状況を良く顕わしている。遅過ぎる。と申すよりも、おそらく今でも、数十年も前から違憲状態が続いていることに、気がついておらぬのではあるまいか。私は、多少とも社会や国の在り方に関心を持つようになった中学生ごろに、軍隊、つまり「自衛隊」は存在そのものが違憲なのではあるまいか、と考え始めた。のち、成人してから、この状態を何とかする為の活動をしていた時期がある。

「自衛権」の種類などに全く関係なく、すでに違憲状態は継続していた。これから必要なことは、違憲の現実を合憲状態に変更するのか、現実を変更するならば具体的にどう変更するのか。それとも、時代の変遷と現実問題に対応して条文自体を改訂するのか、法を改訂する場合には具体的にどう改訂するのか。このどちらか二者択一が求められるのであって、感情的な賛否両論などでは、無い。

国民の大多数が、気づくのが遅かったかこの期に及んでも気づかぬのを言っても今さら仕方がなかろうから、とにかくこれから必要なことは、具体的に、国防に関わる政策をどうするのかを各自が考えることだ。現状維持の場合でもそれ以上でゆく場合でも憲法改正が必要となる。九条を維持する場合には現状のほうを大幅に変更する必要がある。「立憲主義」とは、このようなことを言う。どちらを選択する場合でも選挙か、国民投票を必要とするから、憲法が要請する国民主権に基づく決定になる。


砂川判決と「戦力」の合憲性


現行の日本国政府は、自衛権の拡張政策を正当化する論拠として、いわゆる砂川判決を引き合いに出しているようだ。砂川判決とは、1957年に在日米軍基地建設の測量の最中に、基地反対のデモ隊が、立ち入り禁止の柵を破壊したことと禁止地帯に数メートル侵入した廉で、このうち7人が起訴された事件で、一審は無罪となったが、最高裁判決は原判決を破棄して差し戻しとした。此の時、最高裁が出した判決を砂川判決と呼び、この中で最高裁が憲法判断を行なったもの。これは判決文そのものを示したほうが解り易いし早いと思うので必要部分を以下。

最大判三四・一二・一六刑集13巻13号3225頁

二 憲法第九条は、わが国が敗戦の結果、ポツダム宣言を受諾したことに伴い、日本国民が過去におけるわが国の誤つて犯すに至つた軍国主義的行動を反省し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、深く恒久の平和を念願して制定したものであつて、前文および第九八条第二項の国際協調の精神と相まつて、わが憲法の特色である平和主義を具体化したものである。

三 憲法第九条第二項が戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつて、これに指揮権、管理権を行使することにより、同条第一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起すことのないようにするためである。

四 憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。

五 わが国が、自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であつて、憲法は何らこれを禁止するものではない。

六 憲法は、右自衛のための措置を、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事措置等に限定していないのであつて、わが国の平和と安全を維持するためにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に則し適当と認められる以上、他国に安全保障を求めることを何ら禁ずるものではない。

七 わが国が主体となつて指揮権、管理権を行使し得ない外国軍隊はたとえそれがわが国に駐留するとしても憲法第九条第二項の「戦力」には該当しない。

八 安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査に原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。

この判決はアメリカとの間に結ばれた安全保障条約を審査対象としたのであって、九条を対象としていないものとされているが、上を読めば自衛権について憲法判断をしており、特に四と五で自衛権が第九条に違反せず国家固有の権利だとしている。そして他を読んでも、自衛権の内実に特に制限を加えていないことが解る。そうすると、この判例を以てすれば、確かにそもそも自衛の為の措置(戦力の保有・他国との同盟・保有した戦力によるあらゆる行動)も是認されることになる。

しかし上に見たように、憲法の条文そのものだけでなく、この憲法がつくられた時の時代状況をも考慮に入れるならば(この判決も二でそれを考察している)、そもそも自衛権そのものが、憲法によって排斥されていると見るのがただしいだろう。繰返しになるが、憲法をも含めて、あらゆる法がつくられる時、法の文言や内実は、当の法がつくられる直前迄に得られた過去の歴史的経験を反映する。戦争について、この歴史的経験を踏まえるならば、「自衛」が戦争目的とされ、その当の戦争に敗戦したほゞ直後につくられた「戦争放棄」の条文は、戦勝国の占領政策も含めて、自衛を含めた一切の戦争・戦力の禁止を目的にしてつくられたことは、明かである。

