狭山事件と脅迫状の考察

狭山事件の真相を検証するコンテンツを補足する為に、近況告知の目的を以て、ここに掲示板を設けた。

狭山事件真相と近況

暑い。
撮影の為一週程国外に出ており帰還した処、本日は40℃もあったとの事。まぁイラクなぞは日中50℃以上もあると言うので、まだましなのだろうが、しかし道理で暑いと思った。(聞けば石川さん宅ではエアコンが壊れたらしいです)

前に趣味的にCGIを改造しておいたものを、ここに鵜プする事にする。日誌を記す様な柄では無い為、気が向いた時に気が向いた事を書くのと同時に、わざわざ頁に纏める程の事でも無いコトのスペース、及び今後の現地実況見分の告知などに利用したいと思う。

此の「狭山事件」のサイトも、個人制作とは申せやっているうちに内容が相応に増えて来た。サイト本体はHTMLを自分で書いている。狭山事件のどの内容が何処にあるのか、視聴者が捜し易くする為には、HTMLでやるのが一番いいからである。しかし活動と言うか何をやって来ると、いちいち新規頁を立ち上げる必要も無いが、そこそこ記しておきたいような事柄も出て来るのでこういう場所を設けてみた。

ここでの議論は必要無い。だからコメントフォームは取り除いてある。トラック何とかも不要だ。即ち問答無用。

狭山事件と脅迫状の考察

5月1日には自転車を用意して頂いて、事件関係場所をくまなく回る事が出来た。所沢方面から出発したので、最初に堀兼周辺から開始して最後ぐらいに被害者が通っていた学校址あたりに辿り着く道順になった。今は狭山市内、どこもかしこも舗装されてるけど、事件当時は砂利道だったのを考えると、被害者宅から学校までは結構な距離があるような感想を持った。可也土地鑑を持たぬと、自転車では速やかにあらぬ方角へ行ってしまうような気がする。

この日に行かなかった場所としては関口自転車店と自白による殺害現場及び被害者との出会い地点、それからカバン発見の現場、あとゴム紐発見地点なんかもあります。こう考えて行くと、意外とまだ廻りきれておらぬ場所も沢山ある。

なお、筆者らがこの5月にやった様な現地見分は、希望者がござっしゃれば随時執り行います。今後のテーマとしては先に書いたような未到達の現場と、地蔵の検証を予定しています。何ぶんにも暑い盛りなので、まずは参加者もおそらくいないものと思い、来月、取り敢えずは若干の追加調査だけを予定しておりますが。

この狭山現地調査で判った事のひとつに、被害者方の過去の親族に「ショウジ」と読める名前の人が存在した事だ。ただ、この人は戦死された方でつまりもう相当な昔の人。このような人物の存在を一応の調査結果として掲載したのは、過去に行われた推理で真犯人の動機が、けっこうな過去の怨恨にあるのでは、とたわごとを考えていたせいだ。要するに何か一族の秘密めいたものに関わるものが事件の動機に絡んでいた場合、狭山事件の脅迫状に「ショウジ」と書いてあったことは、このような昔の人物を彷彿とさせる宛名を脅迫の文面に書いて、被害者の身内にしか判らないような仕方で、そのような秘密を知ってるぞ的な意図が、真犯人にあったのかも、とこの頃は空想したりしていた。

ま、この当時は狭山市内での両墓制の分布なども調べていて、その流れでついでに被害者方の墓地などに「興味」があったのだが、実際に調べて、知ってしまえばそうした事柄は狭山事件にはなんの関係もなく、もしこんな「調査」に何かの意義があったとすれば、墓碑銘の名前がどうたら、昔のイヤガラセは墓石と卒塔婆なのか土マンジュウがどうたらとか、そうしたどうでもいいタワゴトにケリをつけたことにあろう。

狭山事件と養豚場のアリバイ

狭山事件の捜査では部落に捜査が集中され、5月1日の行動や筆跡など徹底的に調べあげていた。この結果、養豚場関係者のアリバイは(石川一雄氏を除いては)全員判明している。長兄とIT=養豚場主の長兄やOGとの共犯関係が疑われたことがあるが、そもそも長兄を含む被害者家族が養豚場関係と接点があった証拠は何ら不存在であるし、根拠はただ距離が近いというだけだ。奥富玄二は元小作人だが、奥富玄二が15、6才程度の頃の話であとはずっと行き来もなかったようだしあったと言う証拠は何もござらん。更に奥富玄二と養豚場関係が知り合いだった話など、推理以外には一度もなかった。だから、長兄説を取るとしても単独犯か、複数でも家族共犯などを考えたわけである。

