狭山事件 動機の謎←移転先

狭山事件 動機の謎

We are currently doing server relocation.

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--

We are currently doing server relocation.

狭山事件の真相と謎を推理する場合に、 殺人の動機面から考えられることが多かった。殆どそうだったと言っても良いだろう。

狭山事件の動機は何か

狭山事件真犯人の仮説はもうとっくに終っておるが、それを前提に殺人の動機について、そして刑事事件を動機から考えることの本末転倒さ加減について、ひとくさり考えてみるのも一興だ。狭山事件石川犯人説をはじめとする有象無象の有罪推理についてそれをやる前に、殺人推理そのものがもう今となっては、狭山事件について特定の政治的方角から見るのと同様、たんにある種の「嗜好品」にしか過ぎぬ事実は特記しておいて良いだろう。

で、狭山事件は冤罪かどうかもこの論点から検証が可能だが、それはリンク先で行なったので、こゝでは 殺人の真の動機に就いて、当初から狭山事件の脅迫状に書かれている「金二十万円」に非ざる事が、多くの著作者によって指摘されている件について書こう。

*被害者方が身代金受渡し当日にその金二十万円を用意せず札束に見せかけた包みを次姉に持参させた件については基礎事実の検討=狭山事件佐野屋の検証に於いて検証した(2012年)。

狭山事件の動機はカネではない

主な処では亀井トム氏が「単純な身代金目的に見せかけた犯行」として、被害者家族内の財産継承を巡る動機を想定していた。また、殿岡駿星氏も、その著作と最近の配信コラムで、その事(=営利目的誘拐は偽装である事)を強調されている。

殿岡氏は「もし被害者の姉が持って来たカネの包みを(実際はただの紙切れだった訳だが)佐野屋に現れた犯行者が、本気で奪う気だったのなら、初めから『おいおい』などと声を掛けたりせずに、そっと近づいて引ったくるとか、声を掛けたとしても『カネをこっちへ放れ』と申し向けた方が良かった筈」だと推理している。筆者も全く同感である。

当時の佐野屋付近は全くの暗闇であったのだから、まずは引ったくるのが一番やりそうな方法だ。暗闇でも畑から現れ、そして逃走して行った犯行者は、付近の地形、道路の有様に就いて精通していたと推定出来る。カネを放らせる事も普通に考えられる事である。

ではそれをやらなかったのは何故であろうか。
それは、やはり、犯行者の佐野屋での目的は「そこに現れる事」にあったからであろうと考えられる。それも、姉に声を掛けてすぐに消えてしまうのでは駄目で、やはり少しは粘って、いかにもカネに執着がある事を示しておく。カネの包みを獲得せぬうちは、警察もすぐには動けんだろうと想定出来る。そして、「そこに二人来ているじゃねぇか」と言っておく事で、警察に通報したから身代金奪取に失敗し、その結果として被害者を殺害したと言うストーリーに繋げると言う企みであった事だろう。

「動機がカネではない」と言う事は、もう一つ、財産目的でもなかったと言う事でもある。亀井説の様に、財産を独占する目的で、関係家族の「殺害」までを目論むと言うのは、その手段に可成り飛躍と無理がある様に思われる。結果としては、四女をこの事件で失い、姉(次女)と次兄も後年自殺し、末弟は養子に行っているし長女は事件前に既に家を出ているのだから、長兄がほぼ全財産を独占した形になっているが、家族殺害と言う手段を取って迄獲得したいほどの大金持ちの家では当時の被害者宅は無かったのである。肉親の殺害と言う常軌を逸した大それた行動を取らなくとも、長男であるのだから、充分に他の手段も取れる。これが、例えば生き残って財産と家名を獲得したのが次男などであったとしたら、それはまた話が違ってくるのである。

よって、真の動機は身代金、財産双方を含め、カネ目当て以外だったんだろう。

狭山事件での長兄氏の態度

しかしながら被害者宅の長兄が、たんなる被害者家族であると言うにはやはりどう考えても疑問がある。最近も次々と発生している殺人事件被害者(遺族)の言動を見るにつけてもその思いを強くする。ほとんど全ての遺族たちが、「家族はどうして殺されなければならなかったのか、その真相と、殺人者の謝罪、贖罪の気持ちをはっきりと聞きたい」と言う態度を示しているからだ。これが被害者遺族として、自然な感情であるのだ。