従って、今、祖国で騒がれているような、自衛権の範囲や種類の合憲性など問題の本質に非ず、根源的に、自衛権とそれに基づく戦力=軍の保有そのものが、既に違憲状態にあるのだということ、このことに気づかず、あるいは気づいても目を逸らして放置し続けて来たことが法の支配とか法治とか立憲主義とかの、民主主義に不可欠の理念や、現実の政策選択への無知や無関心の根源をなしていること、他のいろいろの問題、たとえば狭山事件のような冤罪事件が後を絶たぬことや起こった後の施策が皆無か、到底不満足なものになっていること、この(退廃的な)違憲状態を解消する為には、現状を憲法の要請に合わせるか、憲法を現実の要請に合わせるかの二つにひとつの選択となること、その何れの選択をするにしても、大幅な政策的転換が必要となること、どちらの選択をする場合に於いても、普通選挙か国民投票の何れかの実施が必要となるから選択自体には必ず主権者自身の判断が加味される結果となる(し、国民自らの主体的で責任を伴う決断と選択が必要となる)こと、以上が結論となる。


憲法学者の意見


今の政策(法案)論争に関連して、憲法学者122人のアンケート結果がある。これによると、「自衛隊」が憲法違反との回答が50人。憲法違反の可能性がある=27人。合憲+合憲の可能性が合わせて41人。だそうだ。注目すべきは憲法改正の必要性についての回答で、不必要=99人、必要=6人。

と、いうことは、今ある軍が違憲か違憲可能性があるとする77人の大部分が、改正は不要としていることになる。このアンケートだけでは「自衛隊」違憲で且つ改憲不要の人が、それでは此の軍隊をどうするのかについてどう考えておられるのかは不明だが、戦力の保持が違憲で尚且つ憲法を改正しないのであれば、完全非武装化を実行する必要があり、政策論としてそこまで主張するならば首尾一貫している。

しかしもし、今現に存在する軍を廃止することなく、しかし憲法改正も不要ということであれば、これこそが、思想の退廃を象徴してゐる。なぜならば、こうした言葉の瞞着、つまり建前としての法はそれとして維持しつつ、現状には屈服するような姿勢こそが、実は差別とか冤罪、それから戦争の、温床なのだからだ。たとえば「推定無罪」の言葉は多くの人が知っていると思うが、実は全然実行されぬから、冤罪が起こる。どこからどう見ても「軍」にしか見えぬもの(あるいはいつでも軍として使用可能な機構)があるのに、それを別の言葉で呼んでみたり、そうした「平和憲法や法のもとの平等のもとでの言葉のごまかしによる戦力の保持とか差別」から目をそむけて来た結果が、今のこの国のありようなのだ。


憲法と自衛権の政策的選択肢


以上を踏まえて、今話題の「集団的自衛権」に関連して、憲法と政策との関係の結論を簡単に出しておきましょう。

どのみちもとをただせば軍備を持つ事自体が違憲でしたから「自衛権」の解釈を変えると変えざるとを問わず、たとえ現状維持で行く場合でも、憲法改正は必要です。また、憲法を護持する選択肢も勿論有り得ます。何れにせよ、改憲するか護憲するかで選べる政策の選択肢は次の三つしか有り得ません。



  1. 憲法第九条を護持する場合には、軍事外交的に中立かどうかは別としても非武装化しなければならない。これは憲法にそう書いてあるのだから。憲法解釈如何では自国自体が非武装でもアメリカの基地があったりするのも違憲との議論も成り立つ。

  2. 改憲して個別か個別と集団の両方かどちらかの自衛権を行使可能とする。現状維持=所謂「個別的自衛権」だけで行こうが集団的をやる場合だろうが、どのみち改憲が必要。「自衛」に用いる「戦力」の保持自体が違憲状態なのだから。

