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狭山事件再審と証拠開示

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狭山事件の再審と証拠開示の話題。

狭山事件再審請求と証拠開示

集会のほうは、一番近いところでは、記憶が定かでありませんが確か2004年かその前の年、狭山市内で開催されたときに行っております。というわけで狭山事件再審の集会に出向くのは久しぶりでありました。

狭山事件の再審を求める市民集会12月16日

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他の再審冤罪事件当事者の方々
  菅家利和さん(足利事件)
  杉山卓男さん(布川事件)
  桜井昌司さん(布川事件)
  袴田ひで子さん(袴田事件・袴田巌さんの姉上)と袴田清水静岡救援会の方
の話はそれぞれ聞くほどに身につまされるものがあり、集会後半になるにつれて個人的に(表面上はおとなしくしておりましたが)内心おおいに盛り上がってしまいました。筆者は一介の一個人に過ぎず、大それた貢献は出来ないかも知れませんが、今後ともますます、再審の為の実地活動あるのみと思った次第であります。

再審請求と三者協議

2009年6月23日に足利事件の再審開始決定があった後、6月25日に狭山事件を担当する東京高裁第4刑事部の門野博裁判長は弁護団との協議に於いて、証拠開示や事実調べについて具体的に協議するための三者協議の開催を伝えた。

これによって同年9月10日に第1回の三者協議が開かれ、裁判長は弁護側から先に出された証拠開示勧告申立書にある証拠の開示について、検察官の意見を求めた。東京高検としては、証拠開示の不必要と殺害現場のルミノール反応検査報告書の不存在との意見書を提出。

この間、12月14日付で布川事件の再審開始決定が確定し、この担当も東京高裁第4刑事部。次いで12月16日、門野裁判長は検察側に対し、8項目の証拠開示を勧告。

狭山事件証拠開示36点

2010年5月13日、東京高検は8項目のうち5項目について合計36点の証拠を開示した。他の3項目については不見当の回答。開示された証拠は概略以下。

  1. OT氏関係の捜査報告書1通
    自白殺害現場に隣接する畑で狭山事件の犯行日時とされた時間帯に農作業をしていたOT氏の関係証拠。
  2. 上同様2通、但し1通は1と重複。
  3. 石川一雄氏の筆跡関係資料6点。
  4. 取り調べに係る捜査報告書19通。
  5. 取り調べ録音テープ9本。

弁護側は殺害現場のルミノール反応検査関係の資料開示も求めている。又、同現場の実況見分調書には「本見分に際しては、犯罪現場特定のため埼玉県警察本部刑事部鑑識課技師同主事が八ミリ撮影機による撮影を伴せ実施した」と記載されている8ミリフィルムや、狭山事件死体発見現場の実況見分調書に添付以外の屍体関係の写真等も開示を求め、且つ裁判所の開示勧告にも含まれているが、検察官はこれらは不見当と言っている。

これらの証拠は、殺害現場とされた雑木林が真に現場であるのかどうか、殺害方法が如何なるものであったのか、狭山事件の犯行様態と自白の真偽に関わる重要証拠だ。

狭山事件の自白に関する捜査資料

上記の4番と5番にある取調報告書と録音テープだが、これには狭山事件の自白内容を明かにする重要な資料が含まれていた。中でも重要なのが、関源三が作成した取調べ報告書と、同じ取調べが録音されたテープ。被疑者=石川一雄氏が取調の中で、発見された死体がどうなっていたのか、全く知らなかった状況が克明に現れている。

追記:その後これらの狭山事件の重要証拠については、あるものは不見当=見当らず、あるものは開示不可とされており引き続き隠された証拠を開示させるための努力が続けられている。

2010/12/16

狭山事件再審市民集会

7月12日 実施要項

 日時  2011年7月12日(火)午後6時半~8時半
 会場  東京・総評会館
     東京都千代田区神田駿河台2-16-2
     電話 03-3581-5650
     地下鉄「新御茶ノ水駅」(6番出口)「御茶ノ水駅」(5番出口)
 主催  狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会


