狭山事件の新鑑定←移転先

狭山事件の新鑑定

We are currently doing server relocation.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--

We are currently doing server relocation.

狭山事件の第三次再審請求では、既に多くの鑑定書・新証拠が出されているので、ここらでざっと簡単に、鑑定類を並べておきましょう。

狭山事件第三次再審の鑑定書

狭山事件の脅迫状と筆跡について、半沢第二鑑定、川向・加藤意見書、魚住鑑定。脅迫状と封筒の筆記具が自白と矛盾することについての化学者の鑑定書、楢崎意見書。殺害方法や逆さ吊りなど狭山事件遺体の状況について、上山実験鑑定・赤根鑑定。犯行現場の自白が虚偽であることを示す音響工学者の鑑定、安岡第二鑑定。目撃証言と犯人の声の識別に関する心理学者の鑑定書2通。

合計すると9通の新鑑定書が高裁に提出された。

加えて、狭山事件万年筆の発見過程と捜査の疑問を指摘した元鑑識捜査員の報告書。元鑑識課員など犯罪捜査に従事していた専門家による血痕反応検査の実験報告書。がある。発見された万年筆については、捜査に携わった経験から、狭山事件でのような発見の仕方、発見した時の処置、万年筆が元々鴨居の上にあった状態の確認と撮影をしなかったこと、等々への疑問を明かにしたものだったと思う。

狭山事件の法医学鑑定

狭山事件の主な法医学鑑定は、遺体発見当日の五十嵐鑑定がありこれが有罪の事実認定の証拠とされて来た。控訴審では弁護側から上田鑑定が提出されて、主として殺害方法への有力な反証となった。控訴審の確定判決は勿論これを退けているが、第一次再審請求の特別抗告棄却決定では、確定判決が採用する扼殺説を、弁護側所論の絞殺説をも取り入れた形で補強するようになった。

裁判所が絞頸=上田鑑定で主張されたような幅のある索条物によって首が絞められた事を、再審を棄却しつつもある程度認めるようになったのだ。検察側はおそらくこれに危機感を抱いたと思われ、検察官は第二次再審請求で新たな法医学鑑定として石山鑑定書を出して来た。再審請求審で検察側が鑑定書を出して来るのは異例のことだ。石山鑑定は、弁護側所論の索条物による絞頸の痕跡は、手で首を絞めた際に被害者の着衣の襟を巻き込んだ結果だとして、結果、確定判決認定の扼殺は動かないとした。

第三次再審請求では、この石山鑑定書への反論として、弁護側から赤根鑑定が出されている。これによって、再度、殺害方法が絞殺である事、死斑の状況から芋穴の逆さ吊りなどなかった事が確認された。

荒縄と狭山事件芋穴説

そもそも芋穴に被害者の遺体を逆さ吊りしたなどと言う荒唐無稽な自白と事実認定が何故出て来たのかと言えば、捜査官達に遺体に結びつけられていた荒縄の用途が解らなかったせいだった。そこで芋穴の近くに桑の木があったので、そこへ荒縄を結びつけて遺体を一時隠したとされたのだ。死体発見場所の近くに建設中の家屋があり、そこの荒縄が5月1日に紛失していた事から、縄そのものはこゝから盗んで来たものとされた。

なるほど実際に、この建築中の家にあった荒縄が紛失していた。ところが、遺体に結んであった縄は、9本の縄を結んで都合2本にしてあり、この一本一本の長さは、建築中の家にあった縄一本の長さより短いのである。つまり、仮にこの家の縄を盗んで使ったとすると、盗んだ縄をわざわざ切断した後に、もう一度結んで合計2本にした事になる。

こんな作業は自白にも登場しないし、犯人がそのような面倒な仕事をする必要も皆無だ。つまり狭山事件の縄と芋穴逆さ吊りの説は、それ自体が荒唐無稽なばかりか、まるで推理をする時に謎を解決しようとして仮説を立てた結果、自ら新たな謎を作るのと同じように、盗んだ縄の切断と結合と言う全然解決されない新たな謎を作ってしまっている。起訴状も確定判決もこの客観的事実を無視したのかとぼけたのか或いは気づかなかったのか、全く触れる事もなしに済ましている。結局、狭山事件に於ける荒縄と芋穴への逆さ吊りの関係は、遺体の法医学鑑定によっても、縄そのものの結ばれ方によっても、全く否定される。

