狭山事件と善枝地蔵←移転先

狭山事件と善枝地蔵

We are currently doing server relocation.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--

We are currently doing server relocation.

かつて、まだ狭山事件の推理にうつつを抜かしておった約数ヶ月の間に、しかし推理を離れた客観的事実を実地に調査したいと思った結果、「基礎事実の検討」と名前を付けた頁を作り始めた事がありました。

狭山事件と善枝地蔵の結論

其の時調べたことのひとつに「善枝地蔵」があります。狭山事件と善枝地蔵として報告した通り、善枝地蔵の由来は、狭山事件の被害者方と偶然同じ苗字の近県の方が、此の事件の犠牲者となった善枝さんを不憫に思い、遺族に寄付した、これが結論でした。

2004年に現地見分をやったところ、既に地蔵は撤去されていましたが、今回、撤去後の善枝地蔵を訪問する機会がありましたのでその報告を追記し写真を掲載しました。


追記:なお、2013年1月付でどこかの推理オタクが、この善枝地蔵について知ったかぶって記しているのを偶然に見ました。当サイトのトラフィック中のサイトへのリンク項目を別に何の気もなしに見ていた時にフト見つけたものです。曰く善枝地蔵は「東北に住む被害者宅と同じ苗字の篤志家が明瞭な善意で奉納」なさった上に、ご丁寧にも当サイトのURLが貼付けてありました。他人が調べたものを勝手に引用しつつ無断でアドレスを貼り、しかも茨城県は東北ではアリマセン。

これが斜め読みの結果ではなく関東近県を「東北」だと、もし本気で思っているとすれば、つまりこうした者が、放射能汚染地を十把一絡げにして「東北」だと称する、あるいは「福島」のひとことで差別をする、風評加害者にほかなりません。

自分では何も調べず(インターネットで検索をしたと言うのは調べたことになりませんヨ)他人のこしらえたコンテンツに頼った上にそれすらも斜め読み。推理マニアの程度が良く現れており印象に残りましたから、追記させて頂きました。

狭山事件現地調査5月5日

写真-狭山駅前2009

狭山事件の現地調査を無事実行致しました。お疲れ様でした。石川さん夫妻をはじめ参加者各位、また部落解放同盟Yさんに、雨中の見分となりましたが、筆者自身も大変有意義な時間を過ごさせて頂いたと共に、大過無く無事に終了出来ました事も含めこの場にて御礼申し上げます。追って、見分頁を制作致しますので暫しご猶予を。

なお、見分終了後、筆者の方からお願いした「機密厳守事項」に就き、参加者各位には今一度、ご確認の上厳守されます様、ここに再度お願い申し上げます。

一言つけ加えさせて頂けば、この時厳守をお願いした事項を守らず、あまつさえ匿名掲示板などにそれを書き込んだ者が居たことも、このあと完全に真犯人やら下手人やらをあげつらうオタク即ち推理マニアなる者どもを永久に排斥し、この後は初めから推理をしているというだけで制裁をするようになった理由のひとつです。まったく、善枝地蔵の件といゝ他言無用の問題といゝ、頭と口の軽いものほど有害なものはありませんな。

5月23日狭山事件現地調査

当サイト主催ではありませんが5月23日土曜日、午後1時より開始される狭山事件現地調査に筆者及びISA氏が合流する所存です。調査コースは先日6日の当方の現地調査とほぼ同じ範囲内と思われます。なお先日の現地見分は狭山事件現地調査2009年として作成してあります。

この機会に、6日に参加出来なかった方もご遠慮無く、来て頂いて結構です。申込は先の見分時と同じく、メールにてお願い致します。集合の詳細場所時刻等は申込後の返信にてお知らせします。


終了はおそらく午後4時から5時の間と思われますが、その後当方参加者がいらっしゃれば、駅前の中華屋にて軽く懇談をしようと思います。

狭山事件現地変遷写真

サイト更新履歴:筆者は狭山事件を推理(当初)そして再審支援、真相及び真犯人像の探求など狭山事件全般にわたる検証を数年間続けて来ました。且つ現在まで数回にわたり、個人的あるいは一般視聴者公募の形で現地調査を続けて参りました。他にも記しましたが、こうして現場を追って行くと、歳月の経過を痛感する事が多々あります。そこで狭山現地の移り変わりを表わした狭山事件現地変遷写真集と言う頁を作成しました。狭山事件当時の映像が手に入れば掲載し、当サイトの現地調査で得られた近年の変遷も含めて、出来るだけ定点観測的に、また時系列で写真を構成出来ればと思います。

今年のGWは世間では稀に見る大型連休であった様子でしたが、筆者は、ISA氏と予備調査及び6日の現地調査以外の日はチョコまかと仕事や他の用事がありましたので後で代休を取っております。その代休を利用して、見分当日に思いついた「このあたりで定点観測的な頁を作成したらどうか」と言う案を実施致しました。

現地、特に狭山市駅周辺あたりは毎年開発による変化が激しく、行くたびに風景が変わっている事を非常に感じておりました。よって、手元の資料(事件当時)と、これまで撮影して来た写真を組み合わせて作成したものです。今後も資料や写真が増加のたびに、追加更新する所存。

足利事件、釈放

既に各所で報道されているように、足利事件で千葉刑務所に服役させられていた菅家利和さんが釈放された。今後再審が開始されれば無罪となる事が確実だ。

有罪とされた決め手は実にいい加減なDNA鑑定の仕方にあり(尚且つ仮にいい加減にはやらなくても、当時の技術では確実に個人を特定するほどの精度は無かった)、またその背景には当時の警察庁が「DNA鑑定機材の各県導入の予算獲得を狙って、この事件をその宣伝に利用した」(上記サイト記述)と言う本末転倒な動機もあったものと思われる。

今回の釈放と、再審開始の見通しを機に、狭山事件に於いても一層の統一的且つ全面的取組みが求められるだろう。(追伸:それは筆者自身を含め、ある程度の深さを持って本件に携わる者全部に、と言う意味である)


そのご再審無罪となった菅家さんに、狭山事件の現地調査や各集会の帰りなどに親しくお話を伺う機会もあった。家で待っていたお母さんを獄中にいる間に亡くされたことや、無罪となったあとも、家族や親戚には、一度警察のお世話になったような人と付き合えないと、縁が切れてしまった人が多いことなどを聞いた。冤罪事件には、再審無罪となったらそれで解決と行かぬ現実がある。

スポンサーサイト
2009/05/07
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。