  3. 改憲して武装中立、つまりアメリカとの同盟も行く行くは解消してそのかわり重武装。この場合には何と核武装まで視野に入って来ますね。

今の政策論争に於ける賛成派も反対派のどちらも、この改憲と護憲の中間で行こうとしている点、要するに意識するとせざるとに関わらず何らかの誤摩化しをしている点では同類です。つまり繰返しになりますが戦力を保有する事は憲法で禁止されており自衛隊は戦力です。名目だけ憲法を護持してもこれを何とかしない限り、違憲状態は継続します。ですから、自衛権の中身がどうあろうが、憲法の内容とそれに伴う政策的選択肢は、おおまかには上の三つ以外に有り得ません。私自身がこのうちどれを支持するかは、此の場で申す必要は、ありません。


憲法と狭山事件


狭山事件の裁判と、直接間接に関係する憲法の条項を掲げておけば次のようなものがある。

第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

法のもとの平等を定めた有名な条文。この条文が、本当に守られているかどうかには疑問がある。ちなみに「すべて国民は」と書かれているが、判例によるとこうある。

最大判昭和三九年・一一・一八刑集一八巻九号五七九頁 わが憲法一四条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推さるべきものと解するのが相当である。

つまり選挙権そのほかの特殊の要件を要する事柄以外は、外人にもこの条項は適用される。

狭山事件のような刑事事件に関して最も重要なのが裁判について定められた次のような条項で、刑事訴訟法は全て憲法のこの条文に基づいてつくられている。

第三十二条  何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

第三十七条  すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

ここで「公開」の裁判を受ける権利が決められているから、何らかの事実認定を伴う裁判を行なう場合には、公開の裁判、つまり公判手続を行なわねばならない。事実認定とは、それまで未確定又は未認定だったことがらを事実として認定することであるから、証拠に基づき、被告人・弁護人・検察官=訴訟当事者による証人尋問を含む対審を含む手続が必要となる。

従って、これが行なわれずにされた事実認定、たとえば狭山事件の第二次再審請求に於ける特別抗告で、単に再審の棄却決定が正しいかどうかを判断する時に、あらたな不利益証拠を何ら法廷での証拠調べをせずに援用して事実認定をなした結果として出された特別抗告棄却決定などは、無効且つ違憲。

と、いうわけで、今年になって憲法九条違反が騒がれる前に、すでに九条は破られていたし、他の条文についても同様。


狭山事件と証人審問権


憲法第37条は、所謂「証人審問権」について定めている。刑事裁判で罪を問われる被告人に、証人に対する反対尋問の機会を保証したものだ。これは、裁判で直接に尋問することが出来ない伝聞に基づく証拠を排除する「伝聞法則」と密接に関わる条文で、刑訴法は伝聞証拠について次のように定めている。

刑事訴訟法第320条
第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

つまり一部の例外を除いては、裁判所の定めた公判期日に裁判官の面前で為される公判手続の中で実施される証人尋問で得られた供述以外の供述は、証拠とすることが出来ないのだ。これの例外としては裁判官面前調書で供述者が死亡・精神若しくは身体の故障・所在不明若しくは国外滞在の場合。検察官面前調書で死亡・精神若しくは身体の故障・所在不明若しくは国外滞在・公判期日に於いて前の供述と相反するか実質的に異なった供述をした時。それ以外の書面については死亡・精神若しくは身体の故障・所在不明若しくは国外滞在の為、公判期日に於いて供述することが出来ず且つ当該供述が犯罪事実の存否の証明に欠くべからざるものであり、更になお且つ供述が特に信用すべき状況のもとに行われた時。例外はこのように限られている。

ほかには被告人の供述調書だけである。これについては次のようになっている。これも基本的な条文。

刑事訴訟法第322条
被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、その供述が任意にされたものであると認めるときに限り、これを証拠とすることができる。