が長兄の態度はこうした自然なあり方から比べると余りにも不自然過ぎる。ここにある「裏」をかいま見る事は、別に長兄説とかを取らなくとも「自然な見方」である。

もうひとつ、仮に 殺人の動機がカネだったとすると、どのみち、その欲しいカネを佐野屋で手に入れる事は不可能だった。なにしろ次姉が持っていたのは、札束に見せかけたただの新聞紙の塊だったのだから。もし包みをひったくって逃げたとしてもそれは紙切れで、何とも間抜けな 殺人者像と言う事になる。

佐野屋へ行くのに、なぜ偽札を持参したのかは結局不明だが、そもそもその理由の中に、事件の本質に関わるものが隠されているとも考えられる。

狭山事件の動機は不明

金に非ざることはこれで解ったが、では真の動機はなんだと申すと、不明なのが答。まあ動機が判明すればほとんど 殺人者像も確定するようなもんだから、これが解らなくても仕方あるまい。現在までにも、強姦目的とか男女関係の清算とか突然のいさかいで誤って殺してしまったとか、いろいろの推理があったが、どれも、可能性の域にとどまり決定打に欠ける。

動機が判明すれば狭山事件も解決

今までいろいろの狭山事件推理に於いて、様々の動機が記述されていたが、そもそも動機が判るなら事件というものは全て解決で、それは自動的にほぼ 殺人者が判明することを意味する。考えてみると判るが、普通に殺人事件が発生しいくたの証拠から犯行者が逮捕されたとして、それが冤罪ではなく本当に殺人者だと完全に判明したとしても、動機は捕まえて調べてみないことには判らない場合が多い。

それを、まず初めに動機から推理している時点で、殺人者論の構築の仕方として転倒していると言って良い。まずは他の証拠類から、犯行者像を特定するのが先決なのだ。それとても難しいことだが、動機をいとも簡単に推理している者を見ると、論理的考察能力が皆無であることが判明する。

だから、狭山事件の動機の話は、殺人者の動機がこうだったというのではなくて、この動機はまず違うだろうと、その方向でいわば消去法として用いるのが正しい。動機を最初に断定すると、自分で断定した動機に合わせた殺人者像を描きついには特定の登場人物の名を平気で当てはめるようになる。狭山事件推理者の全員が埋没する陥穽がこれである。

動機が先に解っていて殺人者が判明するのは、たとえば金に困っている者がいて、殺害された被害者の死後に保険金を手に入れたような、具体的な事実があるならば別だが、動機から下手人が判明するのではなく、アリバイ其の他の証拠からまず殺人者が特定され、逮捕されたのちに取調べが進展して動機が判明するのが普通だ。

しかも一見動機が明確そうに見える保険金殺人の場合でも、捜査或いは法廷の取り調べで、殺した相手に対する痴情のもつれとか怨恨が複合的に関係したことが判明する場合すらある。こうしたことは、日常的に起こる犯罪の捜査や裁判を少しばかり冷静に観察していれば、いくらでもある事だ。

石川咎人説での狭山事件の動機

控訴審での狭山事件裁判の結論として、石川一雄氏を犯行者としたいわゆる寺尾判決が認定した動機は、前からオートバイ転売の件で父親に金を立て替えてもらっていたり、それも含めて兄との仲がぎくしゃくしていたのもあり、単身東京へ出て行きたいと思ってたところ、たまたまテレビでやっていた村越よしのぶちゃん誘拐を見て子供をさらって金を得ることを思いつき、脅迫状を書いて持ち歩いていたら偶然被害者に会ったから狭山事件の犯行に及んだという。これだけ読むとなるほどと思えるかも知れぬが、たかゞ東京行き程度でこれだけの犯罪を犯す動機としては弱すぎる。ちなみに寺尾判決は父親からの借金問題そのものは動機としては認定しなかった。

上記
>その著作と最近の配信コラムで、その事を強調されている
は、もう少し正確に記すと「単純な身代金目的に見せかけた犯行」だ、と言う事を強調されている、と言う意。殿岡氏自身は、改めて言う迄もなく、「財産継承を巡る動機」を想定していなかった。とか言うよりももう今どき、殿岡説だろうが何説だろうが、過去の推理本に出ていることを材料にあれこれ言っている時点で没。推理本は過去の遺物で、しかも如何なる意味に於いても文化的価値は皆無。