だいぶ以前の話ですが当サイトからリンクしている関連サイト様のほうで「市民集会を実施すると言いつつ、いつも日時が平日の昼間。こういうことでは普通の『市民』が参加できるわけがない」と言うことを書かれておりました。筆者などの活動具合はとてもこのサイト様には比べるべくもなく何もしてないも同然なものがありますのでこうしたご意見に賛同しつつもこうした方面での生意気な発言は控えておりましたが、今回は筆者の知るかぎり初めて普通の勤め人であっても一応参加しやすそうな時間帯に設定されたようです。

特にお誘い合わせの上で出向くつもりは当面ありませんが、そのような奇特な方がいらっしゃいましたらご連絡下さりませ。

狭山事件と布川事件

布川事件再審無罪

既に各所で報道されておりますので詳細は省略しますが、布川事件の再審の判決公判に於いて無罪判決となりました。布川事件は1967年に建築業の男性殺害の容疑で桜井昌司氏と杉山卓男氏が逮捕され、公判中と無期懲役確定後の服役中及び1996年の仮釈放後を通じて無罪を訴えて来たものです。無罪獲得は逮捕による身柄拘束後44年を経た事になります。先ほど当サイトの現地見分などでお世話になっている解放同盟のYさんに別件(28日現地調査の件)で電話をした処、判決の出た水戸地裁浦和支部に駆けつけていたそうで、電話からも無罪獲得の熱気が伝わって来ました。昨年の足利事件の菅家利和さんに続き、近年に於いて殺人事件の再審無罪が2件続いた事になります。

昨日は石川さんの逮捕から実に48年経過となりました。これらの再審無罪の流れが狭山事件の石川さんにとっても有利にはたらく事を切に願うと共に、当サイト制作者個人としても今一層の支援活動に結び付けて行きたい所存であります。

近年はこれら狭山事件、足利事件、布川事件、袴田事件(袴田巖氏が死刑判決により死刑囚として収監中なるも再審請求中)のご本人、関係者、支援者が相互協力して冤罪一般の救済・防止への活動がなされております。集会などではほぼ必ずと申して良いほど、この4事件の関係者が一同に会しての活動が行われております。筆者個人としてもこれら集会後の街頭活動に参画して行く所存です。

狭山事件とトマト

狭山事件トマト:被害者の胃の中のトマトについて、狭山事件当時トマトの価格が実際どうであったのか、最近の現地調査に継続して参加頂いているA氏にも依頼して少し調べています。「日本農業新聞1963年4~6月号」の農作物市況欄によりますと、この4~6月には神田市場で千葉県産4キロで400~800円、築地市場では150~250円でした。これらは当然卸値です。

神田と築地で同時期の価格に差があり過ぎるので、引き続き埼玉県内の市況を調べたいと思いますが、現時点で価格を計算するに、仮に上の高いほうの価格4キロあたり800円と見ると、100グラムあたりでは20円となります。

一方、現在(2011年)に於けるトマトの価格は、農水省の調査によると100グラムあたり50円内外と見てよろしいでしょう。もっとも、最近筆者が地元のスーパーで購入したトマトは100グラム/90円ほどでした。事件当時の貨幣価値はおおよそ現在の十倍と見て良いですから、これを比較するに、

当時200円:現在50円(地元スーパーであると90円)

となり当時は現在の価格の約4倍(地元スーパーであると2倍強)となります。もっとも当時の価格は先述の如く卸値で計算していますので小売り段階ではもう少し差がつくでしょう。しかし最高値の800円をもとに計算していることなどから、この点は更に詰めが必要でしょう。しかし「高価」と言っても、現在のマスクメロンなどの高級果物並みでは無いことは確かです。この件については「基礎事実の検討3・狭山事件当時のトマト」に記しました。