ところで狭山事件では、第二次再審請求の特別抗告の棄却決定に次のくだりがある。

一雄は,私の家に居るとき,読んでいたものは歌の本とか週刊明星が主でしたが,私が野球が好きで報知新聞をとっていると,この新聞の競輪予想欄を見ては,しるしをつけていたし,私の家でとっている読売新聞も読んでおりました。また,去年の12月ごろ,一雄が自動車の免許証を取りたいと言っていたとき,私が免許証をとるとき使った交通法規の本と自動車構造の本を一雄に貸してやったら,それを少し読んでいるのは見ました。

一雄が家へ来てから字を書く所は見ておりませんし,一雄の書いたものも見たことはないが,家へ来たとき,青インクの小瓶を箱に入ったまま持っていたし,万年筆も持っていて,1回一雄とジョンソン基地へ残飯上げに行ったとき,入門証を書くとき,一雄から万年筆を借りて書いたことはあったが,一雄がボールペンを持っているかどうかは知りません。

これは、石川一雄氏が働いていた養豚場の経営者が、狭山事件に関連して逮捕勾留されていた最中の昭和38年6月8日に録取された検察官面前調書なのだが、先に述べたように被告人以外の者の供述を録取した検面調書が証拠能力を持つのは「死亡・精神身体の故障・所在不明・国外滞在・公判期日に於いて前の供述と相反するか実質的に異なった供述をした時」だけであって、それ以外の場合には、公判に証人として喚問し、裁判官の面前で、被告人による反対尋問の機会が確保されなければ証拠能力を持たない。

ところが特別抗告棄却決定では、この書面を弁護人が『再審請求審でその主張する他の論点の裏付けとなる資料として上記供述調書を援用したものであるが,再審請求手続に上程した以上は,これを再審事由の存否等の判断資料として考慮することは許されると解すべきである』として、不利益証拠として自ら援用している。弁護側が再審事由を求めるために伝聞供述を援用しても、再審が開始されれば当該供述者を証人請求出来るが、公判手続つまり口頭弁論が開かれない請求審や抗告審などの場で、有罪の確定判決を維持するためにこうした不利益証拠を裁判所が用いるのは明らかに伝聞法則に抵触し憲法に違反している。

憲法審査権を有する最高裁判所が、自らこうした憲法違反をしているのだから、世俗の政治家やそのへんにざらにいるありきたりの無知な狭山事件評論家が、憲法を曲解したり、こうした供述や街で集めた無価値な噂を本気で証拠に祭り上げるのも、当然であろう。

2015/07/26


狭山事件と判例


狭山事件の再審請求と判例の頁に、関係する判例と、証拠開示で得られた新証拠をまとめて解説しましたから、此処でもそれらについて簡単に取り上げておきます。

狭山事件の裁判、特に2006年に申立てられ現在も三者協議を通じて継続中の第三次再審請求で開示された証拠と、弁護団提出の新証拠、それに再審請求それ自体の一般論と法理、再審開始事由についての判例を示しました。

刑訴法435条の再審開始事由について、過去の判例をふまえてまず解説してあります。次に狭山事件の第三次再審で開始された三者協議の法的根拠と、今迄に新たに開示された証拠一覧、それに基づく弁護側・検察官双方の意見書や鑑定書など新証拠の一覧、主な新証拠の個別解説の頁です。

有罪の確定判決が出た後に、何故再審請求の制度が必要なのか?再審開始の理由としてはどのようなことが条件となっているのか?再審開始に求められる新規明白な証拠とは何か?そして狭山事件では現在迄に、どのような新証拠があるのか?それらを随時加筆して明かにします。

狭山事件に関わる判例


狭山事件の判決や今後の再審にも関係する一般的な判例を提示しておきます。まず、刑事裁判に於ける事実認定一般に関する判例は次の通りです。

最判昭和48年11月20日第190号
刑事裁判において「犯罪の証明がある」ということは「高度の蓋然性」が認められる場合をいうものと解される。しかし、「蓋然性」は、反対事実の存在の可能性を否定するものではないのであるから、思考上の単なる蓋然性に安住するならば、思わぬ誤判におちいる危険のあることに戒心しなければならない。したがつて、右にいう「高度の蓋然性」とは、反対事実の存在の可能性を許さないほどの確実性を志向したうえでの「犯罪の証明は十分」であるという確信的な判断に基づくものでなければならない。