そして、Wikipediaには「亀井トムは財産分与をめぐる身内の犯行との説を唱え殿岡駿星もこの説を踏襲した」と書いてあった。殿岡説は上記のように財産分与を動機としてなく、あくまで身代金取りが狭山事件の真の動機を隠蔽するためであったとしている。狭山事件Wikipediaに何が書いてあろうとどうでも良いが、今やすっかり時代遅れとなった狭山事件推理と言う行為に於いて、当の推理関係本すらなゝめ読みの匿名が執筆するとこの程度という好例。当該部分の記述をいくら書き換えても無駄である。

狭山事件 脅迫状発見状況

狭山事件の真相に関わる重要事項として、脅迫状発見の状況がある。最大の疑問点は脅迫状(そして自転車も)の発見から警察への届け出迄、僅か10~15分と言う猛スピードで処理されている事で、これは従来からやはり亀井トム、殿岡駿星両氏によって指摘されて来た。

亀井氏は、後に、当サイト本体にも書いたように、「事件発覚は一般に言われている脅迫状発見よりも前、なんらかの形であった」と言う根拠として、事件当時の所沢署々長細田氏の証言により、脅迫状発見時刻よりも前に(例えば犯行者からの電話等で)事件を既に知っていたとするならば、7時40分からの猛スピード処理も頷けると推理した。

亀井説はこの後、佐野屋での張込みが警察のでっち上げであったとの推理を可成り強引に展開。その根拠は色々に記されていたが、やはり筆者には相当強引が解釈があり過ぎるとの感が否めなかった)

ついでに言うと亀井トム氏が、その後全然狭山事件の本も書かず部落解放同盟や狭山事件の弁護団からもどうも遠ざかったのか縁を切ったのか、切られたように見えるのは、結局殺人者推理のしすぎが原因じゃありませんかね。まあこれもたゞの推理に過ぎませんけどね。しかし少なくともこんなサイトをやってる動機が、狭山事件の真犯人をでっち上げるために非ざることは、ふつう、簡単に解りますよね。そのようなアソビでやっていたならば、このような面倒な場所はもうとっくに閉鎖してますね。

殿岡氏は実際に自ら脅迫状発見から通報に至る行動を実験して見て、「この時点で初めて事件が発覚した(つまり家族が誘拐を知った)と言うには、とても不自然な状況であった事を、実感を持って述べられている。そして長兄説を取る事によって、この猛スピードが犯行者にとって必要不可欠な事項であった旨を推理している。

サイト本文と重複する事になるが、筆者はこの「細田証言」を当時は重視し、これを全ての前提として色々と考えていた。しかし今ではそうでもありません。この細田氏の話と事件発覚の状況については現在は無視して良いものと判明しました。

いずれにせよ両氏が書いている如く、この様な短時間で警察への通報と言う重大な決断を下した状況そのものが、事件の謎を解く鍵になっていると言う認識だ。この事も特に長兄説を採用せずとも、被害者家族、特に長兄氏が、事件の本質について事前に何か掴んでいたと言う事を示唆していると考える所以になっている。

狭山事件脅迫状の少時様

あと事件当時、少時様という人が実在していた。それでこの少時様の家は、当時三人子供がいるが、それほどの金持ちでもなかったしカネ目的に狙うにはちょっと適格性を欠くとも見られる。しかしそれは動機をカネと見る場合の話で、動機がほかにあってそれをごまかす目的であれば、狭山事件の少時様はこの実在の家を知っている者の犯行と想定しその方面の捜査が為されていれば、殺人者推理も、もうちょっとマシなものになっていたかも知れぬ。或いは捜査はされていたが公判維持に邪魔になったので隠されているのかも知れぬ。但し上リンク先の通り二審で脅迫状の宛名について明かとなったのち、県警か狭山署は此の脅迫状の少時様の事実関係について捜査をしている。

狭山事件脅迫状推理編

狭山事件の脅迫状と筆跡、及び脅迫文に付随して考えられる動機などについては、リンク先の記事でも軽く触れてみた。特に動機面については、文面に「金二十万」と書いてあるのだからカネが動機なのだろうと簡単には言えぬことがある。この文面にある狭山事件の少時様についても、いろいろと言われて来たが、当時狭山市内に同名の人物が居たわけだから、良く調べもせずこの人を無関係とするわけには行かぬ筈だったが、捜査員達の法廷証言ではそこまで調べなかったことになっており、或いは調べたが裁判には出したくなかったのかも知れないが、どちらにせよ、少時のような極めて珍しい名前と全く同じ名前の人が居たのだから、常識的に考えて少なくとも捜査はされるべきだった。