石田養豚場の勤務者、もと従業員、出入りしていた業者などはアリバイ、血液型、筆跡などの捜査を早い段階から受け、彼らを含む家族親類縁者など被差別部落の住人も同様の調べを受け、筆跡に限って言えば120名を調べていた事実が二審で明らかになっている。

結果、アリバイ、血液型、筆跡の面で逮捕状の請求が可能だったのが石川氏だけだった、と、いうことだし、しかもこの逮捕ですら、弱い証拠資料しか揃わず当時としても相当に無理なものであったことが、捜査当局から見れば二審の裁判が十年もの歳月を費やすことになり、今日まで再審請求が繰返される事態に繋がっていると言ってよかろう。

捜査機関が真犯人を取り逃がしたのはいわば部落ばかりに入れあげたせいである。その結果、部落外の捜査がおざなりになったのだ。本当の犯人を逃すほど部落民の容疑を追及したために、かえって石川氏以外のアリバイや血液型、筆跡等の方面から犯人性が全否定されているのだから、いまどき「養豚場犯行説」などを恥ずかしげもなく唱えるものはただのマヌケである。

長兄の狭山事件投稿

狭山事件でのスコップの捜査をきっかけに石田養豚場と被差別部落が集中的な捜査を受けた結果、石川一雄氏が逮捕された当日の夕刊に、今日「長兄の手記」として知られる文章を投稿した。これの記載によると此の事件には「農村という旧くからのなにものか」が関係し、石川一雄容疑者については「本当にこの人なのか?」として、犯人性にある種の疑問を呈している感じも見受けられる。このことから、被害者方の長兄は、村落にある何か因習的なものが事件の背後にあり、だから逮捕された容疑者が犯人にあらざることを知っており、更には本当の犯人が誰かも知っている、と、言うような推理を後世に生むひとつの根拠を提供することになった。

尚、逮捕された石川一雄氏が、当時、狭山事件の脅迫文を書くのに、家にあった少女雑誌を見なければ書けなかったような事実を長兄が知っていたか否かは別として(たぶんそんな事は知らなかっただろうし、そもそも養豚場の者と長兄や被害者一家が面識があったなどあり得ぬし、それに当時の石川一雄氏は仮に雑誌を見たとしても、あの脅迫文を書くのは無理だったろう)後で週刊誌かなんかの取材を受けて、要旨=犯行をやったのは養豚場が怪しいと睨んでいた、と語ったとされるが、もしそうだとしても、別に長兄としては何かの証拠や確証があってのことでは勿論なく、要するに長兄もまた、部落に対する差別的感情をそこで吐露しているだけのことである。