つまり、有罪や無罪の認定には、単なる可能性はもとより蓋然性の提示のみではなし得ず、これ以外の反対事実の可能性を排除可能な程度の確実性を「高度の蓋然性」と定義しています。次に再審開始要件については、刑訴法四三五条第六項で「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」と規定されています。これを六号事由と言います。これに基づいた判例が以下。

最決昭和50・5・20刑集29巻5号
同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

こちらは刑訴法435条に規定された再審を開始する要件としての「新規明白な証拠」とは何であるかを定義したものです。これは「白鳥決定」と言われる有名な判例です。どの程度のものを新規明白な証拠とするかを規定したのが次の判例です。

昭和51年11月12日刑集30巻9号1673頁
そしてこの原則を具体的に適用するにあたっては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもって足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになった場合にも右の原則があてはまるのである。

これを簡単に言えば、例えばアリバイがあったとか或いは真犯人がほかに見つかったとかの明確な反証でなくとも、有罪を認定した元の証拠の中に、合理的な疑わしさが存在する事が確認出来れば、再審を開始する理由になり得る事を示したものです。この判例は、これも冤罪事件として有名な財田川事件の判決です。

判例とは、他の事例・事件について裁判所が出した判決や決定の法律判断の事を言い、これらは狭山事件にも当然に適用され、且つ狭山事件の再審請求にこれを適用するなら、当然に再審を開始すべき状況にある、と、言うわけです。

判例となった狭山事件決定


以下は、狭山事件の上告棄却決定が判例となっている例です。

最決昭和51年8月9日
専ら、いまだ証拠の揃つていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたもの

これは所謂「別件逮捕」がどんな場合に違法となるかを定義したものです。狭山事件の第一次逮捕は、本件殺人事件以外の被疑事実による別家逮捕だったが、別件被疑事実には脅迫状を被害者方に届けた恐喝未遂の容疑が入っており、これは本件被疑事実と密接な関連性を持っているから、狭山事件での別件逮捕は違法では無かったとしているわけです。

刑事事件の捜査では、別件逮捕は頻繁に利用されている捜査手法で、狭山事件の捜査で逮捕された人々にも利用された。最高裁決定はこれを合法としたが、別件起訴の被疑事実には恐喝未遂を入れる事が出来ず、これは筆跡鑑定の結果に自信が無かった現れとも言える。また、別件起訴の後に一度保釈許可が出ている。最高裁決定が本件と密接な関係性があるとした恐喝未遂だが、少なくとも別件段階で勾留中に行われた本件被疑事実に対する被告人(被疑者)への取調べは、違法と解釈出来る余地があったと言えるでしょう。

新たな有罪認定を行った狭山事件決定


狭山事件の第二次再審の特別抗告棄却決定では、やはり別件逮捕されていた養豚場経営者の勾留中の供述調書に言及して、石川一雄氏が事件当時に万年筆を所持し、脅迫状程度の文章は書けたかのような判断を下しています。これは、法廷での証拠調べを経ていない不利益証拠による認定として、一般には次のように評価すべきものとされています。

立命館法学一九九九年六号(二六八号)「再審請求審における総合評価」
不利益証拠については、証拠の標目に掲げられなかった旧証拠や請求審段階で提出された不利益証拠を基礎にして新たな有罪「認定」を行うことで請求を棄却するというのは、事実認定に関する証拠法則の妥当を否定し被告人に対する手続保障を奪うことであり、憲法三一条以下の諸規定に対する違反の疑いを払拭しえない。何よりも、これでは、利益証拠である新証拠については評価対象を限定し、不利益証拠については公判での手続保障なしに無制限にその評価が許されるという、とんでもないアンバランスが許されることになってしまう。