この件以外にも基礎事実について、時間をかけて調査、検証している処です。いずれサイト本体に記述出来るでしょう。

狭山事件公判調書

狭山事件裁判の記録で証拠でもある公判調書は昔、筆者の地元の図書館に幸いにも所蔵されておりました。その頃(約十二、三年前位)狭山事件に関心を持ち始めた頃でちょくちょく通ってはメモ書きしていたものです。ところがその後、図書館の新築移転に伴い、この蔵書は廃止されたのか無くなってしまったのです。図書館職員に尋ねても公判調書のとある部分のように無言であったりわかりませんと言ったり、その理由が全く判然とせずしまいには相当な音量で一喝した思い出があります。

それでその後は比較的行き易い場所として狭山市図書館しかなかったのですが、近頃このようなサイトを営んでおりながら漸く、一括して再読出来るようになりました。一次資料として再読中です。

狭山事件理解に公判記録は必須

公判調書には、証拠として何がどのように請求され提出されたのか、逆にどれが却下されたのかが書いてあり、主要な部分は人証としての証人尋問の頁だが、狭山事件では膨大な数の証人が出廷し、記録されている。

この原典資料を全て読破し、更に必要に応じて精査し、証言同士が食い違うものについては独自に調査して、結果を求めねばなりません。頁を繰り、文面そのものを読んでいるだけでも、下のように思わず笑ってしまいそうなやりとりもあるのですが。

弁護人
ちょっと裁判長、今の尋問に関係しますが、証人は、先ほどから聞いてると、非常に大切なところになると忘れたというんです、これはわれわれの常識から言って、恋人の葬式に……。
裁判長
あなた、恋人恋人とさっきから言われるけれども、そう簡単に言えないようなところがあるんじゃないですか、
弁護人
証人が恋人と言ったんです、
裁判長
あなたがそう言うから、証人が応じたんで、本当の意味の恋人の定義はむずかしいんで、そういう言葉を使っていいかどうか疑問があります、
弁護人
それは、それとして、少なくとも秋に結婚する、しかも…。
裁判長
だから、それが恋人とは限らないでしょう、
弁護人
恋人はとにかく結婚する人が、恋人でなければイロでもいい、
裁判長
イロとも言えない、
弁護人
じゃ目立つ人。

この人たちは一体なにを議論しているのだろうと思った一節でした。

これは、二審60回に被害者方の姉の元夫が出廷した時の一部です。

狭山事件集会 7月12日

狭山事件の再審を求める市民集会 7月12日

於2011/7/12東京高裁前
横断幕を保持しながら撮影;於2011/7/12東京高裁前
横断幕の保持を志願、そのまま撮影。
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高裁前

14時半日比谷公園に集合との御連絡でありましたので、それに従い東京高裁と高検への要請活動に従事しました。

満員御礼:於2011/7/12狭山事件再審市民集会
満員御礼
石川一雄さんと早智子さん
於総評会館

キャパシティーが300人とのことでしたが会場からあふれる。今迄、高裁には再審開始署名の提出と葉書の送付、高検には証拠開示を求める葉書送付が行われて来ましたが、今後活動の一つとして「全面証拠開示を求める署名集め」を開始するという方針が集会に於いて述べられておりました。

裁判所、検察庁、弁護団による次の三者協議は本日(7月13日)との事でした。

筆者個人としては、以前、たいした貢献も出来ていないにも関わらず、何か「狭山御三家」のようなことを言われてちょっと閉口した経験があったせいか、仮に単なる駒であっても良いと思っております。何とか御三家と呼ばれいい年をして喜んでいる者と連なる気は毛頭無く、筆者などは言ってみればたんなる志願兵に過ぎません。それでいいのです。

狭山事件再審 入川保則氏

入川保則氏:於2011/7/12狭山事件再審市民集会

5月の現地調査時に、たまたま視聴した狭山事件の映画『造花の判決』の中で、司法修習生役として出演されていたのが入川保則氏である。去年末期癌と診断を受け、現在は一切の治療を断り、その結果として余命は8月迄とのお話…「石川さんが無罪を勝ち取られるまでは死ねない。でもあまり早く勝ち取られるとそのとたんに逝くのではないか」(大意)と話されて会場から笑いを取っておられました。