このように、狭山事件当時の被差別部落に抱く地元民の感情を無視すると、或いはそれに不理解であると、本件の実像を見誤ることになる。



狭山事件近況告知 2

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狭山事件の第三次再審請求では、既に多くの鑑定書・新証拠が出されているので、ここらでざっと簡単に、鑑定類を並べておきましょう。狭山事件第三次再審の鑑定書狭山事件の脅迫状と筆跡について、半沢第二鑑定、川向・加藤意見書、魚住鑑定。脅迫状と封筒の筆記具が自白と矛盾することについての化学者の鑑定書、楢崎意見書。殺害方法や逆さ吊りなど狭山事件遺体の状況について、上山実験鑑定・赤根鑑定。犯行現場の自白が虚偽であ...▷全部読む=題名をクリック
2009/07/23
かつて、まだ狭山事件の推理にうつつを抜かしておった約数ヶ月の間に、しかし推理を離れた客観的事実を実地に調査したいと思った結果、「基礎事実の検討」と名前を付けた頁を作り始めた事がありました。狭山事件と善枝地蔵の結論其の時調べたことのひとつに「善枝地蔵」があります。狭山事件と善枝地蔵として報告した通り、善枝地蔵の由来は、狭山事件の被害者方と偶然同じ苗字の近県の方が、此の事件の犠牲者となった善枝さんを不...▷全部読む=題名をクリック
2009/05/07
狭山事件現地調査に於ける毎回同様の一般要項です。実施の際は毎回トップ頁の更新情報欄に「現地見分実施要項」の題名でリンクを貼ります。お申し込みはメールでお願い致します。☆下車駅は大概、西武新宿線狭山市駅です。時たま池袋線と間違える方もあらしゃるので注意して下さい。☆参加御希望の方はトップ頁もしくはご案内した頁よりメールにて申込。☆申込受付は特に指定した場合以外見分前日迄。☆それを過ぎたり当日になったりし...▷全部読む=題名をクリック
2009/04/03
狭山事件の真相と冤罪の実地検証も兼ねて、現地に赴く。狭山事件現地拠点狭山事件の現地見分や地元資料を収蔵する拠点を開設。狭山市内に於いて会合し、今迄行ったことがなかった関係現場付近などを回り、その後、新たに調査検証用の現地事務所としてAII氏が立ち上げた新マンションに立ち寄らせて頂きました。余談ですがわたくしも近年居住目的以外のマンション建設で賃貸しを実施したので個人的にタイムリーな話題でもありまし...▷全部読む=題名をクリック
2009/01/21
狭山事件は2013年で半世紀経つ事になるが、こちらは百年以上前の事件になる。ラトクリフ街道殺人事件狭山事件も冤罪だから未解決事件だが、もっと古い未解決殺人事件を取り上げてみよう。ラトクリフ街道殺人事件は、1811年12月7日から12月19日の12日間に、二件の殺人事件が勃発し合計7人の被害者を出した。12月22日、二件目の被害者一家が埋葬された日曜日、一人の男が逮捕されて他の大勢の容疑者の一人に加...▷全部読む=題名をクリック
2008/05/29
其の前に、狭山事件に関係大有りの重要鑑定を紹介せねばならぬ。狭山事件殺害方法の新鑑定本年=2008年の5月23日、石川一雄氏逮捕の日に、新たに法医学関係の狭山事件鑑定が上梓提出されましたから報告致します。新鑑定は関西医科大学の赤根教授によるもので、現在、検察側の法医学鑑定である石山鑑定に真っ向勝負を挑むものです。狭山事件の鑑定と言うと、警察による五十嵐鑑定に始まって、二審弁護側からの上田鑑定、その...▷全部読む=題名をクリック
2008/05/25
狭山事件の真相をテーマにサイトなどやっておりますと、たまには珍しい出来事もあるものです。狭山事件真犯人推理台湾バージョン台湾の方のブログで狭山事件をご紹介頂いているのを発見しました。台湾の人も狭山事件を推理する、の図>其真實的動機可能是他與善枝間有亂倫的男女關係「真の動機は近親相姦かも知れない」>但這件看起來單純的案件卻成為日本史上最重大的懸案「パッと見単純そうに見えるこの事件、しかし日本では最も...▷全部読む=題名をクリック
2008/04/21
狭山事件の本の頁を設置しました。野間宏、佐木隆三、菅野良司、中田直人、亀井トム、甲斐仁志、殿岡駿星、鎌田慧、下田雄一郎、高杉晋吾、長谷部梅吉、見沢知廉、各氏の関連書籍を紹介した頁です。簡単なものですが久々の新設頁です。狭山事件関係書籍狭山事件の真相を検証する関係上、前々からこういうものを作っておきたかったのですが、こんな簡単な紹介頁でも意外と結構面倒で、なかなか実現出来なかったものです。過去の関係...▷全部読む=題名をクリック
2008/01/15
私は此の狭山事件のサイトをやっている者ですが、トトロ「都市」伝説なるものを、今回初めて知った次第です。ですがまず、狭山事件が起きた当時の狭山市は、今からでは空想もできぬホド、ド田舎だったがゆえ、これは正式には「田舎伝説」ト呼ぶのが正しいと、それは最初に申し上げておきましょうか。狭山事件トトロ都市伝説此処では、狭山事件がとなりのトトロザワと如何にして混同されたか、トトロと狭山事件が如何にバラバラで無...▷全部読む=題名をクリック