狭山事件齋藤鑑定

こちらは第二次再審請求で出された鑑定書だが、元栃木県警鑑識課で29年間捜査に当って来た齋藤保氏が脅迫状と封筒を詳細に鑑定したものである。齋藤鑑定によって判明した事実はいくつもあるが、例えば封筒に書かれた「中田江さく」の宛名だが、この文字が書かれた後に一度封筒が濡れ、それが乾燥した後にこの文字を抹消し、その上に「少時」の文字が万年筆で書かれた事が判明している。これはある重大な事実を示唆する。

封筒の少時も万年筆で書かれたと言う事だ。狭山事件の有罪認定事実によると、万年筆での訂正部分は脅迫状本文の「五月2日」と「さのヤ」だけだった。これとても、自白と一審判決と検察官の冒頭陳述に矛盾し、二審途中で訂正部分がペンまたは万年筆で書かれたのが判明したので、検察官が主張を変更し、寺尾判決がそれを採用したまでのことである。本来、証拠提出されている自白調書のある部分が間違っていることを認めたら、自白調書全体の信用性が問われるのであった。

それはともかくとして、封筒の宛名の一部が書かれた後一旦濡れてそれが乾いた後に少時が書かれたとすれば、元の「中田江さく」は5月1日以前に書かれていたことになり、狭山事件当日に被害者に会ってから父親の名前や住所を聞いたとの自白は嘘だったのである。つまりここでも、犯行手順が自白と全く異なるのである。

尚、これは再審問題には直接無関係だが、元の宛名が狭山事件当日以前に書かれたものであるならば、この事件は突発的な犯行ではなく計画的と言う意味になる。

狭山事件の新証拠は大変

新証拠や鑑定書が大過ぎて、全部を精査したり理解したりするのが大変だ。齋藤鑑定だけでも上に書いた以上に多くの新事実が含まれている。この上、法医学鑑定や筆跡鑑定などを詳細に見て行くとなると、事前の予備知識も必要になるし、間違った解釈をせぬためには相当な労力を割いてかかる必要がある。よって、そのうちにこれらの新証拠新鑑定の解説頁を作成したいが、結構な年月がかかるだろう。何しろこの狭山事件サイトの制作ばかりやっているわけではなく、むしろこちらは後回しで、実地の活動がメインだからだ。

再審の弁護団では、各弁護士が筆跡担当・殺害方法担当・自白調書担当など、狭山事件の各分野に担当を分けて取り組んでいる。狭山事件の再審を請け負っている法曹の専門家でさえそうしているぐらいだから、ボランティアのいち素人の個人で出来る事柄にはたとえ弁護団事務局の方の情報があっても自ずから限界があるし、時間もかかる。よって、爾後ますます、無駄な行為やつきあいはどしどし省いてゆくことになろう。

狭山事件と出版業者の問題点

2007年の狭山現地調査に参加されたKAさんから報告を頂いた。絶版となったKさんの狭山事件書籍に関するその後の報告となっているが、文面から察するにとんでもない取扱いを受けているようである。

出版社に交渉した処、出版社側は「狭山事件だけはちょっと……」「同和問題が絡んでいるものはどうも……」「編集部にて慎重に検討を重ねましたが、今回は見送り」等と供述していたとの事である。この言葉通りだとすると、K氏の本がどうと言う事ではなく、狭山事件の書籍を出版しない事の理由に、全然なっていないので、ここで筆者(当サイト制作者)個人の私見として少々この件について取りあげてみたい。

狭山事件が「同和」だから何なのか

「狭山事件だけはちょっと……」
ちょっと、何だと言うのか。企業としては「利益にならないから」「売れそうもないから」等が普通に考えられるが、「狭山事件だけは」とは何か。

「同和問題が絡んでいるものはどうも……」
狭山事件に同和問題(部落差別問題)が絡んでいると、どうも何だと言うのか。

「編集部にて慎重に検討を重ねました」

何をどう慎重に検討を重ねたのか。

理由にならない事柄を言い立てて(或いは理由を言わずに)忌避(その物、事柄等を嫌って避ける事)すると言う態度は、実に、差別者の典型的な様態である。もっとも、差別をする者も時にはその理由を述べる事もあるが、たいがいは全く非科学的な理由であり、つまり結局理由になっておらず、それ自体が更に差別的言動となっている例が多い。