狭山事件と伝聞証拠


何故、このような証拠が許されぬかと言えば、まず、此処で言う養豚場経営者の供述調書が典型的な「伝聞証拠」であるのが第一点。次に、再審請求審や
特別抗告審などの裁判は、当該再審請求を開始するか否かの決定をする為のものなので、原則として公判期日に於ける公判手続がなく、被告人(請求人)が証人審問権を行使出来ぬことが第二点として挙げられます。

伝聞証拠とは、特に供述証拠について次のようなものを言います。

  1. 当該供述が、偽証罪に問われる警告を含む宣誓のもとに行われていない。

  2. 裁判官による供述態度の観察が一切ない。

  3. 供述によって不利益を被る当事者の反対尋問がない。

刑事訴訟法では伝聞証拠について次の規定があります。

刑事訴訟法第320条第1項
公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

証人審問権の方は、この頁で既に示したように憲法の規定に基づきます。

日本国憲法第37条第2項
刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

証人審問権の行使が可能であるのは、通常は事実審の際ですから、狭山事件の裁判でも一審と二審のみが、石川一雄被告(当時)自身による証人審問が可能でした。

狭山事件 新証拠


そして、請求審に於ける三者協議そのものの根拠法と、三者協議を通じて開示された各証拠の記録と弁護団提出の新証拠についてそれぞれ解説しました。新たに開示された証拠若しくは新証拠としては、筆跡・殺害方法・腕時計・手拭い・被害者方付近の車・万年筆とインク・自白、などの関係証拠があります。それぞれ、簡単に説明をしておく。

一般的に言って証拠は、直接証拠と間接証拠があります。直接証拠は被疑者=被告人と真犯人とを直接結びつける証拠、間接証拠は情況証拠とも言われるがそのほかの直接的でない証拠で、自白による「秘密の暴露」なども間接証拠のひとつです。

狭山事件には言葉本来の直接証拠は存在せず、有罪の証拠は全部、間接証拠=情況証拠で、血液型の一致、スコップ・手拭い・タオルを入手可能だったこと、自白によって被害者の鞄・万年筆・腕時計が発見されたこと、など全部が含まれます。

従って、第三次再審請求で開示され新証拠とされたものの中で、最も重要なものはやはり狭山事件の脅迫状と筆跡にかかわる証拠でしょう。しかし同時に、確定判決は、自白に現れた事実が客観的事実と一致していると判断していますから、自白によって発見された証拠品に関する反対証拠と、自白そのものの任意性に関する証拠も重要となります。

狭山事件殺害方法の新証拠


殺害方法については、二審当時から扼殺か絞殺かが争点になっていました。第三次再審では新たな法医学鑑定が作成提出され、被害者の遺体の首にあった痕跡を詳細に鑑定した結果、殺害方法が自白や確定判決の事実認定と異なる絞殺であったことが明かにされました。同時に死斑そのほかの各死体現象を総合的に鑑定して、法医学の観点から無罪の立証を行っています。

狭山事件手拭いの新証拠


遺体の両手を縛っていた手拭いは石川一雄氏が犯行に使った後、近所の家に工作して入手可能でそれを警察に提出したとされていますが、石川宅の手拭いは任意提出されており、手拭いの報道がテレビであった時間と刑事が石川宅を訪問した時刻とはほんの数分の間しかなく、この間によそから手拭いを調達するような工作は事実上不可能であることが明かとなりました。

しかも開示された捜査報告書を観察した結果、近所の家から任意提出された手拭いはもともと1本だったのを「2」と改竄した痕跡が見つかり、配布数を2本とすることで、そのうち1本を石川氏が工作調達して警察に任意提出して、あたかも狭山事件の犯行には無関係なように工作していたように証拠を偽造していたことが明かです。

手拭いについては警察の任意提出記録の番号がとびとびになっており、それによれば米屋からの手拭いの配布数とされていた165本より多い数が配布されていた可能性もあります。そうであればますます、配布された中の石川一雄宅の一本が狭山事件に使われたとの認定は出来ぬこととなる。