筆者自身、一昨年あたりから徐々に体調が悪化して今どう見ても闘病生活になっておりまして、久しぶりにお会いする人ごとに「確実に痩せましたね」と言われる次第。それだから、石川さん支援に勤しませて頂きつつも、いつも石川さんの姿に逆に励まされている次第でもあります。

何かを始めたりするのに年齢は関係ない、ということをもっとうとしておりますが、仮に健康であっても、やりたいこと、なすべきことにぼちぼち優先順位を付けるべき齢になったことも確かと感ぜざるを得ない。切るべき事柄はすっぱりと切り、人生の内容を絞り込んでおるのもその故です。

*最近本当に「余命」を考えています。

入川保則氏の旅立ち

 昇天にはや苦渋きらめくこともなき
 ひとの永眠(ねむり)といふを抱けり

入川保則氏が昨日(12月24日)厚木市の病院で永眠されました。入川保則さんと言うと、狭山事件関係ではまず、映画「造花の判決」1976年製作 で司法修習生として主役を演じられた。

筆者は昔、もう二十年ぐらい前か(どの位前かは忘却)に、一度機会あって「造花の判決」を観ています。ただその時は狭山事件のことなど何も知らず、映画を観たのもおつきあいと言うか別の目的もあって義理で観たために、内容のほうはすっかり忘れてしまっておりました。それから、ずっと年月を経た近年になって、狭山事件に関わるようになって、その関係でそう言う映画があること、それを一度は観たことを思い出し、現地調査でお世話になっている部落解放同盟のYさんに相談して、当サイトでも現地調査のあとに上映することを今年の5月に実施したわけです。

そのあと、7月12日の狭山再審市民集会で入川さんの挨拶を聴き、そのときは八月いっぱいの命と仰られておりましたが、その後の報道で年を越せそうな位に体調が良いと言うことを読んで、これはきっと石川さんの再審開始まで逝けないと仰っていた通りになるのではないかと、筆者は少し安心しておりました。

筆者が狭山事件と再審運動に少しずつ関わるようになったのにはいくつかのきっかけがありましたが、思えば「造花の判決」を、内容はほぼ忘れるほど不真面目な観かたとは申せ、それを最初に観たことが、狭山事件への最も初めの、きっかけであったわけであります。

哀悼の気持ちもこめ、次の現地調査の折も、「造花の判決」を観ようか……と、思う次第です。

2011/12/25

狭山事件再審 桜井昌司氏

桜井昌司氏の訴え:於2011/7/12狭山事件再審市民集会

「俺が支援された国民救援会と解放同盟は、狭山事件を巡って激しく対立した。それもあり、俺が解放同盟の集会に参加することを裏切りと言う人もある。俺は、冤罪仲間である石川一雄さんにも勝って欲しいし、そのためならば、何でもする気持ちは、たとえ解放同盟支援だろうと変わらない。そして、どこへ行っても、俺の話すことには変わりはない。」
桜井昌司『獄外記』より

政治的主義主張に限らず、人さまざまだ。そこのところがよく飲み込めてないと、人のやる事なすこと、特に自分から見て考え方ややっている事が異なったり馬鹿らしく思えたりする相手のそれが、いちいち気になるようになる。そのうちに気になることを通り越して匿名で文句を言ったりケチをつけたがるようになる。でそういうのは筆者が信奉する作法に反している。やるなら堂々とやる。自分でこう記すのもなんだけど、今までもそうしてきたつもりだし、これからもそのつもりだ。しかも今やそんなことをしている暇すらない。石川さん、菅家さん、桜井さんら冤罪を被った人達に比べれば筆者は恵まれた立場にあるし年もうんと若い。が、だからこそ人生を無駄にしたくないものだ。それが、この人々と出会ったことの、義務だと思っている。

立場や、長幼の序でもって多少言葉つきを変えたりはする。がそれは礼儀作法というもの。この顔と名前のままどこへでも行こう。そして「どこへ行っても、俺の話すことには変わりはない」心しておきたい言葉である。