同和とは何か

そもそも「同和」とは一体何を意味するのか。これらの文書発行業者は、この言葉の本源的な意味は全く考えずにあれこれの理屈を言って逃げを打っている。然らば同和とは何かと言えば、同胞の和合、融和を指すのである。これに反して合理的な故無く同胞を差別することを部落差別を呼ぶ。即ち、同和を拒否し差別を為すものは国家国民を分断し弱体化させることをもくろむ売国奴に他ならない。

狭山事件を検討せよ

文面にはいくつかの誌名及び出版社名も垣間見えるのであるが、「狭山事件だけはちょっと」取り扱えない、「同和問題が絡んでいるものはどうも」取り扱えない、ではそれは何故なのかに就いてはそれらの編集部又は出版社或いは担当者は語っていないようだ。であれば、筆者が代わってその理由をここに記す事にする。

これらの者又は編集部或いは企業自体が、差別をしているからである。同胞を忌避排斥して堂々たるその態度には閉口する(注:「外国人なら差別して良い」と言っているわけでは当然無い)。それなりに世に知られた出版物を出したり、それなりに世に知られた出版社であれば、反差別の旗幟を鮮明にするべきであって、更にそれならば当然、積極的に「狭山事件の本だからこそ出す」「同和問題=差別問題は必ず(それを解決する為に)取りあげる」べき(筈)であろう。

もっとも、これらの業者が出すことを拒否した本は狭山事件の真犯人を推理することを目的としたものだが、いずれにせよ狭山事件とか同和とかについての知識が薄弱でそれを知る努力も皆無であることは確かだ。


以上はあくまで筆者(当サイト制作者)の私見ですが、もし、当該出版社の当該担当者の方が筆者のこの文面をお読みになり、何らかの反論がありましたら、堂々とご意見をお寄せ下さい。筆者としては本件に関し、公開討論を望むところです。多分、ないでしょうけど。どうせ、狭山事件の検討などろくにせぬくせに、業者風情が、この事件についてあれこれ小賢しい理屈を立てるのはたいがいにせい。

狭山事件現地調査10月

10月4日(日曜日)午後1時より、現地調査を実施致します。例により、参加ご希望の方はメールにて申し込んで下さい。場所日時等詳細はメール返信にてお報せ致します。

実施要項及び内容は狭山事件見分要項に記した通りです。雨天決行致します。

但し、石川さんに連絡を取ってみたところ、当日は不在との事でした。よって残念ながら、今回は現地事務所訪問がありません。

尚、今回は石川さんへの面談はありませんが、これは開催日程があるよんどころ無い特殊な事情によりやむを得ず決定した事によります。石川氏に会わない現地調査は寛大な特別措置としてこの一度限りとし、今後は全て石川さんのご都合に合わせ、それによって日程を決めさせて頂きますので参加者各位に於かれましてもご了承下さい。現地調査の実施そのものと、その現地に於いて石川一雄氏にお会いする事は、当サイトの趣旨に則った事柄です。つまりそれを外してはこのサイトをやっている目的に照らして筆者としては、そして参加各位に対しても全然無意味と言う事です。

狭山事件再審署名に御協力を

第三次再審請求提出から3年、最近の連絡によりますと、少々署名が集まりにくくなっている様子です。既に百万筆を達成した事、また弁護団、支援団体を通じての署名集めが一巡した事もあるのかも知れませんが、更なる獲得に御協力を求めたいと思います。実は筆者自身、以前署名を済ませていたので、今回の署名は忘れていたと言う事があり、先の現地調査参加の折、慌てて署名し直したという経緯がありました。

足利事件等、冤罪問題に対する一般的な関心は高まっているものと思います。ここは所謂リピーターの範囲を超えて、言わば新たな「浮動票」にも関心を広げる良いチャンスだとも考えられます。狭山事件再審署名は、10月頃に提出するとの事です。筆者自身もこの際、まことに微力ながら、今ひとつの推進をする所存です。

念の為に記しておきますと、例えば筆者主催の現地調査などの席上、参加者に署名を求めるなどの事は今迄一切行なっておりません。半強制的に求めるのでは、意味が無いと思うからです(AKS氏にはその場で半強制的に?記帳して頂きましたが・笑)。しかしながら勿論、実地に現場を見、実地に石川さんにお会いした結果、「是非署名を」と言う方がおられれば、それが一番の事であるのは申す迄もありません。

「住所を書くのはちょっと…」と言う方があらしゃれば、その場合には別に筆者住所気付でも構いません。但し本名(実名)は記して頂かないと、意味がありませんが。

スポンサーサイト
2009/07/23
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。