狭山事件腕時計の新証拠


腕時計の革バンドを詳細に鑑定した結果、被害者はもちろん、被害者の姉すらも使っていなかった位置に、使用頻度の高い穴があることが明かとなり、姉よりも腕の細い人物が最も頻繁に時計を使用していた痕跡が発見されたのです。このことは、発見された腕時計が被害者のものではなく、証拠偽造にあたることを示している。

開示された腕時計の捜査報告書によって、発見前に行われた腕時計捜索で、発見された場所も既に捜索されていたことが明かであり、腕時計の発見が虚偽であることが明かである。

狭山事件万年筆の新証拠


万年筆については、4月27日にインク補充がされたことが被害者の日記から解っていましたが、書写実験を行った結果、狭山事件当日までインクを補充しなくとも十分書くことが出来、それならもう授業も終って万年筆を使わぬ放課後にインクを補充する必要はなく、補充するにしても家に帰宅したからでも良いわけです。それに、被害者の万年筆のインク残量では脅迫状にあるようなインクのかすれは発生せぬことが明かとなった。これは、判決認定の「被害者が放課後に郵便局か級友からインクを補充した」との判断が誤りであることを示している。

狭山事件鞄発見の新証拠


鞄の自白調書と捜査報告書などを精査した結果、鞄発見当日の自白調書中の鞄の位置と、発見地点とが異なっており、秘密の暴露には当たらぬことを明かにした。

もともと、狭山事件の三大物証のひとつ=秘密の暴露とされ被害者のものとされる鞄は、自白によって発見されたとされる当日の調書で教科書と一緒に捨てたと供述されていたから、そもそも自白と発見場所が一致しなかった。新証拠によって、これが更に明かになる。

狭山事件車両の新証拠


脅迫状を届けた時に、三輪車とすれ違ったことと、被害者方付近に駐車していた車があったと自白したのも狭山事件の秘密の暴露とされたが、走行事件と視認実験を行った結果、そうした体験は出来ぬことを明かとし、更に、開示された捜査資料によって、駐車車両は当日午後5時前後だったことが判明し、脅迫状を届けたとされる午後7時半ごろには車の存在を立証不可であることが判明した。

証拠としての狭山事件自白


狭山事件の自白の任意性そのものについても重要な進展が見られた。

自白は、それが任意になされた場合に於いて証拠とされ、公判期日に於いて被告人が犯行を認めた供述も自白と看做され証拠のひとつとなります。本件では一審中迄自白が維持され、維持される事の意味は、捜査段階での自白調書の内容を被告人自らが認め、又、自白内容の供述を公判に於いても行った事実になります。この自白調書と公判での自白が証拠となっている為に、現在迄の裁判所の判断では自白に高度の任意性が認定されてこれが再審を困難なものにしていますが、狭山事件の自白についての新証拠によって、自白の証拠能力は否定されつつあります。

自白に関する新証拠の内容は、新たに開示された取り調べ中の捜査報告書・取り調べを録音したテープ・二審公判に証人として出廷予定の捜査官から一審検察官が録取した取り調べに関する供述調書、等と、これらを元にした弁護人提出の意見書・鑑定書です。

血痕検査関係の狭山事件新証拠


具合が余り良く無かったのと現地調査準備にかまけて当サイトでは記載が遅れましたが、本年3月23日の第六回三者協議に於いて、自白殺害現場でルミノール反応検査を実施しその結果が陰性であったと言う事実を含む、いくつかの重要事実が開示されています。

これについては昭和60年(1985年)2月25日付(当時最高裁判所への異議申立中)で検察官が現場検証を行なった検査技師に電話聴取したところ、殺害現場のルミノール検査は実施した記憶は無いとの回答であったが、その電話聴取を記載した文書の横に2名の検察官の署名とともに、後にルミノール検査を実施したが陰性であった旨の書込みがあり、今回それらの事実が開示されたと言うものです。

ルミノール反応検査は極微量の血液で月日が経過した場合にも鋭敏に反応し、被害者は後頭部に傷を負っており、もし自白殺害現場に血痕反応が無かったのであれば、そこは本当の殺害現場では無かった事になります。狭山事件の遺体発見場所では、風呂敷と棍棒が発見された芋穴の血痕検査は実施された事実が判明しており、芋穴で行った検査を肝心の殺害現場では行わなかったとは通常の捜査では考えられません。