狭山事件三者協議 その他

追伸1:三者協議の結果=新しい裁判長へのアピールのつもりもあるのだろうか、検察側は新たな証拠開示の必要なしとの意見書を提出しました。担当検事も交代になりましたから、そのせいもあるかも知れません。尚、意見書の詳細はまだ発表されておりません。
広島高等検察庁公安部長から異動 東京高等検察庁 検事 廣瀬公治氏

狭山事件再審 福島瑞穂氏

福島瑞穂氏:於2011/7/12狭山事件再審市民集会 撮影:殿岡駿星氏

その昔、今は亡き遠藤誠弁護士が参加するシンポジウムその他の集会に数回脚を運んでおりました。当時「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」いわゆる暴力団対策法制定に際して、極左極右そして任侠道の方々が大同団結するという前代未聞の大デモンストレーションが計画されていた頃です。その一端として法曹会館で行われたシンポジウム(のようなもの)に行った時、当時まだ国会議員ではない弁護士としてテレビなどで存じ上げていた福島瑞穂さんと、たしか廊下かどこかでスレ違いました。福島さん自身がそのシンポに参加されていたかどうかは忘却しました。たぶん弁護士の仕事でその建物に来ておられたと思われる。何か非常に慌てた感じで、出口のほうへ向って行く姿に妙に親近感を得たものです。

筆者は、たぶん今さら申すまでもなく、弁護士時代から公党の党首として活躍されている今に至るまで、必ずしも福島さんのお言葉に全て賛同してるわけではありませんが、桜井昌司氏の稿でも記した如く、そういうことを気にしてたら狭山事件の再審活動に脚を踏み入れることなんか、出来なかったでしょう。否むしろそんなことは百も承知で従事するわけです。

だいたい、党派的主義主張のちがいを述べたてるなら、究極的には筆者と全く思想信条を同じくする人間などこの世に於いて結局筆者唯一人だけでしょう。しかしおよそ普通の人間的な考え方をするならば、部落差別や冤罪(その結果としての真犯人野放しを含む)等の事柄を悪しきものとする人が大半だと思われる。

つまりこの目的を同じくするならば、すべての力をひとつにするのが肝要という、筆者の単純な考えの所以です(目的が異なる・もしくはその目的を阻害する場合に於いてはこの限りではありませんが)。超党派的結合とも言うべきものです。

集会の会場の椅子が不足し、筆者も隣室から予備椅子を出してそれに坐っておりました。その椅子をチョット引いたと申すか、身を引いただけなのでありますが「あっすみません」と申されて会場から出られた福島さんの印象は、二十年前の法曹会館の時と全く同じでありました。


狭山事件サイト更新

狭山事件自転車の謎について、新規頁にて検証して見ました。真犯人は何故、自転車を返したのか、納屋へ停めたのは何故なのか、そのあたりを今後も検討して行く所存です。

逮捕から公判までの証言

狭山事件の逮捕段階から二審終結に至る迄、主任弁護人を務めこの間の状況を良く知る中田直人弁護士の二審第61回公判での証言。主に弁護人選任から一審判決後あたりの出来事と石川一雄被告との関係が詳しく語られている。

再審への寄与

何らかの団体や組織に属さぬ全くの個人が、どのようにすれば狭山事件と再審に関わり、活動に貢献出来るのか。それを考えてみた結果。

判例と新証拠

そもそも刑事事件に於ける犯罪事実の認定にはどのような要件があるのか。再審請求は如何なる根拠法に基づき、如何なる条件のもとで再審開始決定となるのか。再審に関わる法律と判例、及び狭山事件無罪の新証拠を提示。

再審活動と政治的好き嫌いの問題

再審を標榜する者の中には、無闇矢鱈と野方図に、自分の政治的嗜好をムキ出しにした記事ばかり書く例が見受けられる。個人的な嗜好など本来、再審には無関係だ。それをところかまわず書き散らし言い散らす行為は畢竟、人々をこの活動から遠ざけ、狭山事件の再審支持を拡大しない方法をわざわざ実践し、結局、運動の進捗を邪魔していることになる。そうした人々の生態と特質を考察。

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2011/07/13
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