脅迫状問題も含めて、今となっては、たとえば新発売のゲーム機やスマフォの売り場に行列することよりも更に愚鈍でどうでも良い殺人者推理という行為を、2年も(!)続けていたことが自らある種の憫笑を誘うし、推理本に鬼の首でも取った勢いで書かれていることがらの全部が、そういうのを全然読まぬ人でもよくご存知でしかも取りたてて騒ぐほどの価値も皆無なものだったことも、つまり無価値だから話題にすらのぼらなかっただけの話だと、苦痛なほどにようくわかったのであるし、機敏で真に頭の良い人たちのあいだでは、推理なんて2年どころかせいぜい4日ぐらいか、あるいは最初から全然やらん戯れごとであることが判明したのであった。

夢遊病

狭山事件の一審で夢遊病について尋問があり、第8回公判の被告人質問で、「今迄夢遊病のようなことになったことがあるのか」と言う裁判長の質問に「一八才のとき一度あります」と答えている箇所があります。続く第9回公判での石川一雄氏のお母さんの供述では、そのような出来事は「八才頃」とあり、石川一雄被告自身は「一三、四才」ごろの出来事としています。二審中の弁論や、信頼度の低い殺人者推理本を勿論除いた狭山事件資料でも、このような事は子供の頃とありました。これについて、個人的に独自調査、と言うと少し大げさですが又聞き証人を除く直接関係者への聞き取りを含む多少の検証を行なった結果、公判調書中での18才は石川一雄氏の記憶違いです。

インターネット上の狭山事件サイトの何処かに、公判調書の同じ記載を丸呑みして事実として書いてある場所があったような気がしますが、印刷物や電子通信上の情報を自分で検証する事無しにそのまま事実と断定して流布するのは無責任極まりません。おおかたこのサイトの当該頁の該当箇所を見て初めて知って、あとを読まずにそこだけ見て飛び上がって喜びながら書いたんでしょう。自分自身で資料に当らずに、他人の作ってくれた資料集をつまみ食いして読んだりするからこうなる。そのテの低質な狭山事件サイトで此処を「出典」としてリンクするのはお断りします。ト言うか、リンクは勝手に出来ても当方で全然無関係の場所へ行くようなってるから無駄です。どんな狭山事件サイトが低質かの判定は当サイト制作者の自由な価値観によります。あるサイトが低質視されておるかどうかは、きちんと此のサイトの当該リンク先に飛ぶかどうかで確認出来ます。

以前にも、これも同じく細かい事柄ですが写真集の善枝地蔵として掲載されてあった写真が、入間川駅西口の慈眼寺というお寺の石積地蔵と言うものである事をはっきりさせた事を思い出しますが、検証と言うからには、このような細かく地道な調べを、自分の力で行なう事が必要となるのは申す迄もありません。

狭山事件女子会

女子会に参入

img20061008131610.jpg

先週の土曜日は、去年まで勤務していた公立病院での仲間の飲み会に後から押しかけて飲んでおりました。辞めてからも飲めるというのは大変嬉しいことです。例によって、男はぼくひとりです(女性4人に対し)。病院という職場は妙齢の女性が多いもので、これは仕方がアリマセン。

場所は、立川の「FINAL」と言うお店でした。そう言えばこの店に、去年の送別会で行きましたがその時も、女子二十数名に対し男一人でしたがこれもどう仕様もアリマセン。それでこの店には都合二回行ったわけで、もう場所は覚えたので次回は独力で辿り着く事が出来ます。なかなかリーズナブルなお値段でそれでいて落ち着ける良い店です。まあこの方は患者様でもあるのですが……。

*そのお方のブログ記事よりお写真を拝借。ぼくのつらが、良い具合にボケていて、チョット心霊写真ふうで大変気に入りました。店の内部と共に頂戴致しました。

final2.jpg

その店の後、カラオケボックスに行こうとしたのだが、土曜日とあって順番待ちの有様。チト無理がござったな。そこで思い出したのだが、武蔵小金井に知り合いのスナックがあり、そこはカラオケ無料である。と言うか、二千円で唄い放題飲み放題(食い物別)なので、次回はそこを当方でセッティング致します・:*:・゚★,。

で、これの何がソン何、狭山事件に関係あるのかと申せば、こういぅたびごとに、狭山再審の署名を、当然強制せずに=それはこのひとたちには必要アリマせんね=全員から頂いているからです。まあ飲み食いしながら狭山事件の話題はほとんどしませんがね。しかし、何らの行動も伴わんような狭山事件への関わり方は有り得ません。もしそれだったら、こんな面倒なサイトはとっととヤメてますって。

スポンサーサイト
2006/04/08
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。