狭山事件再審に於ける証拠の扱いについて


開示証拠については、昨年5月13日の36点開示も含め「再審(裁判)以外の用途に使用してはならない」旨が刑訴法二八一条に罰則付きで定められており、開示された証拠の詳細を更に広く社会に開示する事そのものに制約があり、野方図な記載・発信その他をするとその時点で証拠開示されなくなる怖れがあります。よって昨年のものも含め公にされている事実以上の事柄があったとしてもそれは容赦願いたいとの弁護団の声明もあります。(於星陵会館3月24日「狭山事件の再審を求める市民集会」)

且つ、このように微妙な段階に於いて、およそ石川一雄氏の再審と無罪を願う者であるならば、軽挙妄動は厳に慎まなければならないと言う方針が再審弁護団を中心とする活動者会議でも述べられております。尚この事には、薄弱な根拠で「狭山事件の真犯人」を探すことなんかも含まれているものと筆者は解釈しております。そのへんは真犯人長兄説の検証などに書きました。

よって当サイトに於いても、今後とも公にいわば認可された情報のみを公開及び検証対象とする所存です。視聴者の皆さまに於かれましてもその点ご承知おき下さい。ま、もっとも、機密保持が必要となるような重大情報はそもそも筆者などが知る由もありませんが、万が一そう言う事柄を知っておったとしても、此処に記す事は駄目と言う事です。

しかし公になっている情報の中にも、今まで筆者自身も見落としていた重大な事実が幾つか存在し、それらが先の現地見分を通じて筆者自身に判明して参りましたので、それらについてはそれなりの手間と日数を要すると思いますが検証する所存です。

狭山事件直近報告


7日の狭山現地調査は無事終了致しました。御参加各位には御礼申し上げます。映画上映や集会所での勉強会に熱中した為、予定時刻をオーバー致しましたが、終了後帰路につかれた方、終了後の懇親会迄御参加の方含め、お疲れさまでした。

高裁の裁判長交代のニゥスは、石川さんもあの日迄知らなかったとの事で、たまたま当サイトが見分に伺った故、筆者自身も知った次第です。本年は更なる証拠開示を少しは期待し、再審は勿論ですが狭山事件の真相究明・検証に於いても、可也確度の高い情報が得られるかも知れないと思っておりました。裁判長交代によって、昨年迄の流れが止まる事の無きよう、兎も角ささやかながらも当サイトとして出来る事をするしかないとあらためて思った次第です。

その為にも、次回現地調査は秋に実施する所存です。今後考えている実施内容については狭山事件現地調査2011年の頁に少し記しました。

狭山事件の裁判長が交代


今月は此の後、10日に現地事務所へ参りますがこれは取り敢えず超個人的な見分となります。他に28日(土曜日)に「徳島の会」の現地調査に相乗りさせて頂く予定です。筆者にとりましては数年前からサイトを通じてお付合いがあり、今では年中行事の一環となりましたが、この28日当日に一般視聴者の方で参加希望がありましたら、メールでお申込み下さい。当サイトのは今回は映画を観る事がありましたので徒歩調査はいつもよりだいぶ短いものとなりましたが、28日のはそれより詳細なものになると思います。今回の見分で少しもの足りなかったと思われる方または今回来れなかった方など、よろしければご検討下さい。

もし一般のお申込みがある場合には途中で一旦徳島の会のコースから別れて、第一第二ガードのほうへ足を伸ばして見たいと思います。

狭山事件再審の裁判長が交替:次の裁判長は小川正持(おがわしょうじ)氏。前・前橋地方裁判所長。狭山事件第三次再審を担当する裁判長としては5人目となります。

サイト更新履歴:薬研坂=狭山事件現地の事件関係箇所の変遷を記録する現地変遷写真集の一環として、狭山事件当時の薬研坂と現在を比較した頁を作成しました。

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2016/06/20
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