2007/11/14
此の狭山事件を伝える場所を設けてから、あるときサーバーのログをフト眺めてみるに、ナニ何説だとか血液型がどうとかの検索行為をしている者がおるのを見つけた日には、まあ驚いたもんだったが、こうした狭山事件真犯人だのの「推理」をやりたがる輩の全員が、当人がそう意識しているかどうかなどは全く無関係に必ずそこへ向って没落する穴が、此の石川犯人説だ。狭山事件石川一雄真犯人説狭山事件石川犯人説は、法を全く知らず、...▷全部読む=題名をクリック
2007/04/22
狭山事件の真相と謎を推理する場合に、 殺人の動機面から考えられることが多かった。殆どそうだったと言っても良いだろう。 狭山事件の動機は何か狭山事件真犯人の仮説はもうとっくに終っておるが、それを前提に殺人の動機について、そして刑事事件を動機から考えることの本末転倒さ加減について、ひとくさり考えてみるのも一興だ。狭山事件石川犯人説をはじめとする有象無象の有罪推理についてそれをやる前に、殺人推理そのものが...▷全部読む=題名をクリック
2006/04/08
狭山事件に無関係な海外レポートですが、これもまあ、狭山事件の真相と謎のひとつだ。結構前に(昨年秋)友人であるKさんから、ソマリアでのレポートがメールで送られて来て、このサイトへの掲載許可も頂いていたが、なんやかやと雑務に追われて、それを編集する機会が無かった。Kさんとは飲み友達と言った処。休日前の夜半などに自宅近くのショットバーにふらりと現れ、深夜と言うかほとんど朝迄、写真とか互いに行った事のある...▷全部読む=題名をクリック
2006/01/08
狭山事件真犯人の最終解決を決定。狭山事件推理棄却決定主文本件の真犯人推理を棄却する。推理を手段とした仮説、結論の一切を不採用とする。推理に基づき狭山事件に関する言動を為す者(以下推理者と呼ぶ)が当サイト及びその関係人に接触する事を禁じ、推理者の言論の自由は、これを認めない。理由説、仮説、仮定には何ら認められるべき証拠は無く、根拠とされるものの全ては単なる憶測又は噂に基づく伝聞証拠に過ぎず、証拠が提...▷全部読む=題名をクリック
2005/05/25
狭山事件の真相を「推理」したアゲク、容疑者についてまことしやかに囁かれてきたあれこれを記しておこう。狭山事件の容疑者狭山事件真犯人の捜査が終ったことは、今や常識だが、本件は再審事案として現在も進行中であるから、容疑者の立候補はいつでも受け付け中らしい。新聞紙面に踊る狭山事件朝日新聞5月6日には容疑者としてABCの3名が報道され、週刊新潮5月27日号ではABCそしてDと記されている。27日付と言えば...▷全部読む=題名をクリック
2005/01/31
狭山事件無罪の論証を為し、真相を解くには、元となる資料をしっかりと選定することが肝心です。これを誤ると、過程も結論も全部ダメになってしまいますから。狭山事件検証の元とすべき資料狭山事件の資料として、検証の際に何を原典とするかの問題です。これの選択を誤りますと元資料がそもそも正確性に欠けている為に、検証の結果もまた全く妥当性を欠く結果となるのです。「狭山事件Wikipedia」の内容がこれの良い例です。なに...▷全部読む=題名をクリック
2005/01/18
狭山事件を推理する「ためにする議論」とかに関係して、ちょっと思ったことには。狭山事件議論と匿名性の幻想野嵜健秀氏のHTMLに就いての持論は今時、頭の固い御仁と言った感じで、さしずめ、tableタグをサイトのレイアウトに流用し、それどころかswfファイルなぞを多用するわたしの様な制作者は『國賊』と言う事になるのだろう。しかし、2ちゃんねる媒体への論評は面白い。>文章を書くとはどう云ふ事か、について、...▷全部読む=題名をクリック
2004/07/25
狭山事件の真相を検証するコンテンツを補足する為に、近況告知の目的を以て、ここに掲示板を設けた。狭山事件近況告知暑い。撮影の為一週程国外に出ており帰還した処、本日は40℃もあったとの事。まぁイラクなぞは日中50℃以上もあると言うので、まだましなのだろうが、しかし道理で暑いと思った。(聞けば石川さん宅ではエアコンが壊れたらしいです)前に趣味的にCGIを改造しておいたものを、ここに鵜プする事にする。日誌を...▷全部読む=題名をクリック
2004/07/20
狭山事件の被害者家族の遺書や日記は、長男真犯人説ほかの身内犯行説、あるいは家庭の秘密説への膨張材料としてアンチョクに騙られることが多かった。狭山事件変死者の遺書や日記狭山事件と家族にまつわる真相や謎に関連して、いろいろと語られる事が多かったのが所謂「変死者の問題」だ。既にサイト本体に於いて一項を設けて詳しく解説してあるが、其処に書くまでもなかった自殺や変死に関わる四方山話について、此の辺で軽くあし...▷全部読む=題名をクリック
2004/06/10
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